<エスペリダス・オード>(前編)

2008・6・19

*後編はこちらです。

 「エスペリダス・オード」は、Comic REXで2005年12月号(創刊号)から開始された連載で、同誌の中でも比較的硬派な正統派ファンタジーと言える作品です。この雑誌においては地味な中堅作品的な位置づけで、一時的には人気も低迷した感がありますが、今ではその優れた内容が認められ、安定した連載作品として雑誌に貢献しているようです。

 作者は堤抄子。かつて、エニックスで名作ファンタジー「聖戦記エルナサーガ」を始めとする数々の秀作を手がけ、お家騒動以後は一迅社にも活躍の場を広げ、こちらでは「アダ戦記」というファンタジー作品を執筆しています。彼女の作品は、ファンタジーを基調とした作品と、現代を舞台にしたSF的な作品が多いのですが、この「エスペリダス・オード」は、「聖戦記エルナサーガ」や「アダ戦記」を継ぐファンタジー作品であり、しかもこの二者が端々でSF的な要素も見られる作品だったのに対して、ほぼ完全なファンタジー作品となっています。

 純粋なファンタジー作品であり、かつこの作者ならではの繊細で丁寧な作画と、中世的世界をよく再現した世界観には、相変わらず見るべきものがあります。巨大な竜や、勇者や彼の使う魔法剣の姿、この作品ならではの「魔詠歌手」なる呪歌(魔法の曲)を操る吟遊詩人の存在と、本格的なファンタジー作品にふさわしいビジュアルイメージを確立しています。

 しかし、この作品は、必ずしも剣と魔法の中世的ファンタジーなだけの作品ではありません。この堤抄子ならではの、暴力や差別を描く苛烈な描写や社会的なテーマはこの作品でも健在であり、単なるファンタジー作品と思って読むと、意外にも過酷な描写に満ちたその内容に驚かされることになります。ケレン味の少ない地味な作風に加えて、このような人間の負の側面を描く内容は、やはり幅広い読者に大きな人気を得られるようなものではなく、ひどく通好みのマンガ読みに愛好される硬派な作品であると言えます。

 そして、REXという雑誌の中でも、最も硬派な作品であることは間違いありません。このところ、このサイトの記事では「ろりぽ∞」や「かんなぎ」「ひめなカメナ」「正しい国家の創り方。」などのふざけたマンガばかりを紹介してきましたが(笑)、別にREXはそういうマンガだけの雑誌ではありません。このような、地味ながら真面目な作品も雑誌を強く支えていることを理解すべきでしょう。


・二つの剣、三つの呪歌、五匹の竜。
 上記のように、今回の堤作品は純粋なファンタジー作品であり、ビジュアル的にもこれまでどおり流麗で端整なイメージを作り出しています。実際の中世の風俗をよく調べた街並みや人々の衣装の描写は、かつての「エルナサーガ」以来作者の最も得意とするところであり、今回もその美しいイメージは健在です。また、今回も爬虫類に似た竜の姿がよく描けており、真竜と呼ばれる知能の高い竜の独特の姿には、いかにもファンタジー作品らしい優れたフォルムを形作っています。特に、この世界を護る五匹の守護竜の威厳に満ちた巨大な姿は、まさにファンタジーの象徴とも言えます。

 設定的にも中々興味深く、今回は魔族の力の源として伝えられる、「天雷剣」と「地轟剣」と呼ばれる二本の剣が、物語の中心となっています。そして、剣と並んでファンタジーの基本と言える魔法的存在として、今回は魔詠歌手によって歌われる「呪歌(のとうた)」を呼ばれる吟詠歌が存在します。治癒や束縛、幻惑の効果を持つこの歌は、リズミカルで美しい詩文によって構成されており、心地よい雰囲気に満ちています。これは、かつて見られた「エルナサーガ」の呪文の詠唱でも見られたもので、この作者ならではの優れた感性を今回も感じます。

 魔詠歌手が最初に習う歌である「一つ人世(ひとよ)の二度(ふたたび)に 御霊を返すよしもがな… 五臓六腑(いくらむわた)に七筋琴(なすこと)の 八種(やくさ)の音色響かせて・・・」からして、ひどく穏やかで癒される雰囲気を感じますし、「エルナサーガ」の力強い呪文の詠唱とはまた異なる落ち着きのあるリズムを生み出しています。

 このように、相変わらず堤さんのファンタジー世界の作りこみには卓越したものがあります。見た目的には決して派手ではなく、むしろ地味ではあるのですが、その丹念なイメージ、雰囲気作りには余念がありません。

 しかし、その一方で、この作品は、決して単なるファンタジー作品ではないのです。ファンタジー的な美しいイメージを忠実に再現しているその一方で、物語は決してそこまで美しいものではなく、この作者ならではの苛烈な描写が多数見られるのです。


・一見して英雄譚のように見えるが・・・。
 この物語は、かつて人間に倒された魔族が復活し、魔族の王に伝わる「天雷剣」なる魔剣を守護竜を殺して奪い去り、人間たちの世界へと攻め込もうとするエピソードから始まります。魔族は、数十年前に勇者アースィファとその仲間たちによって倒されましたが、かつて5人いた勇者と仲間たちは今では散り散りになっており、王宮に仕える賢者スハイル以外その行方は知れない状態となっています。しかし、賢者スハイルは、かつての勇者が市井にまぎれて暮らしていることを知っており、彼女の元に出向いて再び魔族と戦うように懇願します。彼女はなぜか頑なにその願いを拒絶しますが、しかしその息子であるアルドが勇者の素質を受け継いでおり、「天雷剣」と対を成す剣「地轟剣」を抜き去り、新たなる勇者として魔族と戦うことになります。

 このような物語の始まり方を見ると、いかにも王道的な英雄ファンタジー作品のように見えます。確かにそれは一面では合っていますが、しかし必ずしもそれだけの話ではないのです。
 この物語に登場する「魔族」とは、正確には「アリア」という種族であり、体の一部に独特のアザが存在する以外は、見た目も中身も人間とまったく変わりません。むしろ、人間の中の異民族と言った方がよいくらいです。そして、かつての勇者と魔族の戦いは、結局のところ異民族同士の勢力争いに過ぎず、勇者は率先してアリアたちを虐殺する存在に過ぎなかった、という意外な事実が明るみになります(そのために、今回の勇者は戦いを頑なに拒んだのです)。そして勇者が勝利したのち、残ったアリアたちは社会から駆逐され、街の片隅で隠れるように、あるいは人間の奴隷として迫害されながら生きているという現状になっています。

 魔族の王として登場したエルハイアも、アリアの若者の1人であり、かつて幼いころから行く旅の先々で人間たちに迫害を受け、1人保護者として世話をしてくれた老人も人間たちの迫害で次第に弱り、最後には暴行で殺され、頼るもの1人いない人間社会に取り残されるという、悲惨な過去を送っています。そんな彼が、見た目も立派な若者に成長し、自分たちアリアの復権をかけて雄雄しく戦う姿は、決して「悪い魔族」の姿ではなく、一定以上の正当性を持って描かれています。決して魔族が悪い存在というわけではなかったのです。

 このような、一見して正統派のファンタジー作品に見えながら、実は人間の負の側面や過酷な描写を描く作風は、まさに堤抄子独特のもので、かつての「聖戦記エルナサーガ」や「アダ戦記」とまったく同じコンセプトを、この「エスペリダス・オード」でも見ることが出来ます。さすがに、堤さんの描く話は、透徹して非常に深いものがあります。


・勇者と魔族の幼いころの邂逅、勇者とその母の確執を描く話が興味深い。
 さて、この物語で勇者の使命を受け継ぐことになった少年アルドですが、彼はまだまだ未熟なところが残る少年で、勇者として「地轟剣」を抜き去ることこそ出来るものの、基本的な能力ではまだまだ劣っていました。そこで、かつて母親である勇者を鍛えた剣術の先生の下で、基礎から徹底的な修業を受けることになります。
 しかし、アルドは、修業を真面目にやろうとせず、日々逃げ出そうとする日々で前途は多難です。加えて、勇者であった母親にも反発する行為が目立つようになります。これには、年頃の少年によく見られる行為、いわゆる反抗期のような理由もあるのですが、実は決してそれだけではなく、過去に親子の間で溝を生むような深刻な出来事があったのです。

 実は、かつてアルドは、魔族の王であるエルハイアと子供時代に会っていたのです。保護者であった老人が殺された後、エルハイアは1人人間の街に取り残され、頼ろうとした知り合いも既にいなくなっており、途方に暮れてしまいます。そんな時に、気軽に声をかけてくれたのが、まだほんの子供だったアルドでした。アルドは、木の上にある自分の秘密基地にエルハイアを誘い、そこにかくまうことにしたのでした。その後、ほんの数日ではありましたが、二人は一日中心の底から楽しく遊びます。アルドは、エルハイアが魔族だと知っても分け隔てなく接してくれました。辛い日々を送っていたエルハイアには、これは今までにない幸福なひと時でした。

 しかし、それが勇者である母親に見つかってしまいます。息子が魔族の子供をかくまっていたことを知った母は、アルドの懇願も聞かず、わずかな食べ物を与えてエルハイアを追放してしまいます。これに激高したアルドは、食事を取ろうとしなくなり、エルハイアの方もそんなアルドの意志に同調し、食べ物を受け取らずに去ってしまいます。

 翌日になって、「エルハイアが食べ物を受け取って去っていった」と母に聞いたアルドは、ようやく食べ物を口にします。しかし、エルハイアの残した食べ物を家の中で見つけてしまい、それを母親が隠したことを知ったアルドは、それをそっと荷物の奥底に隠してしまいます。もう母親を責めたくなかったアルドの咄嗟の思いつきでした。しかし、この出来事は、彼の心の奥底に大きな傷として残ってしまい、記憶の底で無意識のトラウマとなり、彼の素直な成長を拒むようになってしまったのです。

 このアルドの子供時代の話は、この作品の中でも最も奥の深いもののひとつで、屈指のエピソードとなっています。アルドとエルハイアの幼いながらも強固な結びつきと、それが「魔族だから」という理由だけで理不尽に引き離された大きな心の傷。それが丹念な描写でじっくりと描かれているのです。


*続きは後編でどうぞ。こちらです。


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