<FATALIZER(フェイタライザー)>

2008・7・21

 「FATALIZER(フェイタライザー)」は、コミックブレイドで2003年8月号から開始された連載で、翌年1月号には終了してしまった短期連載です。終了ひと月前の12月号では休載してしまっているので、実質5回で完結しています。これは、最初から短期連載の予定だったようですが、そのためか最初から駆け足気味でストーリーが進展し、かなりの部分で消化不良のままで終わった感は否めませんでした。伏線の回収がほとんど出来ないうちに終わった感があり、実際には中途の予定で終わった可能性もあるのは残念なことです。コミックスは一巻のみで完結しています。

 作者は小林立(こばやしりつ、本名)。のちに、ヤングガンガンで連載することになる麻雀マンガ「咲 -saki-」で一躍有名になる作家です。しかし、このマンガは、「咲 -saki-」のはるか以前に連載され、しかもあっという間に終わった短期連載ということもあって、ほとんどの人には知られていない作品ではないかと思われます。「コミックブレイド」というマイナー誌に掲載されたのも大きな要因で、しかも創刊初期(2002年)の頃の雑誌注目度が薄れつつあった、2003年後期からの連載ということで、ますますもってこのマンガをチェックした人は多くなかったと思われます。

 内容的には、近未来の日本を舞台にした超能力SFアクション・・・といったところでしょうか。伏線がほとんど回収できなかったとはいえ、その設定にはかなり面白いものが見られ、もう少し本格的な連載で読みたかったとつくづく思いました。また、その一方で、作者独特の萌え系の美少女に溢れた萌えマンガであったり、あるいはこれも作者の特徴である緻密な背景描写にも見るべきところがあるなど、中々に個性的な作品だったと思います。元々は作者がかねてより考えていた短編創作作品の商業コミック化らしく、しかも自身初の本格コミック作品だったようですが、初のマンガ創作でここまで描ければ十分合格だったと思います。

 しかし、この連載終了後、もう小林さんのブレイドでの再登場はなく、のちにヤングガンガンで読み切りを何度か載せ、最終的に「咲 -saki-」の連載にたどり着くまで、長い間のブランクがあり、完全に孤立し忘れられた作品になってしまいました。このページでは、このマンガの忘れられた魅力について大いに語ってみたい。確かに消化不良で未完成の作品ではありましたが、その実決して悪い作品ではなく、本格的に連載すれば良作になる可能性も高かったマンガだったと思います。


・「ガール・ミーツ・ガール」で始まる第1話が非常に好印象。
 まず、このマンガは、わずか5話で終わる短いものではありましたが、その第1話については中々面白く、かなりの好印象で読むことができました。

 それは、中学生になったばかりの主人公の少女・士栗(しぐり)が、いつも通う図書館の隣の公園で、閔 宥利(みん ゆり)と名乗る少女と出会うことから始まります。いつもその公園にたたずんでいる宥利が気になった士栗は、思い切って声をかけ、そのことがきっかけでふたりは友達になりました。
 しかし、出会ってから数ヵ月後、その身元不明な宥利の下に「オーバーワールド」と呼ばれる謎の組織の追っ手がかかり、ふたりは逃避行を始めることになります。士栗の数少ないもひとりの友達であるウィルマの下に一時身を寄せますが、そこもかぎつけられ、三人で必死に逃げる道を選びます。しかし、すぐに追い詰められ、しかも特殊な能力を使う能力者たちに手も足も出ず、宥利もおとなしく連れて行かれることを選びます。
 翌々日、士栗はいつもの公園に向かいますが、そこはいつもと変わらない景色ながら宥利だけがおらず、言い知れない寂しさを感じて嘆息します。しかし、ウィルマがあらかじめ宥利に取り付けていた発信機を手がかりに、「いつもの景色を取り戻す」ために、士栗は後を追いかけることを決意します。

 この第1話のストーリーは、きれいにまとまっているところがあり、特に士栗が宥利に出会うシーンが非常に印象的でした。緻密で美しい背景描写も手伝って、実にいい始まり方だったと思います。その後の緊張感溢れる逃避行の過程も面白く、このあたりのストーリー展開も大変面白いものでした。そして、最後に宥利が連れ去られた後に士栗が嘆く寂しさに満ちたシーンも、やはりその背景描写が印象的であり、実に情感極まるいいシーンになっていたと思います。

 このシーンを象徴するセリフが、士栗と宥利の一連の次の会話に表れています。

士栗「いつもここだね。同じ場所ばかりで飽きないの?」
宥利「景色の中の「人」を見るんです。そこに見える「人」が変われば景色も変わって見えるから」

 この言葉を覚えていた士栗は、最後に宥利が連れ去られた後に、もう一度その場所に行きます。その風景は変わっていないはずなのに、宥利のいないことでまるで風景は変わってしまっていた。その寂しい光景を見て士栗が涙するシーンは、このマンガでも屈指の名シーンであると言えます。


・しかし、その後の展開はあまりにも消化不良だった。
 このように、第1話では非常にいい感じで始まった連載なのですが、その後の展開は一変していまいちぱっとしなくなり、かなりの駆け足で伏線の回収もおろそかのままで、ひどく消化不良のまま終了へと向かってしまうことになります。

 まず、士栗とウィルマが宥利を追って、長野県の田舎の敵本拠まで向かう流れまではよかったのですが、その後はその敵組織の面々と、それを追いかけてきた宇宙人とのバトルとなり、いきなり主人公たちが蚊帳の外におかれてしまいます(笑)。これは、少々というかかなり拍子抜けしてしまったところで、いきなりストーリーの方向性が見えなくなり、第1話からのいい流れが大きくそれてしまいました。
 また、この時点で敵組織(オーバーワールド)関連の様々な設定が登場してくるのですが、どれもいまいち上滑りというか、一気に表面的な設定の説明だけ矢継ぎ早に登場するような状態で、読者としてはいまいち物語の中に入り込めませんでした。

 その後、なんとか主人公は宥利と再開、宇宙人ともバトルに入り、ようやく活躍が見られるようになりますが、その戦闘が終了したところでほぼ物語は終了し、宥利は結局オーバーワールドの人々と共に行くことになり、別れのシーンが訪れます(このシーンは中々に感動的でした)。あとは、半年後の後日譚が入ったのみで完全に最終回を迎えてしまいました。

 登場するキャラクターたちも、ほんの少しの登場のみで終わったものもおり、中には登場できないままで終了したキャラクターまでいる状態で、ストーリーが中途半端な時点で終了してしまったことは明白でした。中でも傑作なのは、そんな未登場キャラクターの中に、タイトルにもなっている「フェイタライザー」がいることです。つまり、このマンガは、タイトルが「フェイタライザー」なのに、そのフェイタライザーが出てこないままで終了したわけで、これはあまりにも拍子抜けしてしまいました。


・しかし、この緻密かつ繊細な背景描写は素晴らしい。
 このように、ストーリー的には決して手放しでは褒められない状態で終わってしまったわけですが、それでもこの作品には見るべきところが多かったように思います。端々でこの作者ならではの個性が感じられ、決して悪い作品にはなっていません。

 中でも素晴らしいのが、このマンガ独特の実在の風景をそのまま採り込んだ背景描写です。これは、実際の風景を写真で撮影し、それをPCでマンガの原稿に採り込むというスタイルであり、作者の小林さん以外にも、この背景に取り組むスタッフがいて、共同で作業を行っているようです。

 そしてこのマンガの場合、東京の隅田川沿岸、それも湾岸地区の風景があちこちから採り込まれているようで、都会的なビルが立ち並ぶ一方で、開放的に開けた美しい光景が、どこまでも緻密かつ繊細に、それでいて情感豊かに描かれています。わたしは、東京の地理には詳しくなく、具体的にどの場所なのかよく知らないのですが、それでもこの風景の緻密な再現度には大いに目を引かれるものがあり、実際にこの場所に行ってみたいとまで思ってしまいました。
 舞台が長野県に移った後は、今度は田舎の自然溢れる光景が素晴らしく、描き込まれた緑の木々と広々した田舎の平地がひどく印象的なものとなっています。こちらの方でも、やはり実在の風景がそのまま採り込まれているようです。

 そして、これらの背景描写の中に、誰かキャラクターがいることが多いのが、もうひとつの特長です。「そこに見える「人」が変われば景色も変わって見える」という宥利の言葉を、この作品自体が再現していると言えますし、そんな風に「人」の存在が描き込まれた光景は、単なる背景とは異なる魅力を確かに帯びているのです。

 そして、この独特の背景描写は、作者の後発作品であるあの「咲 -saki-」にも忠実に受け継がれています。こちらでも実在の風景の取り込みは健在で、そして田舎の高校が舞台ということで、田舎の開放的で緑に満ちた光景がよく見られるマンガになっています。背景の中の「人」を描く手法もまた健在であり、 4巻の表紙などにはそれが非常によく表れています。


・小林立ならでは特異な趣味が素晴らしい(笑)。
 背景描写だけではありません。このマンガは、作者の小林立ならではの特異な趣味が全開で描かれており、それがまた独特の面白さを生んでいるとも思うのです。そして、これは、作者ののちの作品にもことごとく受け継がれています。

 まず、小林立と言えば、なんといっても百合。明らかに百合好きの趣味を持つ作者で、このマンガでも主人公の士栗と宥利の微妙に百合的な交流、微細な感情描写が楽しめるシーンが含まれており、百合好きの読者の興味を引くものとなっています。もっとも、今回の作品ではちょっとした描写にとどまっており、さほどの大きな比重でもなかったのですが、これがのちの連載の「咲 -saki-」において大爆発することになります(笑)。

 そして、小林立と言えば、なんといっても極端な巨乳と貧乳。とにかく、やたら胸のでかい、でかすぎる女の子がよく登場し、それとは別に、まったくと言っていいほど胸のない、ぺたぺたの女の子もよく登場します。このマンガの場合、前者の巨乳代表が主人公の士栗、後者の貧乳代表が宥利や敵宇宙人のエイミーでしょうか。士栗などは、表紙の絵からしてすでに巨乳全開ですし(笑)、一方でエイミーは、肩ひもを片一方だけ外すという独特のエロ表現(?)で見せてくれます。そして、これら巨乳貧乳キャラクターたちは、ごとごとく「咲 -saki-」に受け継がれており、特に巨乳表現は原村和(のどか)、貧乳表現は天江衣に強く受け継がれているようです。

 さらに、小林立と言えば、なんといってもはいてない。もうこれに尽きます!(笑)
 もうとにかく、登場する女の子の大半が明らかにはいてない(ように見える)。主人公の士栗などは、連載第1話からして、そのはいてないを強調したかのようなアクションシーンのオンパレードで、初めて読んだときには「一体この作者は何を考えているのか」と本気で考え込んでしまいました。なぜこのような独特の作画を心がけるようになったのか・・・作者の意図はよく分かりませんが、しかしやたら読者の目を引くことだけは間違いありません(笑)。そして、この「はいてない」は、やはり作者ののちの作品にことごとく受け継がれており、あの「咲 -saki-」では、麻雀マンガであるにもかかわらずはいてないシーンが頻発する、極めて特異な内容のマンガになっています。個人的には、作者の小林立さんを、あの駒都えーじと並ぶ最高レベルのはいてない絵師として認定したいところです。


・小林立の個性が光る良作。未消化で終わったことが悔やまれる惜作。
 以上のように、このマンガ、ストーリー的には未消化のままで終了してしまい、その点ではひどく物足りない作品ではあるのですが、一方で「ガール・ミーツ・ガール」で始まる情感豊かな初回のエピソード、緻密かつ繊細な背景描写、そして小林立独特の特異な表現の数々(笑)など、見るべきところも多く、決して悪い作品ではなかったように思います。ストーリーも、本来的には決して悪いものではなく、単に5話という短い連載期間に無理矢理詰め込んでしまったがために、そうなったように見えました。最初から5話と完全に決まっていたのか、あるいは評判が良ければ連載を続ける予定だったのかは分かりませんが、いずれにせよその方法では成功できるとは思えませんでした。最初から本格的に長期連載させるべきだったのではないかと思えますし、もしそうならストーリーの展開自体も随分と変わっていただろうと思います。

 実際のところ、このマンガの、第1話の士栗と宥利の出会いを描くエピソードは、本当に素晴らしいものでした。はっきりいって、このマンガ、第1話だけならパーフェクトだと言ってよい。それが、2話以降の急展開でストーリーが大きく揺らぎ、完全に未消化のままで作品が終わってしまったのは、あまりにも残念としか言いようがありませんでした。掲載誌のブレイドは、当初から雑誌の編集方針にかなりの問題があり、粗雑な雑誌作りが目立っていたと思うのですが、このような良作に成り得る作品を短期間で終わらせてしまったのも、大きな落ち度のひとつだったと言えるでしょう。ブレイドには、他にもそういう作品がかなりあったように思います。

 一方で、のちにヤングガンガンで連載を行うことになった「咲 -saki-」が大成功を収めているのを見ても、ブレイドとヤングガンガンの雑誌作りの力量の差を見たような気がします。ただ、この「咲 -saki-」というマンガ、確かに素晴らしいものがあるのですが、「麻雀マンガ」というジャンルの作品であり、麻雀を知らない 読者には抵抗を覚える人がかなりいるのも事実です。そう考えれば、SFアクションものである「FATALIZER(フェイタライザー)」も、決して悪い作品ではありませんでした。作者がアマチュア時代に描いた小作品の商業化という側面もあり、これをうまく成功させていれば、作者としても非常に嬉しいことだったのではないでしょうか。残念ながら、今後この「FATALIZER(フェイタライザー)」が、何らかの形で復活する可能性はひどく低いでしょう。しかし、今「咲 -saki-」が大成功を収めているこの時代において、「作者の過去の知られざる良作にして惜作」ということで、改めて注目してもよいのではないでしょうか。

 ちなみに、このマンガで本編未登場だった二人のキャラクター、青山和(のどか)とネリー(フェイタライザー)は、それぞれ「咲 -saki-」の原村和と天江衣と似たところがあり、どうもこのふたりを元キャラにして「咲 -saki-」のふたりのキャラクターを作った可能性が高いように思えます。このふたりは、「咲 -saki-」の中でも特に作者の思い入れが強いようですが、元が過去作品の未登場キャラクターだったと考えれば、かつて惜しくも登場させられなかった無念を、この「咲 -saki-」の中で晴らしていると考えることが出来ますね。


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