<蜂の巣>

2011・8・21

 「蜂の巣」は、峰倉かずやによるマンガ作品で、元々は2002年に刊行されたGファンタジーの増刊に掲載された読み切り作品として始まり、のちに2003年から2005年にかけてゼロサム増刊WARDにおいて計6回ほど連載されました。いずれの掲載も短編と言えるほど短く、コミックス1巻にまとめるには分量が足りなかったため、長い間コミックス化されませんでしたが、最初の掲載から10年近い時を経た2011年になって、ようやくコミックスが刊行されました。足りなかったページは、2006年以降に一迅社より刊行されたオリジナル作品のアンソロジー集「Arcana」に掲載された作者の読み切りで埋められています。

 峰倉さんの作品としては、なんといってもあの「最遊記」が有名で、次いでステンシルやREXで掲載された「BUS GAMER」あたりが、エニックスや一迅社での連載ではメジャーなところでしょう。一方で、この「蜂の巣」、最初に掲載されたのが、2002年に出たGファンタジーの増刊「Gファンタジー++」で、この雑誌自体があまり知られていなかったため、最初からマイナーな存在でした。Gファンタジーが増刊を出すこと自体珍しく、長い雑誌の歴史の中でおそらくこれが唯一でしょう。しかも、これがエニックスお家騒動の最中での刊行で、峰倉さんもこの掲載の直後にエニックスから一賽舎(のちの一迅社)へ移籍して行きました。なぜこのようなあわただしい時期に刊行されたのか、いまだによく分かりません。結果的に、このマンガが、峰倉さんのエニックスでの遺作のような形になっています。

 肝心の内容ですが、ごく近い近未来の日本が舞台で、治安の悪化した東京の一地域で、「葬迎員」として働くしがない地方公務員のコンビの活躍を描いています。登場人物の平均年齢が高いこともあってか、峰倉さんの作品の中ではとりわけ渋い作風で、一部にアクションシーンこそあるものの、全体的にはひどく落ち着いた雰囲気で読ませるストーリーとなっています。さらには、21世紀初頭の大震災後に遷都した日本・人口が減少し治安がひどく悪化した東京が舞台という設定で、しかも「臓器売買」という現実にある犯罪行為を描いていることから、とりわけ強い社会的なテーマを感じる一作となりました。しかも、コミックスの発売に先立ってあの東日本大震災が起こったことから、あたかもこの出来事を予想したかのようなタイムリーな作品となりました。


・臓器売買から遺体を守る公務員の姿を描く。
 この物語の主人公は、山崎祐介(29)と陣内馨(51)のふたりの公務員。東京の第13地区(旧新宿あたりに該当する地域らしい)を担当する「葬迎員」として、日々の仕事をこなしています。
 「ひと昔前にはこの国にも『葬式』という宗教概念的システムがあったらしいが 治安の著しい悪化とそれに伴うとある事情により 死亡が確認された一般市民の遺体は各地方の役所が回収してまわることが義務づけられた」という設定で、主人公のふたりはそんな役回りを担っています。決して気持ちのいい仕事ではなく、しかも給料は他の部署と同じ、人気のない仕事をこなすしがない末端の役人といったところでしょうか。
 そして、その「とある事情」というのが、臓器売買の流行で、死んだばかりの活きのいい死体から臓器をかっさらう「臓器荒らし」が横行し始めたこと。特に、この13地区はとりわけ治安が悪いことで悪名高く、保健所の窓際族とも言われているこのふたりが、なんとか日々の公務をこなしているという現状のようです。

 この設定から、「臓器売買が横行するほどの治安の極端な悪化」「葬式という重要なはずの儀式の消失」という、以前の日本とは思えないほどの劇的な変化が社会に起こっていることが分かります。陣内の「おかしくなっちまったのよこの国は 大事なところがプッツンとな」というセリフがそれを象徴しています。
 しかし、そんな中で、しがないただの公務員ふたりが、死者の尊厳を守り、あるいは残された遺族たちをも守るために、日々の仕事を(文句を言いつつも)淡々とこなしている姿に惹かれるのです。決して待遇もよくないただの公務、しかしそこに従事するふたりには、確かに自分たちの仕事に対するこだわりが感じられます。死にゆく死者と残された生者、その双方を救う仕事に意義を感じている。だからこそ毎日地味で決して楽しくはない仕事に、文句を言いつつも淡々と取り組んでいるのです。世界を救うような派手な活躍ではないけれども、しかしこれはこれで実に渋くて魅力的な姿ではないでしょうか。

 読み切り版の最後、「俺死ぬなら蜂の巣がいいなあ」という山崎のセリフ、これがまた最高にいい。臓器売買の標的になるくらいなら、二度と使い物にならないくらいにズタボロにしてくれと。ここで初めて「蜂の巣」というタイトルの意味が分かって、なるほどと感嘆する仕組みになっています。


・ひとつひとつのエピソードが秀逸。
 そして、そんなふたりが活躍するひとつひとつのエピソードがとても面白い。読み切り版がまず抜群に印象に残る名作だったのですが、その後に続く連載版の6つのエピソードがどれも非常によく出来ていて、さらに作品の価値を高めています。

 6つの話はどれもよく出来てますが、個人的に印象に残ったのは、まず第3話の放蕩息子とその父親の話。
 いつものとおり遺体の回収に向かったふたりでしたが、出てきた母親の話だと、息子が父親の遺体を持っていってしまったといいます。息子は、多額の借金を抱えた放蕩息子で、自分が今までバカにしていた父親の遺体を臓器売買業者に売るために出て行ったというのです。そのことになかばあきれつつ追いかけていった二人は、運よくその息子と業者(ヤクザ)の取引現場を見つけます。息子と押し問答になるふたりですが、ここで思わぬ事実が発覚。遺体を売却する契約を結んだのは、息子ではなく実は当の父親。しかも金の受け取りは息子名義。自分が死んだ時のために息子のために出来るだけ高価で自分の遺体を買い取ってくれと、そういう泣かせる話がここで出てきます。
 そのことを知って戸惑いつつも喜んだ息子は、早速金の受け取りを要求しますが、渡されたのはせいぜい2、30万程度のはした金のみ。「くたびれたただの中年オヤジに大金を払うわけないだろ」と言い残してヤクザは去っていきます。自分が今まで軽蔑していた父親が、自分のために遺体を売る用意をしてくれていて、しかもそれがろくな価値にもならないという事実にショックを受けた息子は、立ち直れないほどの衝撃を受けて泣き崩れることになります。
 このエピソードは、純粋な人間ドラマとして面白く、放蕩息子に対する亡き父親の愛情と、それを知って遅すぎる改心を果たす息子との対比が、非常に印象に残る話となっています。

 さらに面白いと感じたのは、自殺を図る女子高生が登場する第5話。
 いつものように仕事で車を走らせる二人の前に、女子高生が通り過ぎようとします。慌てて車を止めたふたりですが、彼女には生きる覇気が何もなく、無気力に自殺を図ったようでした。「なんとなく死にたくなった」という彼女のセリフが秀逸で、ほんとうにそんな心境での自殺はありうるなと思いました。そのことを知った陣内は、機転を聞かせて、この車に乗ってドライブにいかないかと誘います。ドライブといっても、連れて行くのは自分たちの仕事先で、遺体の引き取り先と火葬場の往復です。しかし、そんな彼らの仕事先で、死んでしまった者の遺体と、残された遺族の姿を何度も目の当たりにした彼女は、何かが自分の中で変わり始めます。遺族に悲しまれつつ火葬場へと送られる死者たちは、誰かに必要とされて生きてほしいと思われているのに、自分は・・・。生きることの重さを知った彼女は、最後には涙を流すことになりますが、そんな彼女に陣内がかけた「なんとなく死ねるんだからな なんとなく生きてみりゃいいんだ」というセリフが心に沁みる優れたエピソードとなっています。

 このような重い話が続く中で、最後に描かれた第6話は、山崎の休日の子供たちとのふれあいを描いた、コミカルでほほえましい話になっています。飼っていたザリガニが死んだから弔ってほしいと子供に言われ、近くはどこもコンクリートばかりで埋める地面もないことを知った彼は、ペットが死んでしまった子供たちをみな呼んで、はるばる埋葬のためのドライブに出かけます。遠い場所まで行って無事埋葬を済ませて喜ぶ子供たち。「こうして土にかえしてやればよかったんだね」と言われて、山崎は「生きてる側の気持ち次第ってな」と答えます。これは、死んでいった者と残された者、その双方を丹念に描くこのマンガのテーマをよく表しており、ラストを締めくくるいい場面になっていたと思うのです。


・日本の近未来を描く極めてリアルな設定。
 こうして、ストーリーがまず非常に面白い作品に仕上がっているのですが、この作品には、もうひとつ特筆すべきポイントがあります。それは、日本のほど近い近未来を舞台にした、ひどくリアルで現実感のある社会設定です。

 まず、このマンガの舞台は東京ですが、そこは現代の東京とはまったく異なっています。「関東地区を襲った大震災で荒廃し、名古屋に遷都したあとの東京」という設定になっているのです。これは、つい先日起こった東日本大震災と、その後に起こった遷都の論議を彷彿とさせるもので、まさに今の日本の状況そのもので、あまりにもリアルな設定です。しかも、このマンガは、かれこれ10年近く前に描かれているのです。まさに、この時期の大震災を予測したかのような、衝撃的な作品になってしまっています。

 さらには、その大震災で壊滅的な被害を受けた東京は、人口が大幅に減少し、交通・情報機関などインフラも完全に麻痺、街並みは大きく荒廃して治安も極端に悪化したままになっています。この設定も、先の大震災で起こった首都圏での大混乱や、あるいは少子化による人口の減少とそれに伴って荒廃していくと予想される街並みの姿を彷彿とさせるもので、こちらのリアリティもうなづけるものがあります。まさに「予想されるべき日本の未来の姿」をそのまま描いているようです。

 さらには、「都道府県の境を廃止し、蜂の巣状のブロック形式で区域配分がなされている」という設定まであり、これなどは昨今盛んに導入が論議されている道州制を思い出させる設定です。なお、主人公のひとり陣内は「関東圏7区出身」、もうひとり山崎は「東北圏36区出身」となっており、この「関東圏」「東北圏」というものがまさに道州にあたるもので、その下で機械的な区域分けが成されている未来日本の地方行政の姿が垣間見られます。これも本当に実現してもおかしくないリアルな社会設定だと言えるでしょう。

 これらの未来予想、例えば大震災の発生や東京からの遷都、道州制の導入などの可能性は、今から10年以上前から論議されていたもので、このマンガもそれらの影響を受けて描かれた可能性は高いと思います。ただ、それを考慮してもこのリアリティはすごい。しかも、こうして東日本大震災が起こった今、その現実感は極めて大きなものとなって、読者を唸らせるものになっています。


・同時掲載のアンソロジー読み切りも秀逸。
 また、コミックスで同時に収録されている、アンソロジー「Arcana」からの読み切りも秀逸です。
 「Arcana」は、2006年以降一迅社から不定期に刊行された、オリジナルのマンガで構成されたアンソロジー本で、毎号「執事」「王子・姫」「賊(盗賊)」「侍」などのテーマで描かれ、主にゼロサム系の作家が参加していました。峰倉さんも、やはり一迅社ではトップクラスの人気作家ということで、参加者のなかでは特に大きく扱われた一人だったと思います。そして、期待に違わず、毎回ハイレベルな読み切りを残しています。

 中でもこのコミックスで注目すべきは、アンソロジー「執事」に収録された「蜘蛛の巣」という作品でしょう。これは、「蜂の巣」のスピンオフとも言える一作で、主人公ふたりの最大のライバル的存在である、臓器売買組織の総元締めの男・恩田憂の姿を、彼の最大の側近の視点で描いた物語です。この恩田という男、「蜂の巣」本編でも登場し、その個性的な生き方の片鱗を垣間見せていました。しかし、本編での登場はごくわずかであり、主人公たちと直接邂逅することもなく、そのまま連載は終わっていたのです。それが、このアンソロジーでスピンオフとして大きく描かれているのは見逃せない。その飄々としてふざけたように見える態度と、それとは正反対の冷酷さが透けて見える思想において、「蜂の巣」の主人公二人とは対照的な存在感を見せつけています。また、このコミックスの限定版付属のドラマCDでは、主人公と対決するようなシーンが見られるようで、それを聴いてみるのも面白いかもしれません。「蜂の巣」では、独特の個性を見せながらわずかな登場で終わっていた恩田という男の素顔を、こうしてのちの作品で見られるというのは大きい。

 それ以外のエピソードも粒揃いですが、中でもアンソロジー「侍」に収録された短編は、わずか4ページという短さでありながら、それでもきっちり読める話を仕上げてきているあたり、峰倉さんのストーリー作りの巧みさがうかがえます。また「賊」に収録された読み切りは、強大な政府軍に立ち向かうために3人の賊の残党たちが邂逅する、大きな物語のプロローグ的な一編となっていて、どうやらこれは峰倉さんが同人で温めていた設定の冒頭にあたる一部分のようです。これなども、続きが本当に読みたいと思える気になるいい作品になっていて、これがこうして埋もれているのは惜しいくらいだと思ってしまいました。


・峰倉さんのマンガ作品の中でも一押し。今からでも続きを描いてほしい一作。
 この「蜂の巣」、実際のところ、峰倉さんの作品の中でも最も優秀な作品のひとつにあたると思います。個人的にはまさに一押しで、最初に読み切り版を読んだ時から大いに感じるものがあり、「最遊記」や「BUS GAMER」以上に気に入ってしまいました。
 その理由は、まず純粋に個々のエピソードがとても面白いこと。主人公ふたりが大人の男性であり、扱うテーマも生と死を扱ったシリアス度の高いもので余計な遊びが少なく、まさに大人向けの渋い作品になっていると思うのです。毎回のページ数は決して多くなく、わずかな短編にとどまっているにもかかわらず、それでも何度読み返しても面白い。そんな本当に読める話になっていると思いました。

 そして、何と言っても、日本の来るべき近未来を映し出したそのリアルな設定。21世紀初頭の大震災、遷都されて首都でなくなった東京、道州制らしき制度の採用、人口の減少と治安の悪化、荒廃した人心と、どれひとつ取っても本当になってもおかしくないと思える社会状況で、これを10年近く前に描いていたというのは特筆に価します。近未来を描いた一種のSF小説として見ても面白いですし、そのリアルな社会性には見るべきものがあります。エニックス、一迅社の作品の中では、想像以上に社会性の強い一作になっているのではないでしょうか。そういった社会的なテーマに興味のある人には特におすすめですね。

 中でも、昨今起こったばかりの東日本大震災と、作中の設定があまりにも重なっているところは本当に面白いですね。コミックスの後書きによれば、この設定を変えるべきか真剣に編集部と検討したようですが、震災そのものを描いているわけではないこと、決して後ろ暗いことを描いているわけではないことを理由に、そのままの形で収録することに決定したようです。これは大変な英断だと思いますし、これによってこの「蜂の巣」は、10年近く前の作品でありながら、極めてタイムリーな一作になったと思うのです。

 出来れば、今こそこの作品の続編を描いても面白いと思います。大震災とそれに伴う遷都の話が極めて現実的なものとなり、道州制の採用や少子化による人口減少の兆しも、同じく以前よりさらに強く現実感をもって語られています。そんな今こそ、この「蜂の巣」を執筆する意義は高まっているのではないでしょうか。
 また、単純に、以前のストーリーの続きを読みたいという希望もあります。読み切り版もその後の連載版も、いずれも単発の短いエピソードで終わっており、重要な人物であるはずの恩田もあまり登場せずに終わっています。今なら、もっと長く続く本格的なストーリーを描いてもいいのではないか。峰倉さんの他の仕事の状況も考えると、今すぐの復活は厳しいかもしれませんが、いつかまた描いてほしいと考えています。


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