<はこぶね白書>

2008・6・28

 「はこぶね白書」は、コミックブレイドで2005年12月号から始まった連載で、当時の連載の中でもかなりの力を入れた中核作品として始まりました。当時のコミックブレイドは、雑誌の落ち込みがかなり激しく、ほぼ「ARIA」のみが看板作品として健闘している状態でしたが、そんな中で数少ない期待できる作品として始まったこの作品は、実際の出来栄えもかなり良いもので、雑誌の中核を担う作品として十分でした。

 作者は藤野もやむ。かつてのお家騒動以前のエニックスでは、ガンガンWINGにおいて「まいんどりーむ」「ナイトメア・チルドレン」の二大人気作品を残し、お家騒動でブレイドに移籍して以降は、創刊当時から「賢者の長き不在」という長期連載を続けてきました。しかし、連載はこの作者の作品の中ではいまいちふるわず、新しい作品が待たれていました。そんな中で始まったこの「はこぶね白書」は、開始直後から前作よりも好感触で、良作の予感を感じさせるに十分でした。

 肝心の内容ですが、手違いから化けアニマル(動物)たちの学ぶ学校に入学してしまった高校生・福田ねこ(フネ)が、個性的な動物たちと共に学校生活を送っていくというもの。フネや動物キャラの成長物語の側面に加えて、動物たちが通う奇妙な学校の謎を追う、といったストーリーもあり、独特の落ち着いた雰囲気も手伝って、非常に奥の深い話になっています。そのため、コアなマンガ読みによる評価もかなりあり、本格的なレビューもいくつか見ることができました。
 さらには、「かわいいの進化形!」というキャッチコピーに表される、実にかわいらしいキャラクターの魅力も素晴らしいものがあります。それも、いわゆる男性向けの萌えマンガとはかなり印象が異なる、この作者独特の中性的な作風が実に心地よく、まさに「ゆる萌え」という言葉がぴったり当てはまるマンガだったと思います。

 しかしその一方で、全体的に地味な作風であった感も否めず、大きなメディアミックス展開にも恵まれず、今一歩ブレイクしきることが出来なかったように思います。最後の終わり方も今ひとつで、少々物足りなさも残ってしまいました。良作であることは間違いない作品だったために、大きな人気を得る前に終わってしまった事が悔やまれます。


・「はこぶね白書」に至る流れ。
 元々、藤野もやむさんは、エニックス時代の方が人気も評価も高く、当時の連載誌のガンガンWINGでは一、二を争うほどの人気作家でした。「まいんどりーむ」「ナイトメア・チルドレン」の2大連載は、どちらも大きな成功を収め、特に「ナイトメア・チルドレン」は、エニックスマンガの短くはない歴史の中でも、屈指の名作のひとつと言ってもよいほどです。この作品、幸運にもエニックスお家騒動直前に最終回を迎えることができ、他の連載作品の多くが騒動で中断させられる中で、この作品が無事に終わることができたのは、数少ない僥倖だったと言えます。

 しかし、作者の藤野さんはその後ブレイド(マッグガーデン)に移籍することになり、そちらで新しい連載「賢者の長き不在」の連載を開始します。「まいんどりーむ」「ナイトメア・チルドレン」という名作を残してきた藤野さんだけあって、このマンガにも読者の期待が集まりましたが、意外にもこのマンガの出来は今ひとつで、かつてほどの人気を得ることができませんでした。決して失敗作というわけではないのですが、過去作品ほど奮わなかったのも事実で、コミックスで8巻を数える作者の最長連載でありながら、今ひとつの結果に終わってしまったように思います。

 その後の藤野さんは、しばらくの間短編や読み切りを手がけるようになり、その中のひとつ「キモチクラベ」という作品が、この「はこぶね白書」の原点となっており、この読み切り掲載から数ヵ月後に、この「はこぶね白書」の連載が始まります。

 そして、今回のこの連載は、非常に優秀だったのです。今ひとつだった「賢者の長き不在」よりも最初から好印象で、そのためか最初から編集側からも強力な推される作品となり、最初期から様々な企画が組まれました。コミックスの発売も非常に早く、2005年12月号から連載を開始して、2006年3月にはいきなりコミックスの1巻が発売されました。これは、月刊誌の連載としては非常に早いタイミングでの発売で、最初期からコミックスを押し出して人気を定着させたい、という雑誌側の意図を明確に感じることができ、この積極的な活動にはかなり好感を持つことができました。

 この当時のブレイドは、とにかく雑誌の落ち込みがいよいよひどくなってきた時期であり、「ARIA」のみが看板作品として健闘している状態でした。そのため、最初期から良作ぶりを発揮したこの「はこぶね白書」を全面的に押し出し、雑誌を支える作品にしようと図ったことは明白でした。そして、この作品はその期待に見事に応え、その後も非常に優秀な連載として続いていくことになったのです。


・「かわいいの進化形!」は伊達ではない!
 このマンガのストーリーは、人間の女の子である福田ねこ(フネ)が、個性的な化けアニマル(動物)たちと共に学園生活を送っていく、というものです。学園の名は「盛森高校」といい、森の中にある全寮制の学校で、動物たちが人間になるために日々勉強をする場となっています。

 そして、この学校の生徒たち、特に女の子たちがとてつもなくかわいい! 主人公の福田ねこもかわいいのですが、それ以上にかわいいのが動物たち(が化けた人間の姿)です。主人公が所属する1年白組の生徒たちは、その全員に名前が与えられており、それ以外の組でもかなり多くの生徒たちが登場してきますが、どれもこれも個性的な生徒たちばかりで、かつ元の動物たちの性質を彷彿とさせるような性格の生徒たちも多く、いかにも動物的なかわいらしさを感じることができます。

 中でも最高にかわいいのが、主人公と同室になった猫のみぃ子(鈴原みぃ子)です。青いウェーブヘアのツインテールの姿もめちゃくちゃかわいいのですが、その性格がまたなんとも言えない。猫のわがままさをそのまま体現したかのような性格で、特に同室のフネには懐きまくり、常に自分のそばに置いておかないと気がすまないですねる、その姿がかわいすぎです。まさに猫がそのまま人間になったかのような(実際にそうなのですが)キャラクターで、猫好きの人には特にオススメできる素晴らしいキャラクターとなっています。

 実際にも、初期の頃から、このみぃ子の人気は圧倒的で、主人公のフネとの間の百合的にも見える微笑ましい交流は、このマンガのほのぼのしたかわいらしさをこれ以上ないほどよく体現しています。このマンガのキャッチコピー「かわいいの進化形!」は伊達ではありません。これまでの藤野もやむ作品の中でも、このマンガの萌えレベルはトップクラスで、この作者ならではの中性的な萌えを強く感じることができます。これは、男性向けの萌えマンガのそれとはまったく異なるもので、そのために男性マニアにはさほど高い人気を獲得しませんでしたが、このような作風を好むファンを男女問わず惹きつけることになりました。


・「化けアニマル」たちが通う学校に潜む不穏な設定。
 前述のように、このマンガの舞台となる「盛森高校」は、人間になりたいと願う「化けアニマル」たち(猫や狐、狸など)が、「人間になるため」に勉強をするという場所です。学校で学ぶ内容は、基本的な読み書き計算など、人間ならば小学生レベルの勉強です。このような設定は、「動物が一から人間の知識を学ぶ」という点では、まさに理に適っているとも思えますが、しかし同時にひどく不穏なものも感じるのです。

 そもそも、「人間になる」という目的からして不可解です。化けアニマルたちは、姿は人間に非常に近い姿に化けることが出来ます。その上で、人間としての知識を身につければ、それで人間になれるのか? そもそも「人間になる」とはどういうことか? そのあたりの設定に、ひどくひっかかるなものを感じてしまうのです。姿かたちはそれなりの年齢に見える動物たちが、まるで小学生のように単純な読み書きから学ぶその姿は、なんとも言えない不穏なものがあります。

 化けアニマルたちが通う学校の校舎が、「はこぶね(方舟)」の形をしているのも、ひどく意味深なものがあります。「方舟」と言えば、思いつくのはもちろん聖書にある「ノアの方舟」です。「ノアの方舟」の動物たちは、別に人間になるために方舟に乗ったわけではないですが、ここでは「動物たちがひとつの舟に乗って、どこかの目的地に向かう」という意味で使われているのかもしれません。目的地とは、人間たちの世界でしょうか・・・。となると、この学校の設立目的にも怪しいものを感じてしまいます。

 そして、このような学園の謎を追うストーリーも、中々に興味をそそられるものがありました。学園の生徒たちすべての情報が勝手に書き込まれる「盛森辞典(もりもりじてん)」なる不思議な書物。学園の一室、御簾の向こうに鎮座する学園長の正体の謎。帰る家が無かったり、家族のいない者も少なくない動物たちの出自。そういった謎が明かされるストーリーも、ひどく魅力的だったのですが、最後は中途半端に連載が終わってしまい、学園のその後がどうなったのか分からないままになってしまったのが残念なところです。


・微細な心理描写にはひどく惹かれる。
 そして、このマンガの最大の見所は、やはりキャラクターたちの心理描写でしょう。それぞれのキャラクターたちは、一見してのほほんとして生きているように見えて、その裏で深刻な悩みや願いを持っていることも珍しくなく、そんなキャラクターたちが時折見せる微妙な心理には、ひどく惹かれるものがあります。

 主人公である福田ねこも、人間としていきなり化けアニマルの学校に入ってしまったことから、自分の存在意義について悩むことが多く、普段は猫として気ままに生きているようにみえるみぃ子でさえ、その奥では儚い願いを抱いており、時に深刻な姿を見せます。そして、双子の人間兄弟である相模左甫・右甫兄弟が、おそらくは最も深刻な事情を抱えており、もうひとりの人間であるフネを絡めたシリアスな展開は、この作品の中で最も深いと言えるものになっています。

 そして、このような展開でよく見られる、キャラクターたちの繊細な表情には、ひどく惹かれるものがあります。このマンガに見られるキャラクターの表情は、時に独特のものがあります。それは、どこか遠くのあらぬ場所を見つめるような、無機質な表情。目の前のものを見ているようでもあり、あるいはその背後にある何かを透かして見ているかのようでもあり、なんとも見るものを不安にさせる掴みどころのない感情表現。この藤野さんの心理描写の奥深さを強く感じる一場面と言えます。

 そして、このような微細な心理描写が、コアなマンガ読者や評論家にも評価されたのか、このマンガに関するレビュー記事を何度か見かけることが出来ました。ブレイドのような、マニア・オタク向けと思える雑誌の連載作品としては、かなり珍しいケースであると思います。そう考えると、このマンガは、本来の読者層であるマニア・オタク層だけでなく、そういったマンガ読みの琴線に触れる何かがあるのかもしれません。


・派手な作品ではなかったが、藤野さんらしさがよく見られた優れた良作。
 以上のように、この「はこぶね白書」、この作者ならではの中性的な萌えに満ちたかわいいキャラクターたちの魅力にとどまらず、化けアニマルたちの通う学校を巡る独特の奥深い設定や、キャラクターたちの繊細な心理描写、特に微細な表情の表現などに見るべきものがあり、実に充実した内容を持つ優れた作品になっていたように思います。作者の前作「賢者の長き不在」よりもこちらの方が面白く、この作者のブレイド移籍後の連載作品で、これが初の成功作となったのではないでしょうか。かつてのエニックス時代の「まいんどりーむ」「ナイトメア・チルドレン」と比べても見劣りせず、この藤野さんの新たなる代表作が加わったように思います。

 しかし、このマンガ、最初期の頃からの編集部による推進ぶりには見るべきものがあり、これは一定の成功を収めたとは思いますが、それ以上に突出した人気を得ることは出来なかったようです。落ち込みの激しいブレイドの中で、あの「ARIA」に次ぐ雑誌を支える中核作品だったと思いますし、実際にその役目は十分に果たしてきました。しかし、その一方で、アニメ化まで出来るほどの圧倒的な人気には最後まで恵まれなかった。これには、割とはっきりと分かる理由もありました。
 まず、落ち着いた雰囲気でじっくりと進むストーリーに、派手さが欠けていたこと。マンガ読みをも惹きつける奥深さがある一方で、派手な展開や分かりやすい娯楽要素では物足りなかったのでしょう。そのため、雑誌の表に出るほど多くの読者を惹きつけることが出来なかったのではないか。
 加えて、この作者独特の中性的な作風が、男性のマニア読者を惹きつけることが出来なかったこともあります。一応この作品も萌えマンガには入ると思いますが、しかし同じ中性的な作風の「ARIA」が、そのキャラクターで男性読者に大人気を獲得したのに対し、このマンガのそれは、むしろ女の子向けとも言えるもので、男性マニア読者にはさほどの人気は得られなかった。これも、アニメ化することが出来なかった大きな理由でしょう。

 そのように、突き抜けた人気を得られなかったためか、連載の終わり方も少々中途半端で、「まだまだ物語は続きます」といった終わり方になっていて、ちょっと物足りなさも残りました。これ以上の人気、発展が期待できないから、ここで終わりにしようとしたようにも思えますし、これは少々残念に思ってしまいました。

 しかし、このマンガは、それでも十分な良作であり、最後までじっくりと読ませる作品であり続けました。落ち込みの激しいブレイドの連載の中でも、数少ない屈指の良作であり、藤野さんの実力が存分に出た極めて優秀な作品であったと思います。ブレイドの誌面への貢献ぶりでも目立つものがあり、2006年以降のブレイドを支え続けました。今後、藤野さんの次回の活躍の機会があるのか、はなはだ不透明ですが、またこのような良作が出ることを期待してやみません。


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