<ひぐらしの哭く頃に 雀>

2011・3・16

 「ひぐらしの哭く頃に 雀」は、竹書房の近代麻雀で2010年1月1日号から2011年2月1日号まで連載された作品で、同人ゲーム「ひぐらしのなく頃に」(以下ひぐらし)のシリーズの1つにあたります。しかし、この作品の原作は、他の各編と異なり、PCでの同人ゲームではなく、そこから派生した関連商品であるアーケードゲームとなっています(のちにPSPにも移植されました)。これは、「ひぐらし」のキャラクターが登場する麻雀ゲームであり、ひぐらしの世界観で麻雀の対戦をするという原作ファン向けのゲームとなっていました。

 そして、この麻雀ゲームを原作として、この「ひぐらしの哭く頃に 雀」のコミック版が連載されることになったのですが、そのコミックを連載した雑誌がふたつありました。ひとつは、角川書店の月刊コンプエースで、こちらは一足先に2009年10月号から連載が始まり、半年ほどの短い連載で終わっています。こちらの作画担当は綾見ちは・云熊まくで、かわいらしい絵柄が特徴となっています。

 そして、もうひとつのコミック化連載雑誌が、この近代麻雀。麻雀雑誌としては定番中の定番として麻雀ファン、麻雀マンガファンの間では非常に有名な雑誌で、そんな雑誌ならばひぐらしの麻雀版であるこのマンガの連載先にはふさわしいとも言えます。しかし、それでも、このひぐらしの連載が近代麻雀で始まると知られた時は、各所で驚きの声を多数聞くことになりました。これまでひぐらしのコミック版が掲載されたのは、その多くがスクウェア・エニックスの雑誌、他に一部が角川書店の雑誌であり、そのいずれもがマンガマニア層向けの雑誌で、ひぐらしの連載は読者層の好みと一致していたと思います。しかし、この近代麻雀は、読者の中心は大人の麻雀ファンで、スクエニや角川の雑誌よりも読者の年齢層はずっと高め、マンガの好みもかなり異なるのではないかと推測されます。なのに、そんな雑誌でまさかのひぐらしの連載。誰もが驚くのも無理はありませんでした。

 そんな意外な連載ではありましたが、しかしその内容は、決して他のコミック版と引けを取りませんでした。単に麻雀マンガとして楽しめるだけでなく、ひぐらしならではストーリーも楽しめる、正統派の一編となっていたのです。決して麻雀をネタにひぐらしのキャラクターが登場するだけのお遊び的な話ではありません。その点では、ほぼお遊び的なコメディだった「昼壊し編」(同じく派生ゲーム「ひぐらしデイブレイク」のコミック化作品)とはまったく異なります。麻雀が登場するとはいえ、ストーリーの本質はあくまでひぐらしそのもの。むしろ、麻雀という精神的な負担の大きいメンタルなゲームをモチーフにしたことで、ひぐらしならではの不安と疑心暗鬼に満ちた心理が、とてもよく表れているようにも思えるのです。

 さらには、実力派作家である山田J太による作画も素晴らしく、ここでも他のコミック化作品と比べて引けをとっていません。ひぐらしのコミックは、全体的に作画のレベルの高さが特長で、それも評価のポイントとなっていますが、この「雀」もまたレベルの高いビジュアルを見せる一作となっています。


・原作者の麻雀好きが結実した一作。
 前述のように、このマンガは、ひぐらしの派生ゲームからのコミック化作品なのですが、しかし、ひぐらし本編のストーリーにも、一部に麻雀が登場しています。元々、ひぐらしの原作者である竜騎士07さんが、相当な麻雀好きであるようで、それを作品の一部に反映させたようです。あるいは、こうして麻雀ゲームとして派生していったのも、原作者の麻雀好きが企画のきっかけになっているのかもしれません。

 コミック版で麻雀が登場したシーンとしては、スクエニのガンガンで連載された「暇潰し編」の第2話が顕著です。暇潰し編でも序盤にあたるこのエピソード、そのほとんどが麻雀の勝負で占められており、当時はいろいろな読者から「なんだか今回のひぐらしは麻雀マンガみたいだ」という感想を聞いた記憶があります。それほどこの話の麻雀描写は印象的でした。

 この「暇潰し編」から登場する、赤坂という中央から派遣されてきた刑事が、実は学生の頃は麻雀でならした凄腕のプレイヤーという設定で、同じくひぐらしのメインキャラクターである刑事仲間の大石や、おやっさんと呼ばれるダム工事の現場監督たちと、麻雀の卓を囲むというストーリーとなっていました。イカサマも駆使して勝ちを追求する大石に対して、それを見破った上に様々な麻雀テクニックを駆使して翻弄していく様が、実に痛快に描かれています。麻雀のテクニックの描写や、闘牌(麻雀のプレイ)のシーンのケレン味たっぷりの演出も見ごたえがあり、他の麻雀マンガと比べてもまったく遜色ないものになっていたと思います。わたし自身も、「まさかガンガンでこんな麻雀マンガが読めるとは」と思わず感心してしまいました(笑)。

 そして、この「ひぐらしの哭く頃に 雀」、この「暇潰し編」で見られた本格的な麻雀描写の延長であるとも言えるでしょう。かつて1話だけでも十分すぎる麻雀描写を見せてくれたひぐらしですから、ストーリー全体が麻雀で構成されたこの「雀」でも、その内容は極めて充実しています。決して付け焼刃の麻雀描写ではありません。竜騎士07さんが、自身の麻雀に対するあくなき思い入れと、そしてひぐらしならではの卓越したストーリー・心理描写を惜しげもなく注ぎ込んだ力作となっているのです。


・麻雀のシーンが本当によく描けている。
 わたしは、「近代麻雀」などに掲載される麻雀マンガは、麻雀の扱いに大きく二つの方向性があると考えています。一つは、現実にある麻雀の戦術、テクニックにもとづくリアルな麻雀描写。そしてもうひとつは、現実的ではないけれども、より派手に見せる闘いを描く描写。例えば、役満のような高い役を華麗に上がったり、プレイヤー同士の高度な駆け引きを見せたり、現実的には不可能な高度すぎるイカサマ技をやったり、そういった演出重視の描写です。
 今の現実の麻雀のプレイは、決して派手なものではありません。そもそもマンガに描かれるようなプレイヤー同士の駆け引きと言えるものはほとんどないですし、役満のような高い役はそんなに頻繁には出てきません。それでも局の序盤のうちはまだ手作りの戦略などはありますが、一旦手が出来上がってリーチをかけたら(聴牌したら)、あとは上がるか上がれないかはほとんど運です。マンガのような面白いシーンはそう多くはなく、いたって地味な展開に終始することが多いものです。そんな現実の麻雀をうまくアレンジして、ある程度非現実的な要素も盛り込んで、見せる形に仕上げるのが麻雀マンガの醍醐味だと思っています。

 そして、この「ひぐらしの哭く頃に 雀」の場合、ある程度リアルな(理にかなった、現実的な)麻雀のテクニックの描写と、マンガならではの派手な演出と、その双方がバランスよくミックスされているように思えます。麻雀のプレイヤーが見ても「これはうまい」と思うような納得のシーンが多く、非常に面白い。毎回かなり凝った闘牌の描写なので、麻雀の知識が無いと厳しいとは思いますが、逆に近代麻雀を読むような麻雀マンガ読者ならば、大変面白いマンガになっていると思います。

 わたしが特に面白いと思ったのは、ストーリー前半の闘牌シーンで、何度もリーチ後に振り込まされてきた主人公の圭一が、一計を案じてあえてリーチをかけず、相手のリーチを待ってそれに対応、つかまされた当たり牌を抱え込む形で待ちを変えて、追っかけリーチをかけるシーンです。このプレイは本当にうまいと思いましたし、圭一の「これはしてやった」という表情で牌を打つコマにもかっこよさがみなぎっていて、演出的にも盛り上がって文句なしのシーンでした。

 そしてもうひとつ挙げるとすれば、ストーリー最終盤のクライマックスでの闘牌シーンで、圭一が今までのやっきになってリーチをかける闘い方を見直し、より高度な待ち、上がりやすい待ちに変えて闘うシーンです。これは、麻雀というゲームの柔軟な面白さを見せてくれるという点で、麻雀というゲームにも貢献する非常にいいシーンだったと思います。そして、その後、メンバー全員が圭一に呼応して、より高くより高く手を作りあげていき、最後には全員が役満を聴牌するという究極の盛り上がりに達します。ここまでいくとさすがに非現実的なのですが、しかし、このくらいの演出は麻雀マンガなら「あり」だと思います。麻雀というゲームの面白さ、楽しさを見せてくれる屈指のラストシーンでした。


・決して外伝ではない。これはもうひとつの「ひぐらし」本編だ!
 よく出来ているのは麻雀シーンだけではありません。ひぐらしならではのストーリーもよく出来ています。それも、ひぐらしの本編とまったく同じテーマが色濃く感じられる、正統派のストーリーとなっているのです。麻雀だけが全面に出ているのではない。麻雀のシーンにも力を入れつつ、同時にひぐらしならではのストーリーも綿密に描かれていて、非常に読み応えのある一作となっています。

 ひぐらしのひとつの大きなテーマとなっているのが、「疑心暗鬼」。周囲の人間を信じられなくなったキャラクターが、際限の無い疑心暗鬼に陥り、やがてはそれがきっかけで「雛見沢症候群」なる奇病を発祥し、暴走して周囲の人間に残虐行為を働いたり、壮絶な自死に至ったりする。そういった負の心理のサイクルに陥った人間描写に見るべきものがあると思うのです。
 そして、この「ひぐらしの哭く頃に 雀」では、麻雀という非常にメンタルなゲームを扱ったことで、このひぐらしならではのテーマが、今一度強く出ているような気がするのです。麻雀の持つゲームの一面と、ひぐらしのテーマとがぴったりと一致している。それゆえに、このマンガはもうひとつのひぐらし本編とも言える内容になっているのです。

 麻雀プレイヤーならば誰もが実感すると思いますが、麻雀というゲームは、1回1回の運の要素があまりにも高すぎるために、どんなに実力のあるプレイヤーでも、どうしようもない負け方に陥る状態が頻繁に訪れます。勝っているうちはまだいいのですが、一旦運がなくなって負けが込むと、何をやってもどうしようもなくなる。いくら聴牌してリーチをかけても上がれない、むしろ他のプレイヤーとのめくり合いに負けて振り込んでしまう、いや、本当に悪い時には、そもそも聴牌自体が出来なくなり、何もしないうちに他のプレイヤーがどんどん勝手に上がっていく。無理に抵抗して押していっても振り込むだけ。そうして何も出来ずに圧倒的にラス(最下位)となってしまう。しかもそれが時に何回も続いてしまうことが日常茶飯事なのです。

 主人公の圭一も、部活仲間との麻雀勝負でこのような状態に陥ってしまい、あまりにも不自然に思えるほど負けが続いてしまったために、やがて疑心暗鬼に陥り、「もしかして他のプレイヤーがイカサマをやっているのでは・・・?」と果てしない疑いの心を抱いてしまいます。そうして負の心理の連鎖に陥ってしまった圭一は、やがて幻覚を見て雛見沢症候群を発祥する寸前まで追い詰められてしまう。他のプレイヤーに疑いを向けることで険悪な空気にもなり、もはや暴走まで一色触発の状態にまで近づいてしまいます。

 しかし、そんな中で圭一を救ってくれたのは、部活仲間のひとりであるレナでした。彼は圭一を最後まで気づかい、自分たちが楽しく麻雀を打っているシーンを圭一の前で見せることになります。それで一気に心が楽になった圭一は、本来の明るい心を取り戻し、みんなと楽しく麻雀をする輪に加わることになるのです。この、負の心理をいかに打破するかという展開も、ひぐらしのもうひとつの大きなテーマであり、ひぐらしならではのテーマが余すところなく取り入れられた、まさにひぐらしの正統派と言える一編となりました。


・山田J太さんの作画も素晴らしい。
 そして、この本格的なストーリーを描ききった山田J太さんの作画もレベルが高い。

 山田J太さんは、元々は「月刊ウィングス」でデビューした作家のようですが、その後2003年からマッグガーデンの「コミックブレイドMASAMUNE」で連載された「あさっての方向」が大変な良作となり、これはテレビアニメ化までされました。これで実力が認められたのか、これ以降様々な出版社の雑誌で連載が見られるようになり、電撃の「シルフ」での「マジナ!」や、芳文社の「コミックエール!」での「ぎふと」など、幾多な作品を残しています。そして、ここに来て近代麻雀でこの「ひぐらしの哭く頃に 雀」の作画担当に抜擢されたのです。元々実力のある作家だと思っていましたので、これは大いに歓迎する人選でした。

 全体的にこなれた作画になっていますが、とりわけ今回の連載で注目したいのは、そこかしこに見られる「黒い」雰囲気の再現です。疑心暗鬼に囚われた主人公の心理が大きなテーマですから、そこかしこに暗い心理を映すかのような黒く描かれた画面が印象に残ります。いつもは明るい陽射しの差す雛見沢ののどかな光景や、楽しい部活の麻雀のシーンですら、どこか暗い影がつきまとう。やがてキャラクターたちが見せるようになる暗い表情、狂気の表情にも磨きがかかっていて、このあたりのそら恐ろしさは、ひぐらしのホラー作品ならではの醍醐味だと言えるでしょう。

 反面、普段のキャラクターたちのかわいさ、かっこよさもよく描けています。これは、他のひぐらしのコミカライズにも共通している要素ですが、この山田J太さんの作画も引けを取りません。他の編の作画に比べると、若干くせが強いかなとも感じますが、それでもこのレベルなら申し分ない。作中での活躍もあってか、特にレナのかわいさがよく描かれているような気がしますね。


・今になってもう一度楽しめる、貴重なひぐらし正統派に属する一編。
 以上のように、この「ひぐらしの哭く頃に 雀」、まず麻雀マンガとしてもとてもよく描けている上に、「ひぐらしのなく頃に」の一編としても正統派の本編のストーリーが楽しめる、非常によく出来た一作となっています。当初は、まさか近代麻雀でひぐらしの連載とは・・・と、その意外性の方に目を奪われてしまいましたが、いざ読んでみると、まさに正真正銘の「ひぐらし」となっていて、これは本当に感心してしまいました。

 ひぐらしは、今でもコミック版の連載こそまだ続いていますが、原作の同人ゲームは最後の完結編が出てからすでに数年が過ぎ去り、原作者の次回作である「うみねこのなく頃に」の方にもかなり話題の中心が移っていて、そろそろこのゲームの話題も少なくなっています。そんな中で、ここでひぐらしの「もうひとつの本編」とも言える本格派の新作が読めたのは、大変な幸運だったと言えるでしょう。本編完結の数年後に登場したひぐらしの新作。それがここまで楽しめる良作になっていたのは本当に嬉しい。

 麻雀マンガとして、近代麻雀という新しいプラットフォームで連載されたのも、よかったと思います。最近では、スクエニの「咲-saki-」のヒットの影響か、近代麻雀や他の麻雀マンガ掲載雑誌でも、少しずつ新しいタイプの麻雀マンガが増えているようですが、このひぐらし雀の連載も、ひょっとするとその流れのひとつなのかもしれません。スクエニや角川とは異なるタイプの読者層を持つ、麻雀マンガ雑誌での連載。それでいて、その中身の雰囲気は他のコミカライズとほとんど変わっておらず、今までの読者でもそのまま楽しめる。こういった作品が近代麻雀に載ったことは、大いに意義があったと思います。

 最後のエンディングは、ほぼ悲劇で終わっていて、ちょうど他の「問題編」の終わり方と同じような構図になっていますが、その中でもその後につながるような一抹の希望と、麻雀に対するあくなき思い入れが見える終わり方になっていたのもよかったですね。ちょうどもうひとつの「鬼隠し編」のような形で、それに麻雀を絡めて巧みにひぐらしの新しいカケラを紡ぎだしている。そんな優れた良作だったと思います。


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