<蒼きユピテル >

2013・5・27


 「蒼きユピテル」は、マッグガーデンのウェブ雑誌・コミックオンラインで2013年1月から4月にかけて連載された作品で、直後の5月にコミックス1・2巻が発売されました。最初から数ヶ月の短期連載の予定だったようで、全8話での終了、コミックスも2巻完結となっています。

 作者は、藤野もやむ。かつてエニックスのガンガンWINGなどで活躍した作家で、当時から「まいんどりーむ」「ナイトメア・チルドレン」などの連載で人気を博していました。その後、エニックスお家騒動でマッグガーデンへと移籍することとなり、以後同社のコミックブレイドやコミックブレイドアヴァルスなどで「賢者の長き不在」「はこぶね白書」「忘却のクレイドル」などいくつもの連載を行ってきました。

 そして、最新作となるこの「蒼きユピテル」ですが、これまでと異なり、ウェブコミックでの連載という点が大きな特徴となっていました。最近では多くの出版社でウェブ雑誌の運営が当たり前になっているとはいえ、しかしこれまで長くマッグガーデンで看板クラスの人気作家だった藤野もやむを、あえてウェブ雑誌で連載させるというのは、やはり少々不思議に思いました。ただ、連載を始めるに当たっての告知・宣伝活動にはかなりのものが見られ、この作品を通じてウェブ連載の認知度を高める目的もあったのかもしれません。

 作品の内容ですが、「藤野もやむが贈る青春ジュブナイル最新作」と銘打たれており、田舎に越してきた少女が、「ユピテル」という名前の”神さま”と出会う物語となっています。主人公を取り巻く状況はかなりシビアで、彼女が精神的に追い詰められた状況で、超自然的な存在に出会って心を救われるという、現代日本を舞台にした「伝奇もの」の作風を感じるストーリーとなっています。

 加えて、作者のひとつ前の連載である「忘却のクレイドル」のキャラクターと思われる人物が登場するなど、そちらとの関連も強く持たせたシナリオになっており、なんらかのつながりがあるのではないかと推測されます。連載最後のエンディングも、続きがあると思えるような終わり方となっていて、連載期間の短さもあって、これからまだ何かしら続編があるのではないかと考えてしまいました。


・改めて藤野もやむの連載を振り返る。
 藤野さんのエニックスでの最初の連載は、かれこれ98年のWINGで連載された「まいんどりーむ」にまで遡ります。この初連載作品が、コミックス1巻の短期連載で終了した後、同じくWINGで、初期の代表作となる「ナイトメア☆チルドレン」を開始。これがとても大きな人気を得ることになります。かわいい絵柄やキャラクターに人気が集まる一方で、切なく厳しい、読ませるファンタジーストーリーにも高い評価が集まります。とりわけキャラクター人気に関しては、この当時が一番だったと思います。藤野さんの描くかわいい女の子は、読者を引きつける大きな魅力がありました。

 一方で、お家騒動後にブレイドで始めた最初の連載「賢者の長き不在」は、男の子のキャラクターにも比重が移ったことが特徴的でした。また、この辺りからキャラクターの内面を描くテーマ性が強くなったようで、それは次の連載である「はこぶね白書」にも受け継がれたようです。「はこぶね白書」は、人間になるために動物たちが通う学校の生活を描いた物語で、キャラクターはまたとてもかわいいのですが、しかし「動物が人間になるため」という辺りの設定に、ひどく不穏なものがあり、見た目以上にシビアなストーリーが展開されました。

 さらに、次の連載「忘却のクレイドル」は、これまでの連載とはさらに異質になり、徴兵制(らしき制度)が施行されている近未来の日本で、少年たちが訓練のために集められた島の陰惨な出来事を描くという、これまでにないタイプの物語となっていました。少年たちのいさかい、殴り合いや時に殺し合いまで描く、ひどく残酷な描写に驚いた記憶があります。ストーリーは、最後の終わり方が不明瞭で、その点でも好みが割れる作品になったような気がします。

 そして、この「忘却のクレイドル」終了後の次回作となったのが、この「蒼きユピテル」。少年たちが主体だった前作と異なり、主人公の少女をはじめ女の子のキャラクターが大きくクローズアップされ、ここで久しぶりにかつての藤野さんらしい作風を感じました。その点でファンの間での期待は大きかったように思いました。


・主人公の美琴が神さまに出会って救われる展開が心地よい。
 さて、その「蒼きユピテル」ですが、主人公は中学2年の少女・美琴(高倉美琴)が、田舎の中学に転校するところから始まります。美琴の父が、「会社の金を持ち逃げしたらしい」という事件の噂が近所に広まり、それから避ける目的で田舎の祖母の家へと越してくることになったのです。
 しかし、越してきた田舎でもどこからかその噂が広がり、そのせいで新しい学校でも同級生たちに疎まれ、陰口を叩かれ半ばいじめにも近い状態にもなっています。美琴も、そんな彼らとは自ら距離を置き、常にヘッドホンで音楽を聴いて、さらには父から教えてもらったという不思議な歌を口ずさみ、日々を強く生きようとしています。しかし、それは彼女の精一杯の強がりであり、その精神はひどく追い詰められていました。

 そんなある日、ふと立ち寄った神社で、巨大な体躯を誇る獣の姿をした化物に出会います。一度は逃げ帰った美琴でしたが、学校でひどくつらい目にあった翌日の放課後、再びその獣と出会うことになります。獣にくわえられ空を運ばれる美琴は、落ちていく意識の中で蒼い雷を目撃します。彼女は、その獣を「・・・ユピテル・・・」と呼び、これは神さまだと信じて、日々ユピテルの元に通うようになるのです。

 非常に厳しい境遇におかれていた美琴は、巨大な姿ながらユピテルの優しい性格を見抜き、そのそばに寄り添うことで安らぎを見出そうとしたのです。それは、やっと訪れた彼女の安息の地でした。
 このように、現実世界で苦しい思いをしている者が、この世ならぬ場所に救いを見出すという設定は、伝奇ものではひとつ定番のストーリーだと思いますが、そこは藤野さんの優しい筆致で描かれているだけあって、とても温かくほほえましいものがあります。この「美琴とユピテルの温かな逢瀬」こそが、この作品のひとつの大きな見所だと思います。


・個性的な同級生の女の子たちの姿も、いかにも藤野さんらしい。
 そしてもうひとつ、美琴に積極的に接することになるふたりの同級生の女の子、委員長アメリのふたりの姿も、いかにもこの藤野もやむらしい、かわいらしい姿と個性的な性格をしています。

 まず、クラスで疎外されている美琴に対して、唯一どこまでも親身になって接するのが、クラスの委員長でした。彼女は、自分の家で取れたというとうもろこしを毎日のように美琴に渡し、困ったことがあったらいつでも言ってと親身になって訴えるのです。彼女は、掛け値なくいい人として描かれていて、厳しい境遇に苦しむ美琴にとって、唯一の完全な味方と言える存在になっています。とうもろこしを毎日持ってくるという、どこか間の抜けた素朴な人柄もいい。このとうもろこしは、ユピテルの大好物となって、美琴がユピテルと仲良くなったキーアイテムともなっています。

 一方で、決して敵ではないものの、一筋縄ではいかない曲者として描かれているのが、アメリ(雨宮凜鈴)です。美琴に対して気軽に話しかけ、それも他の人があえて話したがらない父親のことや、あるいは美琴が聞いている曲についてもどんどん尋ねてきます。そして、今の境遇に耐えている美琴に対して、くだらない、我慢することはないと訴える。
 しまいには、美琴が歌っていた歌を教室で周囲の生徒に聞かせるという行為にまで出ます。これなど、かなりひどい行為でいじめにちかい過激なものではないかと思ってしまいましたが(ここだけはちょっと抵抗がありました)、それも純然たる悪意からの行為ではなく、かつて自身も同じような目に遭ったことの裏返しでもありました。ひどく複雑な感情と行為を発露する、この作品きっての名キャラクターだと思います。


・前作「忘却のクレイドル」とのつながりは必要だったのか。
 そしてもうひとり、彼女たちの間に中盤から入り込んでくるもうひとりの人物、それが上月博士です。これが、作者の前作「忘却のクレイドル」にも同名のキャラクターが存在していて、どうも同一人物であるようなのです。
 彼は、飄々とした性格の青年で、クラスの中にも自然に入りこんで話をするようになります。美琴が日々邂逅するユピテルの正体についても知っているようで、最後にはユピテルを”処分”するような行為にも走ります。

 彼は、完全な悪人ではないものの、決して油断ならない人物で、美琴と彼女のクラスメイトに対する不穏な闖入者のような形となっています。しかも、終盤では彼の知っているユピテルの秘密を巡る話が大きくクローズアップされ、ここで前作「忘却のクレイドル」とのつながりが鮮明に見える形ともなっているのです。

 あくまで個人的な意見ですが、この上月博士の存在と、さらには「忘却のクレイドル」とのつながりが、果たしてこの作品のストーリーに必要だったのか、少々疑問に思っています。美琴とユピテルとの心温まる邂逅、あるいは美琴とアメリや委員長との会話、これだけでも十分に楽しい作品になっていると思いますし、そういったシンプルな話でもよかったのではないかと思いました。


・今後の展開はあるのか?あるいはウェブ連載の意味とは?
 もっとも、藤野さんは、「忘却のクレイドル」という作品にかなり思い入れがあるようですし、そうした作者の意志は感じるべきかもしれません。あるいは、ひょっとすると今後もこのクレイドルの話も絡めた続編があるのではないか、その可能性も考えています。

 そもそも、今回のウェブ連載は、連載開始前からえらく告知に力を入れている点や、あるいは当初から8回の短期連載で決まっていて、コミックスも1・2巻同時に連載終了直後に出た点を考えると、最初から次回作への布石ではないかと思えるのです。
 ウェブでの連載を派手に告知することで、マッグガーデンのウェブ雑誌の認知度を高め、さらには8回の連載をわずか3〜4ヶ月程度で行い(月産80ページ程度とこれまでの月刊連載より非常に早いペースとなっています)、コミックスも直後に出すことで、さらに読者の注目を集めようとしたのではないか。一種実験的な試みだったように思えます。

 加えて、作者のファンには知られた「忘却のクレイドル」と関連させることで、さらに大きな話に発展させていこうという意志も感じられます。最後はそれとの関連で、少々不穏な終わり方となっていますし、このまま完全に完結した話とはどうしても思えないのです。この次は本編とも言える続編を、ブレイドあたりで長期連載するのではないか。そんな推測も成り立ちます。

 そのあたりで少々すっきりしない感もある本作なのですが、しかし主人公・美琴と”神さま”ユピテルの温かな出会い、個性的なクラスメイトたちとの会話には、藤野さんらしい作風が感じられますし、最後も美琴の抱える問題が一応の解決を見て、明るいラストになっているのも好感がもてます。前作「忘却のクレイドル」は、あまりに殺伐とした作風から好みが割れると思いましたが、今回はかなりの部分で藤野さんらしい作風が戻ってきたと思いますし、かつての読者にも今一度おすすめしたいと思います。


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