<純真ミラクル100%>

2008・10・4

 「純真ミラクル100%」は、芳文社の「コミックエール!」に掲載されている作品で、同誌の創刊号からの連載のひとつにあたります。この雑誌、元々は季刊誌として2007年5月より創刊され、4号からは隔月となりました。雑誌のコンセプトとして、「男のコ向けの少女まんが誌」というものを掲げており、男性でも読みやすい少女マンガ的作品がひとつの大きな方向性となっています。この「純真ミラクル100%」も、少女マンガ的な要素を持ち合わせているマンガではありますが、それ以上に広範な読者に薦められる作品となっており、より一般向けの雑誌に載っていても通用するものがあると思います。

 作者は秋★枝で、先にコミックスが発売された「東方Project」のコミック化作品「東方儚月抄」の連載で一躍有名になった作家です。しかし、実はこの「純真ミラクル100%」の方が連載開始は早く、この「東方儚月抄」による知名度の上昇効果によって、こちらの作品にも注目が集まり、コミックスの刊行前からかなり話題になっていたようです。しかも、こちらの方は原作付きでないオリジナル作品であり、コミックスの帯では、「秋★枝オリジナル初コミックス」というコピーが使われています。

 内容的には、とある事務所にスカウトされた新人少女歌手の奮闘ぶりを描く「アイドルもの」に近い作品ではありますが、主人公の少女の活躍のみに注目が集まるのではなく、その事務所で働く人々ひとりひとりの人間模様、とくに恋愛関係にむしろ焦点が集まっており、必ずしも「アイドルマンガ」とは言えないような気がします。むしろ、「事務所マンガ」と言った方がいいかもしれません。

 秋★枝さんは、元々東方の同人誌界隈でも有名で、先の「東方儚月抄」の発売でさらにその印象が強くなったのですが、このような現代ものでかつ恋愛の要素が入った作品作りにも見るべきものがあり、作者のサイトでもそのような優れた作品が見られました。この「純真ミラクル100%」も、登場人物たちの繊細な感情表現に見るべきものがあり、実に深く読み応えのある作品になっています。


・元は読み切りだった第1話が秀逸。
 このマンガ、元は読み切りとして企画されたらしく、それをのちに連載化することになり、読み切りの予定だった話がそのまま連載第1話になっているのですが、このエピソードがまず秀逸と言えるほど面白いものでした。

 とある小規模な新設音楽事務所。そこのプロデューサーの工藤に連れられて、スカウトされた女の子がひとりやってきます。彼女の名は木村彩乃。彼女は、まずそこの所長である高杉(高杉千鶴子)に紹介されるのですが、その純真であどけない様子を見た高杉は、なぜかその挙動にいら立ち、この子をいじめたいというサド的な衝動に駆られ、この子をはずかしめるためだけに、急遽歌番組の新人紹介コーナーに参加させることを決定します。しかも、その時に、まったく似合わない恥ずかしいコスチュームを着せ、それで番組に出演させてしまいます。

 所長は、恥ずかしげに歌う木村の姿を見て快感に打ち震え(笑)、その後に待つ視聴者たちの冷ややかな反応を予想して歓喜の予想に悶えます。しかし、その結果は所長の予想とは正反対に、なぜか木村に絶賛の嵐が押し寄せることになります。ぽっちゃりした体型でまったく似合わないコスチュームで懸命に歌うセンスのダサ悪さが、逆に視聴者の好感を呼びまくり、「自然体でいい」などという予想外の反応が多数寄せられることになったのです。

 こうして成功を収めて歌手デビューを果たした木村は、所長が自分のために力を尽くしてくれたと素直に信じ込み、所長に対して感激の抱擁をして感謝するのです。正反対に所長の方は、木村の喜ぶ姿に心の中で大いに憤り、「今度はもっとえげつない方法でおとしめてやる!」と歪んだ決意をすることになってしまうのです。

 この話は、1話完結の話としても非常によく出来ており、元は読み切りで描かれていたことがよく分かります。純真な新人歌手に対して、事務所の所長がいじわるな企画を立てるのに、なぜかそれが裏目に出て大成功してしまうという、一種の喜劇的作品として、実に笑える抜群に面白いエピソードとなっていました。そして、この1話だけでも十分に面白かったのですが、その後の連載においてもさらに面白いエピソードが続くことになります。


・主人公モクソンの純粋さこそが「純真ミラクル100%」!
 その後、木村を執拗にいじめたいと考える所長は、その一環として、彼女に変な芸名をつけることを企てますが、プロデューサーの工藤の一言で、それが思わぬ方向に転がり始めます。所長は、木村を音読みしただけの「モクソン」という名前を提唱し、そのかっこ悪さに心の中で歓喜に打ち震えるのですが(笑)、工藤はむしろそれをあっさりと評価してしまい、「『モクソン』で良いじゃないですか」と言ってそのまま本当に芸名にしてしまいます。そして、その芸名の効果もあってデビュー曲もあっさり成功を収め、かわいいネーミングで事務所の人々とも仲良くなれ、またしても所長のたくらみは裏目に出てしまうのです。

 そして、この主人公たる新人歌手・モクソンの純粋な性格こそが、まさに「純真ミラクル100%」と言えるものとなっているのです。彼女は、かつて高校時代に音楽を志し、両親とは仲たがいして家を飛び出し、東京に出てからは路上で日々3年も歌っていましたが成功せず、ようやくこの事務所の工藤に拾われて、なんとかデビューを果たしたという少女です。しかし、そんな辛いとも言える境遇にありながらも、その純粋さ、純真さはまったく失われておらず、周囲の人々を掛け値なく信じ込み、日々懸命に音楽活動に奮闘するのです。この境遇にしてその限りない人の良さは、まさに奇跡(ミラクル)とも言えるもので、それがこの作品のどこまでもほんわかと優しい空気を作り出しています。

 そのモクソンの人の良さをあまりにも象徴するのが、工藤と所長との間に織り成される三角関係でのエピソードです。モクソンは、自分を拾ってどこまでもよくしてくれる敏腕プロデューサーの工藤を好きになってしまうのですが、その工藤は実は所長のことが好きで、そのことを告白されてしまいます。モクソンは、工藤と所長こそがお似合いのカップルだと思い込み、「工藤は自分が好きになれるような人ではない」と思い悩み、思い悩んだ末にある解決方法を思いつきます。

 それは、「恋敵である所長のことをもっともっと好きになろう」ということ。恋敵である所長は、いなくなってほしいとも思うけれども、これまで成功させてくれた恩を思えば、どうしてもそんなことは出来ない。ならば、いっそ好きになってしまえば諦められる、という驚きの結論に達するのです。普通ならば、恋敵を憎く思ってしまうような状況なのに、そこで自分の恋心を、尊敬や謝恩の気持ちでねじ伏せて乗り切ろうとする。これは、ちょっとやそっとでは考えられない思考であり、モクソンの掛け値のない人の良さ、純真さをこれ以上ないほど表した好エピソードではないでしょうか。


・実は所長こそがこのマンガの肝。
 しかし、このマンガの魅力的なのはモクソンだけではありません。むしろ、そのモクソンとは正反対の悩める大人の女性である、所長(高杉)こそが、この作品の真の中心人物ではないかと思います。

 この所長、仕事のできる敏腕な女性ではあるのですが、反面私生活の恋愛についてはまったくうまく行かず、すぐに別れてしまう付き合いを繰り返しています。そんな日常にイライラしつつ過ごしているのですが、あるときにはかつての恋愛相手のプロデューサーと、モクソンつながりで仕事で関係を持つことになり、さらに悩ましい思考を繰り返すことになります。相手の方はすでに結婚しており、所長との過去の関係も整理は付いており気軽に話しかけてくるのですが、所長の方は内心では気が気でなく、また苛ついてしまうのです。

 しかも、所長のいら立ちの理由は、それだけではありません。自分がその挙動にいら立ちをかくせないモクソンの言動も、また悩みの種なのです。モクソンは、本格デビューして以来、事務所の人たちみんなと仲良くなり、毎日用もないのに出社してくるようになったのです。自分が嫌っている人間が、毎日のように自分の所にやってきて、しかも自分を成功させるために尽くした人だと勘違いして、感謝の視線を常時向けてくる。その上、周りの事務所の人間も、「所長はモクソンと仲が良い」と勘違いしている。そんな有り様に、ますます日々いら立ちをかくせずテンパっているのです。

 その上、さらにモクソンは、「恋敵である所長のことをもっともっと好きになろう」とか思い始めて、日々所長の近くに座ってじっーっと見つめてぱああっと笑顔を向けてくるようになります。所長としては、もうその純真な視線に耐え難いまでに追い詰められることになります(笑)。

 このように、私生活の恋愛について日々悩み、さらには自分が嫌っているはずのモクソンになぜか好かれてしまい、そのことでもいら立ちは募るばかりで、いくら考えて悩んでも苦しむばかり。この悩めば悩むほど泥沼にはまり込んでいくような所長の葛藤の姿こそが、このマンガの最大の見所だと言えるのではないでしょうか。


・プロデューサーの工藤や後輩新人歌手・オクソンの心理も見逃せない。
 このふたりだけではありません。他のキャラクターたちの微細な心理表現も見逃せません。

 まず、プロデューサーの工藤。彼は、本当に優れた人間として描かれ、仕事も抜群にでき、まだ何も分からないモクソンを的確にサポートしていきます。人格的にもよく出来た優しい人物で、モクソンとも気軽に食事に誘うなどして気さくに付き合い、かつ自分が所長を好きであることもあっさりと告げます。しかし、そんな工藤でも、所長に思いを告げることはいまだ難しいらしく、近しい間柄ながら周囲から見ると微妙な関係を続けています。モクソンは、そんな工藤に素直に惹かれていきます。この物語の中では、最もフランクで裏表のない、好感の持てるキャラクターとして描かれているかもしれません。モクソン・所長との三角関係の一角をなす人物として、この人の動向にも見逃せないものがあります。

 そしてもうひとり、モクソンにとっては後輩にあたる新人歌手・オクソン(奥村)のキャラクター性も面白い。彼女は、モクソンのヒットに便乗して「オクソン」として売り出されることを強要され、そのことに憤慨しつつも一緒の仕事をさせられることになり、モクソンとはどんな奴なのかと思いつつやってきます。最初はモクソンの欠点をあげつらおうとしていたオクソンですが、モクソンの純真ながら真面目な対応を見て感化され、一気に敵愾心が抜けてしまい、あっさり元の事務所を抜け、モクソンと同じ事務所にやってきて働くことにしてしまいます。そして、毎日のようにモクソンの元を訪れ、その純粋な姿に影響されつつ、自分も頑張ってやっていこうと決意を新たにするのです。

 実際、このオクソンというキャラクターは秀逸であり、モクソンを半ばけなそうと思ってやってきて、最後には「あなたを踏み台にして成功してやる」というようなことまで言うのですが、それでもあっさりモクソンの人となりに共感して、ついには半ば一緒に暮らすまでに仲良くなってしまうあたり、突っぱねていた初見の印象とは裏腹に、 「実は根はすごくいい人なのだな」と思わせる好感の持てるキャラクターになっているのです。

 そして、このことは、先ほど書いた所長にも言えることなのです。彼女も、モクソンに日々いじめようとすることでなぜか快感を得るという困った性癖を持っていますが、それでも本来は決して悪人ではなく、根はいい人なのだと直感できます。そもそも、本当に悪人ならあの程度のいじわるでは終わらないでしょう。そのあたりで、この作品は、くせのあるキャラクターは多いけれども、実はみないい人なのだと思わせる優しさで満ちているような気がします。


・一般に通用できる絵柄も合わせて、もっと幅広い人に読んでもらいたい作品。
 こんな風に、個性的なキャラクターの微細な心理を探る物語は、非常に読み応えのある秀作に仕上がっているのですが、一方で絵柄の良さも見逃せません。

 彼女の絵は、一見して雑にも思えるところがあり、この雑誌(エール)に掲載されるような一般的な萌え絵のように、すっきりした線の絵柄とは若干印象が異なります。しかし、その絵は、非常に感じのいい絵であることに変わりはなく、その角の張らないほんわかした絵柄は、誰もが親しみを込めて見ることができる優れた絵になっていると思います。
 しかも、それだけではありません。わたしは、この絵は、より一般の幅広い読者にも通用するものになっていると思うのです。この「コミックエール!」に掲載されるような、少女マンガ的な萌え絵の側面ももちろんあるのですが、それ以上に、この絵ならもっと別の雑誌に載っていてもさほど違和感はないと感じるものがあります。より一般的な少女誌でも掲載できると思いますし、それだけでなく、このビジュアルならば、青年誌での掲載にすら耐えられるのではないでしょうか。

 絵柄だけでなく、内容面と合わせて考えてみてもそうで、音楽事務所の人間模様を描く現代ものとして、これならば一般的な青年誌の作品としても本気で通用しそうです。このマンガのキャラクターが見せる繊細な心理描写は、非常に深いものを感じますし、純粋な現代群像劇として評価に値するでしょう。決して単なるアイドルものではなく、萌えマンガとも言えない作品になっていると思います。キャラクターの人気はもちろんありますが、それは単なる外見やわかりやすい性格から来る人気ではなく、所長やオクソンのように、その自分のあり方に日々思い悩む姿が、純粋に読者の共感を呼んで人気を得ているのです。

 その一方で、主人公のモクソンの、ミラクルとまで言えるような純真な優しさも見逃せません。このモクソンという、純真さに満ちた少女の言動が、作品全体まで感化を及ぼしており、他のくせの強いキャラクターたちまでいい影響を受けているのか、根はいいキャラクターばかりで、実に雰囲気のいい優しさに満ちたマンガになっていると思うのです。これならば、もっと幅広い読者に読んでほしい逸品と言えますし、「コミックエール!」掲載作品の中でも、特に大きな注目に値する作品となっているようです。最初のうちは、「純真ミラクル100%」と聞いて、なんて恥ずかしいタイトルなんだと本気で思っていたのですが(笑)、しかしこのタイトルは本当によく作品の内容を表していると思うのです。


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