<ひぐらしのなく頃に 鬼曝し編>

2009・5・27

 「ひぐらしのなく頃に 鬼曝し編(おにさらしへん)」は、角川書店の「コンプエース」で2005年6月発売のVol.2から開始された連載で、約1年後の2006年7月のVol.8で完結しています。「コンプエース」は、この連載の開始当初は季刊でしたが、連載中に隔月刊へと移行し、そのためこのマンガの連載ペースも多少の変動を余儀なくされました。しかし、無事一年後には全7話で完結し、コミックスは2巻にまとまっています(1巻目に3話、2巻に4話掲載)。

 このマンガは、タイトル通り同名のPCゲーム「ひぐらしのなく頃に」をコミック化した作品なのですが、原作に当たるストーリーが存在せず、コミック版オリジナルの作品になっている点が最大の特徴です。これとまったく同時期に、同じ「ひぐらしのなく頃に」のコミック化作品3編「鬼隠し編」「綿流し編」「祟殺し編」が、こちらはスクウェア・エニックスの雑誌で掲載されているのですが、こちらは原作の各編を忠実に再現したコミカライズとなっています。
 それに対して、この「鬼曝し編」のみが、完全オリジナルストーリーで、かつ角川書店での掲載。そのため、当時はこれのみが単独で浮いている感がありました。さらには、このスクエニの3編よりもやや遅れて開始され、掲載先の「コンプエース」もさほどメジャーでない雑誌であり、刊行ペースも遅いなどの理由から、やや目立たない存在だったと思います。「コミック版オリジナル」という要素も、当時はあまり話題にならず、特に原作の「ひぐらし」をまだプレイしていない読者にとってはとっつきづらく、ほとんどの人がまず原作のコミック化作品で、3編揃って大々的にコミックスも刊行された「鬼隠し編」「綿流し編」「祟殺し編」の方に目が行ってしまったのもやむなしと言えました。

 しかし、この「鬼曝し編」も、その内容は決して劣るものではありませんでした。こちらの作品も、原作ゲームの作者である竜騎士07が手がけており、そのクオリティは本編同様に確かなものがあり、また本編と同様の「ひぐらし」らしい雰囲気もそのままであり、本編に追加される一編としては十分なものがありました。作画を担当した鬼頭えんの絵もよく、少女マンガ的な作風でありながら、「ひぐらし」らしい恐怖、残虐なシーンもきっちり描き出しています。舞台は本編の雛見沢から離れ、時代も本編のストーリーが終わった直後と、本編とはやや外れた「外伝」的なストーリーではありましたが、それでも極めて読み応えのあるこの一編は、「ひぐらし」の世界を広げるには十分なものがありました。実際にもこのマンガの出来は高く評価され、メディア展開された本編のゲームにも一部フィードバックされています。


・初めてのコミックオリジナル編。
 原作ゲームの「ひぐらし」は、この当時からすでに大きな人気、話題を呼んでいましたが、コミック化のニュースは突然であり、それでさらに大きな話題を呼ぶことになりました。それも、原作3編のコミック化のみならず、この「鬼曝し編」というコミックオリジナルの一編まで同時に連載されるというのは、まさにいきなり大々的な展開となった感がありました。多くの人の注目が原作3編に集まる中で、この「鬼曝し編」は、原作をすでにプレイ済みのコアなユーザーの関心を惹き、「すでにプレイした本編のコミック化よりも、いまだ読んでいないオリジナルのコミック化作品の方が楽しみ」と言う人も見かけました。

 そして、この作品が本編のコミック化同等の質の高い作品となっていて、高い成功を収めたのは幸いでした。その後、「ひぐらし」はマンガのみならず、コンシューマのゲーム機(PS2、DS)やアニメ、映画、小説などへと派生していき、その中には原作にはないオリジナルのストーリーも多数見られることになります。それには、この第一の派生作品であるコミックオリジナルの成功があってのことで、この一編は大きな価値がありました。

 この後に、他のコミックオリジナルの編もいくつか描かれ、中でもGファンタジーで2006年8月号から掲載された「宵越し編」も、これと同等に優れた一編となっていて、やはり成功を収めました。こちらはさらに時代の離れた外伝作品となっていて、新規の読者に対する配慮もより行き届いているなど、「ひぐらし」未体験の読者でもほぼ問題なく読める作品に仕上がっています。一方でこの「鬼曝し編」は、より本編のストーリーに依存しているところがあり、完全に未体験だとややとっつきづらいところがあるかもしれません(本編の直後という設定ですし)。先に同時に発売された3編のコミック化作品を読むといいでしょう。

 さらには、この「鬼曝し編」が掲載された同じコンプエースで2006年12月から、作画担当も同じ鬼頭えんによる「現壊し編(うつつこわしへん)」が始まりましたが、これは当初から休載続きでやがて完全に掲載されなくなり、ついには打ち切りという残念な終わり方を示しています。コミックスも発売されていますが、掲載された3話のみを無理矢理終わらせて収録しただけのもので、ひどく完成度の低いものになってしまいました。ただし、こちらのコミックスには、この「鬼曝し編」の 番外編や後日談が収録されています。

 さらには、同じコンプエースで、2008年からは影崎由那の作画で「心癒し編」なるオリジナル編も連載されました。こちらはコミックス1巻でまとまっています。


・少女マンガ的な絵柄と序盤のストーリーが印象的。
 この「鬼曝し編」の第一の特徴としては、序盤のストーリーの恋愛色が強く、少女マンガ的な色彩を帯びていることが挙げられます。主人公は公由夏美(きみよしなつみ)という女子高生。彼女は、同級生の藤堂暁(とうどうあきら)の事が好きだったのですが、意外にも彼の方から告白されることで付き合い始めます。 自分の好きな相手と両思いだったことを大いに喜んだ夏美は、暁との楽しい交際の期待で心がいっぱいになります。信頼できる女友達の千紗登と 珠子も彼女によくしてくれて、毎日楽しい日々を送ることになるはずでした。このふたりは、この恋愛を契機に強い絆で結ばれ、これがのちのストーリーに大いにかかわってきます。

 このような楽しく明るい序盤の日常ストーリーは、ほかのひぐらしの各編でも同じようなものが見られますが、この編では、特に恋愛色が強く、初々しい高校生同士の恋愛描写が顕著です。他の編では、「綿流し編」や「目明し編」でも、このような序盤の恋愛要素が強いと言えますが、こちらのストーリーの方がよりストレートで、まさに少女マンガそのものの学園恋愛ストーリーの様相を呈しています。

 これは、作画担当の鬼頭えんさんの作画が、少女マンガ的なものであることも大いに関係しています。「綿流し編」や「目明し編」の方條ゆとりさんの作画も、ある程度少女的なところがありましたが、どちらかと言えば萌え系の要素も色濃かったのに大して、こちらの鬼頭えんさんの作画は、より女性的で少女誌に載っても違和感はなさそうな作画となっています。そのため、見た目の雰囲気からも少女マンガ的な恋愛ストーリーを彷彿とさせるものとなっているようです。このようなマンガが好きな方ならば、この序盤の展開は大いに楽しめるのですが・・・。


・外側の世界の物語だが、雛見沢的な恐怖・嫌悪感は健在。
 しかし、このような楽しい恋愛ストーリーは、ほんの序盤のうちにあっさりと消えうせ、すぐにこの「ひぐらし」独特の陰惨で恐怖に満ちた展開がやってくることになります。そして、この編の場合、本編の舞台である閉鎖的な寒村「雛見沢」に由来する独特の恐怖、それがより顕著に感じられます。

 もっとも、このマンガの舞台は、雛見沢そのものではありません。主人公の家族は、一昔前にそこから遠く離れた場所に引っ越しており、一見してそことのつながりは希薄になったようにも見えます。また、他の編に登場するキャラクターもほとんど登場せず、わずかに「暇潰し編」から刑事の赤坂衛と、これは他のほとんどの編に共通して登場する刑事の大石蔵人のみが登場しています。「暇潰し編」自体も他の編からはかなり離れた設定の一編でもあり、そこからの登場人物しかいないということで、この「鬼曝し編」も、それよりもさらに一回り本編から離れた外側の世界の物語とも言えます。

 しかし、そんな外側の世界の物語でありながら、その独特のホラー要素は健在でした。それも、この話は、恐怖というよりもむしろやたらグロいのが特徴で、とにかく嫌悪感が凄まじい一編となっています。

 雛見沢から遠くに離れて暮らす夏美一家ですが、しかしその影響から逃れることはできませんでした。のちに「雛見沢大災害」と呼ばれる、火山性ガスの噴出で雛見沢が全滅した事件を契機に、一家の様相は一変してしまいます。普段は優しかった祖母が、この事件をテレビで目の当たりにして、「これは雛見沢を守る『オヤシロさま』の祟りだ」と妄信し、その祟りを鎮めるためと称して奇怪な行動を取り始めるのです。家の中と外を怪しげな魔除けで飾り立て、一心不乱に祈祷をささげ、ついには小動物を生贄として殺すようなおぞましい奇行まで繰り広げるようになります。折りしも、他の雛見沢出身のお年寄りたちも、各所で同じような奇行に走り、周囲の人々が気味悪がって差別行為にまで発展していき、それが夏美の家にも迫ってきます。
 夏美の家族たちはそれを恐れ、特に母親が病的なまでに祖母の奇行を嫌悪し、ついには祖母を自分の手にかけ、家族のものを巻き込んで遺体を始末するような凶行に走ってしまいます。この一連の家族の狂乱ぶりは、恐ろしいまでにグロテスクに描かれ、読者にこれ以上ないインパクトを与えます。


・この読後感の悪さは尋常ではない。
 そんな絶望的な状況に置かれた夏美にとって、ほぼ唯一の救いとなったのが、恋人として強い絆で結ばれた暁の存在です。彼は、夏美を守るために魔除けで飾り立てた異様な家を見ても見ぬふりをしたり、学校の友人にも捜査の手を伸ばす大石の手から夏美を守ったりと、夏美にとっては数少ない味方として、最大の心の支えとなります。このふたりの絆の強さ、特に恋人である夏美を守ろうとする暁の真摯な姿は、実に胸を打つものがありました。

 しかし、そんな暁の支えがあっても、この物語の惨劇を止めることはできませんでした。最終的に事態は最悪の結末を迎えてしまうのです。
 夏美から助けを求める電話を受けた暁は、息せき切って夏美の家へと駆けつけます。そして、すんでのところで家族に襲われる夏美を救い出すことに成功します。これでふたりは凶行から逃れ、そのまま辛くもハッピーエンドで終わるのかと思いきや、物語の真相はまったく別のところに隠されていました。大石の捜査に協力することになった暁は、そこであまりにも意外な、信じられない事件の真相を聞くことになるのです。

 その上、最後には、信じていたものに裏切られるような形で死に瀕するような深い傷を負い、そのままエンディングを迎えることになります。このラストの後味の悪さは、もう本当に尋常ではありません。「ひぐらし」のストーリーは、他の各編でもごく一部を除いてこのようなひどいエンディングが非常に多いのですが、その中でもこの「鬼曝し編」の読後感の悪さは格別です。
 ただ、そんな悲惨な状況の中でも、暁は最後まで夏美を救おうと試み、最後までその誠意が揺らぐことはありませんでした。この彼の真摯に夏美を思う心は、やはり最後まで胸を打つものがあり、それがこの物語のかすかな救いとなっています。


・コミックオリジナルの「ひぐらし」も良作だった。次回作が打ち切りで終わってしまったのは残念。
 このように、実に嫌悪感の強く後味も悪い作品ではあるのですが、それもまた「ひぐらし」の最大の持ち味とも言えますし、やはりこのストーリーは見ごたえがあり十分に面白いものでした。さすがに、このようなグロテスク要素全開の内容は、ビジュアル的にも本編に増してかなり人を選ぶと思いますが、それでもこの物語は「ひぐらし」ならではの恐怖と、それに対抗する人々の絆をよく示した一編として、やはり良作だったと思うのです。

 そして、これが初のコミックオリジナル編にして、見事に成功出来たのも意義深かったと思います。このマンガの連載当時は、まだ「ひぐらし」の原作ゲームもまったく完結しておらず、本編のストーリーを執筆中の忙しいさなかであったにもかかわらず、追加の仕事であるこの一編を優れた形で終わらせることができた。これ以降、原作者の竜騎士07の仕事はさらに増え、さらなるコミックオリジナル編の執筆や、二次創作アンソロジーの選考や各種メディア展開における監修、やがては小説版の執筆までこなすことになりますが、それらもおおむねよくこなしていきました。そんな各種追加依頼の最初の成功例として、このマンガは意義深いものがあったと思うのです。

 ただ、この後にもう一度作画担当者に鬼頭えんを迎えて企画された「現壊し編」が完全に打ち切りとなり、未消化のままで立ち消えとなったのは極めて残念でした。これが、「ひぐらし」のコミック関連で唯一の失敗だったかもしれません。この「鬼曝し編」が優れた良作だっただけに、その後の次回作があのような最悪に近い形で終わってしまって、前作の「鬼曝し編」にまでちょっと瑕疵が残ったような気がするのです。打ち切られた「現壊し編」を無理やりひとつにまとめたコミックスに、ページ数を確保するためにこの「鬼曝し編」の番外編や後日談を収録したのもちょっとどうかと思いました。

 ただ、それでも、こちらの「鬼曝し編」はやはり良作であり、同時期に数多く掲載された本編のコミック化作品と比べても、決して劣るものではなく、「ひぐらし」コミック版のラインナップをさらに充実させる優れた追加編になったことは間違いありません。唯一ちょっと残念だったのが、スクエニから出された本編のコミックスがすべて同じデザインの装丁で統一されているのに対して、角川書店から出たこの「鬼曝し編」のコミックスのみ装丁が異なってしまったこと。出版社が異なるので仕方ないところもあるのですが、ここはその垣根を越えて同じ装丁デザインにしてほしかった。本棚に並べてもこの「鬼曝し編」の背表紙だけが浮いた形になっていますし、そこだけはちょっと心残りでした。


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