<背伸びして情熱>

2009・4・14

 「背伸びして情熱」は、仙石寛子による4コママンガの短編集で、芳文社の「コミックエール!」と「まんがホーム」に掲載された作品をどまとめて刊行したコミックスです。表題作である「背伸びして情熱」を始めとする9つの4コマ作品が収録されており、うち巻頭の「背伸びして情熱」と、ラストに掲載されている「赤くない糸」のみが比較的ページ数の多い中編作品となっており、このふたつは「コミックエール!」で連載されました。残りの7つは数ページで完結する短編読み切りで、すべて「まんがホーム」で掲載されたようです。

 芳文社は4コマ雑誌を主に刊行する出版社ですが、このマンガの掲載誌のひとつ「コミックエール!」については、4コマではなく普通のストーリーマンガがメインであり、かつ「男の子向けの少女マンガ誌」なるコンセプトを掲げているのが特徴で、男性でも読みやすいと思われる少女マンガ的作品を多く掲載していました。しかし、その中でも、この「背伸びして情熱」と「赤くない糸」は、数少ない4コマ作品であり、かつその絵柄が非常に繊細なもので、他の連載マンガの多くが男性向けの萌え志向の作画も多い中で、その女性的な作画は非常に特徴的なものでした。そのため、個人的にも特に注目して読むことになったのですが、作画のみならず、その内容がまた非常に素晴らしいものだったのです。

 4コママンガでありながら連続したストーリーを語る形式がまず独特で、1本1本の4コマごとに丹念に語られるエピソードがひどくいとおしく心に残ります。苦しい恋愛心理の変遷を切々と語っていく「背伸びして情熱」と「赤くない糸」の中編2本、様々なシチュエーションで人々の親密な交流を描く短編7本と、どれも作者の優しさがいっぱいに感じられる作品ばかりで、そのいずれもが琴線に触れる傑作となっています。

 仙石さんは、元は同人活動でこのような作品を手がけていたようで、主にコミティアに参加されてこちらでも執筆活動を続けているようです。このコミックスでも「赤くない糸」などは、元は同人誌での作品だったようで、それがこのような形で商業誌に抜擢され、コミックスまで刊行されて多くの人の目に触れるようになったのは、本当に幸運だったと言えるでしょう。


・先生と生徒の間の切ない恋愛を描く。
 まず、コミックスのタイトルと表紙にもなっている中編「背伸びして情熱」。これは、男子生徒の三咲くんと、彼に告白される須藤先生の物語で、先生と生徒という難しい関係での恋愛模様が切々と語られます。三咲くんが須藤先生に告白するところから物語が始まるのですが、その告白で須藤先生は本当に困ってしまい、先生と生徒という関係で恋愛を求めてくる三咲くんにどう付き合ったらいいのか、教師としてはどう対応したらいいのか、それで心底悩むことになります。

 須藤先生は、告白されるまでは三咲くんを恋愛対象としてまったく意識していませんでした。三咲くんもそれは分かっていて、あえて意識させるために告白したのです。「自分のことを恋愛対象として見てもらうために、好きになるか考えてもらうために告白する」というのは、恋愛ものでも中々見られない発想で、ここが大きなポイントです。須藤先生は、そんな三咲くんのことを真剣に考えて、自分が本当に好きなのかどうか、好きかと聞かれたからその気になっているだけではないのかと思い悩み、思わず涙を流すまでになってしまいます。三咲くんの方は、そんな先生に最後まで譲らず、自分の思いを押し通して少しずつ先生の心理を見極めようと努力していきます。

 このような微細な心理、ふたりの間の幾度とない会話で生まれる葛藤と苦悩と情熱、それが1本1本の4コママンガで丹念に丹念に描かれていきます。4コマという形式でひとつひとつのエピソードが独立して語られるからこそ、そのすべてが心に残るのだと思います。なお、このように根底ではかなり深刻なテーマの物語ではありますが、毎回の4コマではコメディタッチで笑いを誘うような軽快な話も多く挿入され、必ずしもそんなに暗い印象の話ではありません。最後はやや中途で最後まで成り行きが語られずに終わっていますが、須藤先生の笑顔が垣間見え、この後の明るい未来を想像させる希望に満ちた終わり方になっています。


・姉弟の間の禁断の恋愛模様を切々と描く。
 もうひとつの中編「赤くない糸」。これは、実の姉と弟の間で生まれてしまった恋愛を描く物語で、難しいシチュエーションでの恋愛という点で、先の「背伸びして情熱」と共通点があります。しかし、こちらの方はより結ばれがたい禁断とも言える恋愛関係で、より深刻な話になってます。

 家族のまま、姉弟のままの関係でもいい、そう理性では思いつつも、相手のことを思ってやまない、その心のつらさと喜びがないまぜになった複雑な感情が、何度となく描かれます。
 ひとつは、このままの関係は永遠には続かない、むしろ互いに他に好きな人が出来て、この関係が解消されて普通の姉弟になった方がいい、とする感情。その一方で、今の恋愛関係を続けていたい、本音ではこの関係から別れたくないという強い思い。その上で相手のことも思いやって、自分はこの感情から逃れられないかもしれないけど、相手には普通に幸せになってほしいという思い。このような複雑極まりない、それでいてひどくいとおしい心理が、落ち着いた描写でじっくりと語られていきます。

 そのような物語のクライマックスと言えるのが、お姉さんの方に告白する男子が現れた際、一度はもうこの関係を放してもいいと思いつつ、最後にはどうしても捨てきれずにまたつながっていくところでしょう。「ようやく手を放せたと思ったのに もうこの手をつかみたくなかった 終わりにしたかった」と語るモノローグが、その心理の変遷をストレートに表現しています。

 最後には、いつかそのとき(別れるとき)がきても、なおもお互いのことが好きだ、好きでいたいとついにその思いを確認して、エンディングを迎えます。最後はやはり明るく笑って終わっているあたり、こちらも苦しい葛藤の果てにたどり着いた希望に満ちた終わり方になっていると思います。


・様々なバリエーションを見せる幸せな短編集。
 このように、中編2本はひどく深刻な話なのですが、一方で7本収録された短編の方は、比較的明るく軽快な話も多く、人々の優しさがストレートに感じられる、穏やかで気持ちのいい物語になっています。物語のシチュエーションも多種多様で、男の子同士の話、女の子同士の話、夫婦の間でかわいい子供を預かる話、人間と妖怪の話、サラリーマンの亭主と擬人化されたお酒の話(?)など、作者の懐の広さを感じさせるラインナップになっています。設定も現代ものだったりおとぎ話風だったりと、創作の幅広さが感じられます。

 その中でもいくつか印象に残った話を紹介してみましょう。

 「桜姫」は、子供のいない夫婦が、桜の神に頼まれてそのお姫さんを一年ほど預かる話。ふたりはわが子のようにかわいがってお姫さんを育て、姫さんの方もそんなふたりの恩義に心のそこから感謝し、自分が去った後のふたりを気遣う優しさをみせます。一年経って春が来れば別れねばならないのですが、それを悲しむのではなくそのときまで毎日を重ねて生きることを大事にする、という前向きな心で冬を過ごし、最後にもうじき春が来るかな、というところで終わっています。このマンガ、もうとにかくお姫さんがめちゃくちゃかわいいです(笑)。この人の絵はどれも媚びない自然なかわいらしさに満ちていますが、その中でも最たるものだと思います。

 「雨と猫」は、雨の中でダンボールに捨てられた猫を見つけた男子生徒二人の話。猫にエサをやるべきか、一度やっただけでやり続けるのは無理だ、しかしこのまま去るのは可哀想だ・・・とダンボールの前に座り込んで悩む生徒を見て、自分もかさを閉じて付き合ってやろうとする級友、という関係で、こういう自然体で相手のことを思いやれる姿って実にいいなあと思ってしまいました。

 「お嫁に行っても」は、昔の女学校を舞台に、卒業してすぐにお嫁に行く女生徒と、彼女と離れるのは寂しいと思ってしまう親友の女生徒のお話。先ほどの「雨と猫」が男の子同士の話なら、こちらは女の子同士の話です。互いに相手と離れるのは寂しく思いつつも、それでも相手の幸せをひたむきに願う優しい心が描かれる、すがすがしい話になっています。

 「十五夜に、お風呂」は、仕事でくたくたに疲れたOLの女の子が、うさぎの風呂でひたすら癒される話(笑)。かいがいしく女の子の世話をするうさぎの優しい心と、空にのんびりと浮かぶきれいな満月が印象に残る、まさにほのぼの癒されるお話です。疲れたときにぜひ読んでほしい一品ですね。


・4コママンガでストーリーを語る意義。
 そして、このような優しい物語が、4コママンガという形式で語られるのも、このマンガの大きな特徴です。4コママンガでありながら、ストーリーが完全につながっており、普通のストーリーマンガに近い感覚で読むことができます。本来ならば、普通の形式のマンガで構成されてもよい作品だとも思いますが、それでもあえて、このように4コマでストーリーを語る意義はなんでしょうか。

 そもそも、4コママンガで、1回の連載がひとつのつながったストーリーを語る形式は珍しくありません。あるいは、むしろ主流であるとも言えますし、人気のあるマンガならば、個々のネタが面白いだけでなく、全体のストーリーもよく構成されています。中には、さらに1歩押し進めて、より連続したストーリー性を意識した「棺担ぎのクロ。」のような作品もありますが、この仙石寛子作品の場合、それよりもさらに直截的な構成になっており、もう完全に4コマ同士が連続してつながっていて、一個のストーリーマンガと考えてもよいくらいの、実に特徴的な4コマ作品になっています。

 そして、あえて4コマでストーリーを語ることで、ひとつひとつのエピソードがすべて印象に残り、特にキャラクターたちの心の変遷を、より明確に感じることができる点に気づくでしょう。普通のストーリーマンガならば、連続した構成でなんとなく読み飛ばしてしまうような個々のシーンが、すべて丹念に語られる形となる。これが、このマンガの切々とした感情描写に大いに貢献していることは間違いないでしょう。

 わたしは、4コママンガのひとつの苦手な特徴として、「読むのに時間がかかる」ことをあげることがあります。普通のストーリーマンガならば、ものによっては一気に短時間で読んでしまえるものもありますが、4コママンガの場合、読破するには少なくともひとつひとつの4コマをすべて読んでいかなければならないので、どうしても一定の時間がかかってしまう。これが、ジャンプ系のバトルマンガならば、派手なアクションの連発だけでページをめくり続け、単行本一巻を10分くらいで読めるようなものもありますが(笑)、4コマだとそうはいかない。しかし、これは逆に考えれば利点でもあるのです。ひとつひとつの4コマをじっくりと読む必要があることで、個々のエピソードひとつひとつがしっかりと読者の頭に残る。この仙石寛子作品のように、丹念に丹念にキャラクターたちの微細な心理を見せていくようなマンガならばなおさらそうで、その印象の深さが、ともすればなんとなく読み飛ばしてしまうような普通のストーリーマンガよりも、ずっとずっと強く読者の心に刻み込まれ、それがたとえようもない読後感を残すのだと思います。


・4コママンガとしてもストーリーマンガとしても珠玉の一冊。商業誌で読めたことに感謝したい。
 このように、この「背伸びして情熱」、一般的な4コママンガとは一線を画する連続したストーリー構成が特徴的で、しかも4コマという形でキャラクターたちの微細な心理が切々と語られ、実に印象深く読者の心に響く作品になっています。そして、どの作品も、作品全体から作者の優しさがにじみ出るようで、読者に幸せな読後感を残すことでしょう。まさに珠玉の作品集と言ってもいい逸品であると言えます。数多くの作品が出される4コママンガのひとつで、「コミックエール!」という4コマメインでない作品での掲載もあったことで、現時点ではあまり知る人が多くないのが少々残念なくらいの作品ですね。

 元々は絵柄に惹かれて読んだことは先にも書きましたが、この繊細かつ作者の優しさが伝わるような作画もすばらしい。掲載誌のひとつ「コミックエール!」は、少女マンガ誌というコンセプトなのですが、いかにもこれは少女誌らしいところもあり、その女性的で繊細な作画には、媚びや売れ線狙いを感じさせない純粋なかわいらしさがあり、男女問わず受け入れられるような懐の広さを持ち合わせています。昨今の女性向け作品は、スクエニのGファンタジーのように、どちらかと言えば女性マニアに向けた美形キャラが強く押し出された作品の方が目立ちますが、できればこういうマンガがもっと出てくるとよいなあと思いました。

 しかし、元々この作家は同人で活動しており、それも主にコミティアに参加していた(いる)作家の作品ということで、これが商業誌で読めたことだけでも感謝すべきかもしれません。あまり商業誌では見かけないような作品とも言えますし、メジャーな雑誌だとさらに掲載されづらいでしょう。芳文社の雑誌では、同人からの作家の登用が多く、この仙石寛子さんのように、コミティアのような創作系からの出身の作家も幾人も見られるようです。今最もそのジャンルからの発掘に熱心なところなのかもしれません。「コミックエール!」は休刊してしまいましたが、「まんがホーム」での掲載はいまだ続いているようで、これからも商業誌で仙石作品が読めることはとてもうれしい。一方で、同人活動も継続しておられるようなので、これからも両面での活躍に大いに注目すべき作家・作品であると思います。


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