<スケッチブック>

2009・2・15

 「スケッチブック」は、コミックブレイドで創刊号(2002年4月号)から掲載されている4コママンガで、創刊当時からの新規連載で、人気を得て成功した数少ない作品となっています。コミックブレイドは、創刊時は多くの作家がエニックス(現スクウェア・エニックス)から移籍してきた連載作家による作品で占められており、このような完全な新規連載は少数派で、しかも成功した作品となると非常に少なく、ほとんどこのマンガが唯一と言ってよい存在となっています。

 作者は小箱とたん。コミックブレイド創刊当時は、実はエニックスの方でも新人としていくつか読み切りを残しており、そちらから移籍してきた形となっています。その時のペンネームは瀬尾ことば。しかし、他のエニックスからの移籍作家が、既に高い人気を得た連載作家だったのに対して、小箱さんは完全な新人であり、やはり他の移籍作家とは大きく出自が異なります。当時のブレイドでこれ以外の新人作家となると、わずかに「デザート・コーラル」の村山渉がいる程度で、随分と移籍作家に頼った誌面だった感は否定できませんでした。

 周りを人気連載作家たちが占める中、ほぼ無名の新人の作品で、しかも巻末のわずかなページでの4コママンガということで、開始当時はあまり注目されていませんでした。しかしその独特の感性に裏打ちされた4コマのネタはすぐに注目を集め、雑誌読者を中心に次第に安定した評価を得ていきます。移籍作家たちの作品が全体的に低調だったこともあり、貴重な新人の作品であるこちらの方の評価がさらに高まり、雑誌の中でも欠かせない存在となっていきました。やがて創刊されたブレイドの増刊誌「MASAMUNE」でも、「出張版」と題して並行して連載が始まり、こちらの方も変わらぬ内容で本編同様に高い人気を獲得していきます。

 そして、連載開始して5年が経過した2007年、ついにTVアニメ化を達成することになりました。ブレイドのほかのアニメ作品が、元からの作家・作品の人気に依存したメディアミックス的な企画だったのに対して、この「スケッチブック」のアニメは、純粋に作品が一から人気を獲得してアニメ化まで漕ぎ着けた、という点で大きな意義があります。それも、アニメ化されにくい4コママンガからの達成です。これは大きな快挙だったと言えるでしょう。アニメを制作したスタッフは、同じブレイドで「ARIA」のTVアニメを手がけたスタッフであり、そのことも大いに話題にのぼりました。


・作者独特の感性が光る日常の「気づき」「遊び」が実に面白い。
 アニメを制作したのがあの「ARIA」のスタッフということで、ほんわかのんびりした日常の描写が全面に出ており、アニメから入った方ではいわゆる「癒し系」の雰囲気の作品だと感じた人も多いと思われます。さらには、舞台が高校の美術部ということで、いわゆる「美術系4コマ」として見る人も多いのではないでしょうか。それらは一面では確かに間違いないのですが、しかしこのマンガは決してそれだけではなく、むしろ作者の感性が光る数々の「気づき」「遊び」に満ちたネタの数々が、非常に興味深い作品でもあります。

 一見すればごくありきたりな出来事、ありふれた風景や小物、言葉でしかないものが、この作者にかかると、独特の見方で非常に面白い解釈を見せてくれる。これがたまらなく面白いのです。ごくありふれた日常の中に、解釈次第で何か独特の「気づき」があり、それを追い求めていく作者の「遊び」が強く感じられます。ここでいう「遊び」とは、ある程度の経験を有した者が、そこにあえて新しい感性を持ち込むことで得られる「創造行為」とも言えるもので、実はかなり深い思想性まで感じられるものもあるように思えます。

 その最たるものが、主人公である梶原空(そら)による独特の日常解釈の数々でしょう。空は、いわゆる天然ボケでマイペースな少女として描かれており、あまり積極的にしゃべらず、一人でいることを楽しんでようにも見えるキャラクターです。そんな空が、日常のちょっとした事物、ごくありふれた見慣れたものを見て、そこでしばしば独特の解釈で面白い空想を働かせるのです。
 そんな空想でもよく知られたネタとして、美術の小道具である「デスケル」を通して物を見ることで、ロボット気分が味わえるというネタがあります。これは、空というキャラクターの独特の感性をよく表した、非常に面白いネタであり、連載初期の頃の優れた4コマとして読者の間で大いに話題を呼び、作品が人気を得るひとつの契機にもなりました。


・登場キャラクターが非常に多く、それぞれが自由に行動しているのが特徴的。
 さらには、この手の日常を描く4コママンガの中では、登場キャラクターがとても多く、ひとりひとりの個性的なキャラクターが思い思いに自由に行動しているのが特徴的です。

 登場するキャラクターたちも多岐に渡ります。主人公にあたる1年生のマイペースな美術部員・梶原空と、同じく1年の美術部員である快活な麻生夏海と貧乏性(笑)の鳥飼葉月、カナダ出身の外国人で妙に偏った日本の知識を披露するケイト、このあたりが一応の中心キャラクターと言えるでしょうか。さらに、上学年にあたる2・3年生の部員はもっと多く、かなりの数の部員が登場します。味は音楽で、ギターをよく引いている佐々木先輩、自然に親しみ動植物(特に虫)の知識が豊富な栗原先輩、よくふたりで妙な掛け合いの漫才的な会話を繰り広げる涼風コンビ(田辺・氷室両先輩)など、主人公たち以上に個性的なメンバーも多い。
 そのほか、学校の先生方や部員の家族や親戚、美術部のOBやOGなどもかなりの頻度で登場し、さらには、人間以外の動物たち、特に空と仲の良い野良猫や飼い猫たちの登場も顕著です。この猫をメインにした話も時折挿入され、個性的な猫たちの笑える会話がまた「スケッチブック」のひとつの名物となっています。

 この中では、おそらくは主人公にあたる1年生の美術部員・梶原空と、同じく1年・麻生夏海と鳥飼葉月あたりが、一応は作品の中心的なキャラクターだと言えるのかもしれません。しかし、実際には、彼女たち以外のキャラクターも満遍なく登場し、そのすべてが等しい扱いを受けているように感じられます。主人公を中心とする数名のキャラクターが作品の中心なのではなく、登場するひとりひとりのキャラクターすべてが等しく作品を構成している。これは、同系の4コママンガの中ではかなり珍しい構成で、多数のキャラクターひとりひとりの個性の多彩さと、そして作品世界の広がりを強く感じることが出来ます。

 そして、そんなキャラクターひとりひとりが、自らの趣味や生き方の赴くままに自由に活動している姿がよく描かれています。一応、高校の美術部が舞台ではあるのですが、美術そのものをネタにした話は少なめで、むしろ美術部という「場」を中心に、その場に集まる人々の自由な活動ぶりを丹念に描いているのが大きな特徴なのです。「美術系4コマ」と言えるマンガの中でも、最も美術色は薄い作品であると言えるでしょう。


・田舎の美しい自然の描写には、作者自身の体験も強く感じられる。
 上記のキャラクターの中で、特に異色と言えるのが、動植物の知識、特に虫の知識が豊富で大の虫好きである栗原先輩で、彼女の知識をネタにした4コマは特に印象に残ります。これは、作者自身がそのように自然に触れて生活しており、自分自身の知識をそのまま作品に投影させているようで、これもこのマンガの大きな特徴となっています。
 ネタとしては、いわゆる雑学的な豆知識が多いのですが、それをネタにするためには、裏で相当な質と量の知識が必要だと思われますし、実際にひどく色々なことを知っているように思われ、感心することもしばしばです。日常に潜む「気づき」のネタの数々といい、この作者の引き出しの多さは本当に侮れません。作品のファンブックでも、実際に虫や動植物に触れているシーンの写真が多数見られ、実際に自然の中で遊ぶことを趣味としているようで、これには非常に好感が持てます。

 そして、そんな自然の風景描写も顕著です。作者自身の出身・在住地である北九州の田舎、そこにある高校を舞台に設定しているのですが、広々とした野原や森、どこまでも続くような田舎の道など、野外でのキャラクターの活動ぶりが顕著です。そんな自然の中での活動を記した短編は、普段のちょっとした出来事をコメディ化したいつものネタとは少し趣が異なり、しっとりとした穏やかな光景と、そこで何かを感じとるキャラクターたちの心理がよく描かれており、作者自身の自然に親しむ感性がとりわけ強く出た優れたエピソードになっています。この北九州の田舎の描写は、読者の間でも好評で、TVアニメでも地元の高校をモデルに設定し、実在の風景を多数織り込んだことから、地元の読者の間でも話題になったようです。


・「スケッチブック」は、他の美術系4コマとどう違うのか?
 さて、この「スケッチブック」は、高校の美術部を舞台にした「美術系4コマ」とも呼ばれる作品なのですが、この美術系4コマには、他にも大きな人気を得た作品がいくつもあり、それらと並べて比較されることも多いように思われます。
 具体的には、どちらも「まんがタイムきららCarat」での人気作品「ひだまりスケッチ」「GA -芸術科アートデザインクラス-」です。このふたつは、どちらも圧倒的な人気と評価を得ている作品で、前者は「スケッチブック」以前にアニメ化もされて絶大な人気を獲得しており、後者はアニメ化こそ遅れたものの、その評価は4コマ読者以外でも非常に高い。もちろん、この「スケッチブック」も、アニメ化されてそちらも好評のやはり大人気作品です。つまり、3つ揃って非常に高い人気と評価を獲得しており、美術系と呼ばれる作品がみな揃って好評であるという面白い現象が見られます。
 しかし、この3つの作品は、とりわけ「スケッチブック」は、同じ美術を題材にした4コマ作品でも、その方向性には大きな違いがあるように感じられるのです。では、その違いとはなにか?

 まず、「ひだまりスケッチ」は、メインキャラクター4人の日常の出来事、それも親密な交流に特に重点が置かれています。美術をネタにした4コマだけでなく、むしろ「美術系クラスに通う生徒たちの楽しい日常、交流」を描いた点が大きなポイントです。また、メインキャラクターの登場度数が非常に大きく、4人のエピソードに作品が強力に収束しています。
 「GA -芸術科アートデザインクラス-」もそれに近い構成ですが、こちらはより美術そのものをネタにした話が多く、より美術の知識や授業、課題の光景が頻繁に見られます。さらには、メインキャラクター以外のキャラクターにエピソードが広がる傾向があり、やや話の構成に拡散が見られます。

 そして、この「スケッチブック」なのですが・・・、これは、他の2つの作品とは大幅に異なる構成になっていると思われます。まず、前にも書いたとおり、美術関連のネタが極端に少ないです。登場するキャラクターたちは、「美術部に所属している」「美術部によく通っている」程度の共通点しかなく、実際の活動は様々で、美術関連の活動があまり(ほとんど)見られないキャラクターも少なくはありません。いや、ほとんどのキャラクターがそうであるとも言え、美術活動よりも、それぞれのキャラクターが自らの趣味嗜好を存分に生かした活動に取り組む様がよく描かれているのです。ある意味、このマンガは、美術系4コマではないとまで言えます(笑)。

 それだけではありません。個々のキャラクターが、独立して活動していることも、非常に大きな特徴です。実際に読んでみると分かるのですが、このマンガでは、複数のキャラクター・・・それも3、4名以上のキャラクターが一度に登場する話は、ごくわずかしか見ることが出来ません。これは、キャラクター同士の緊密な結びつき、和気あいあいとした交流の姿をよく描いている「ひだまり」「GA」との最大の違いであり、ひとりひとりのキャラクターが、自分の意思の赴くままに、自由気ままに行動しているのです。そして、美術部という同じ「場」において、たまたま他のキャラクターの活動の場に出会ったキャラクターとの間で、そこで初めて面白い掛け合いの交流が始まる。最初から仲良くかしましくキャラクター同士が付き合っているのではなく、あくまで個人個人が単独で、それぞれ個人の楽しみを追求している。この個人主義とも取れるキャラクターの活動描写は、同系の4コマ作品の中ではひどく珍しい構成であり、このマンガならではの最大のオリジナリティではないかとも思うのです。キャラクターひとりひとりが自由に活動し、そこに美術部という「ゆるやかな結びつき」が存在することで、実に居心地のいい場所、他人の活動に干渉しない範囲でのおだやかな交流の場を作り上げている。このような美術部の姿には、本当に言い知れない魅力を感じます。

 そして、そんなキャラクターひとりひとりにスポットが当たっている点で、このマンガはどこまでも広く拡散していると言えます。メインキャラクター同士の親密な結びつき、和気あいあいとした交流を描いた上記2作品が、強固にメインキャラクターに収束しているのに対して、このマンガは、美術部というゆるやかな結びつきの場が存在するだけで、すべてのキャラクターに向けて視点が拡散しているのです。


・作者の感性がよく出た個性派4コマ作品。ブレイドでも最大の成功作のひとつ。
 以上のように、この「スケッチブック」、アニメ化までされた人気4コマ作品であり、美術を題材にしたマンガということで他の同系の作品と同じ場で語られることもありますが、実際には作者の感性が色濃く出た個性派の作品です。とりわけ作者の感性が強く出た日常の「気づき」に満ちたネタの数々、作者の経験が存分に活きた自然の風景描写や動植物の知識、そしてキャラクターひとりひとりの自由な活動にスポットを当てた拡散した作品構成・・・。そのどれもが他のマンガではまず見られない、この作者ならではの持ち味であり、実に独創性の高い優れた作品になっていると思うのです。

 そして、このような個性派の作品でありながら、最初期から読者によってその面白さが認められ、長い間コンスタントに連載を重ねていき、ついにはアニメ化まで達成するまでに至ったわけですから、これは本当に僥倖であったと言えます。正直なところ、このマンガがよくTVアニメ化まで漕ぎ着けたなと、連載開始当時から知っていたわたしにもひどく感慨深いものがありました。コミックブレイドは、旧エニックスから移籍してきた人気作家の連載中心の構成でありながら、その多くが成功せず、誌面のクオリティは常に不安定な中で、巻末で細々と連載を続けてきた新人の作品が、それ以上の成功を収めたわけで、マンガ作り、作品創作というものは何なのか、ここで改めて考えてしまいました。コミックブレイドでも、あの「ARIA」に次ぐ最大の成功作のひとつであることは疑いなく、創刊以来不振が続くブレイドにおいて、数少ない手放しで評価できる本当に素晴らしい作品になりました。

 現在では、アニメ化が終了して久しく、もう今のブレイドの現状からしても再アニメ化はないかな・・・と思っているのですが、それでもこのマンガは常にマイペース、コンスタントに連載を続けているのはさすがです。ある意味、周りの動きにまったく動じることなく感性の赴くままに創作を続ける作者の精神にこそ、このマンガの本質があるのではないでしょうか。現在では、ブレイドの創刊号から続いているのは、「EREMENTAR GERAD(エレメンタルジェレイド)」とこの「スケッチブック」のみ。それ以外の初期の連載はことごとく無くなっています。おそらくは、このマンガこそが、ブレイドが続く限り最後まで連載し続ける唯一のマンガになるのではないかと、そう思ってやまないのです。


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