<すみっこの空さん>

2011・10・21

 「すみっこの空さん」は、マッグガーデンのコミックブレイドで2011年1月号から開始された連載で、同誌で以前から連載を重ねていたたな かのかの新作となります。この時期以降、ブレイドは、大規模な新連載攻勢を行いますが、これがその第一弾にあたり、しかも最初に始まったこの作品が、今のところ最も優秀な作品に仕上がっているようです。

 作者のたなかのかさんは、ブレイドで「伊賀ずきん」「タビと道づれ」というふたつの連載をすでに完結させており、どちらも3年以上に及ぶ長期人気連載となっています。すでに定評のあるブレイドでも随一の実力派作家として知られており、今回の「すみっこの空さん」も、期待通りにその実力を発揮することになりました。

 作品の内容ですが、田舎に住む小学生の女の子「空」さんと、その隣りの家に住んでいるプラトンというカメ(ギリシャリクガメ)が、周囲の人々と触れ合いつつ、日々のゆったりした日常を過ごすというもの。田舎の日常を描いた穏やかな作風で、いわゆる日常系の作品としても見ることが出来ますが、それだけにはとどまりません。

 このマンガのメインテーマとなっているのは、哲学。カメのプラトンは、なぜか空さんをギリシャの哲人・ソクラテスだと思い込み、さらにはこの日本をギリシャと思いこんでいるようで、空さんの周囲の人々の言動に影響を受け、その生き方に哲学的な問いのモノローグを発するのです。さらに、空さんも、まだ小さい純真で無邪気な女の子ながら、時にはっとした言葉を発し、それが周りの大人の生き方を見直すきっかけとなる。そのような奥深いマンガとなっています。さらには、毎回引用される哲学者や思想家の名言・箴言の数々も興味深く、じんと心の奥にまで染み渡る切ない作風ともなっています。


・たなかのかの名作「伊賀ずきん」「タビと道づれ」。
 たなかのかさんのデビューは、2003年とブレイド発の新人の中でもかなり早く、当時から一目置かれる評価を獲得していました。その最大のきっかけは、その2003年開始の最初の連載作品である「伊賀ずきん」でしょう。戦国時代の忍者たちを主役にしたコメディタッチの作品で、個性的なキャラクターが織り成す軽快なコメディが楽しく、これで一気に注目を集めました。当時のブレイドは、他の作品が必ずしも順調とはいえず、エニックスから来た作家の多くが休載状態に陥り、一方で新人たちの育成もあまり目立った成果がなく、連載陣のクオリティはかなり落ち込んでいる状態でした。そんな中で、この「伊賀ずきん」だけは、例外的な良作として、そのような誌面だからこそ特に注目を集めたと言えます。

 その後、「伊賀ずきん」は2006年に終了、その同年から今度は「タビと道づれ」という連載を開始します。こちらは、「緒道」という架空の街を舞台にした現代ファンタジーとなっていて、舞台となるミステリアスな街の謎解きを主軸にした、「伊賀ずきん」とは異なる作風の作品となっていました。「外に出られず、同じ一日を繰り返す街」という設定で、その中で街の謎を解こうと奮闘する人々の姿や、主人公の成長を描いています。また、現実の尾道をモデルにしたと思われる街の美しい描写が秀逸で、切なくも美しい話になっていたと思います。この作品は、「伊賀ずきん」をも上回る評判となり、作者の評価をさらに上げることになりました。

 その「タビと道づれ」の連載終了後に始まったこの「すみっこの空さん」ですから、「あの「タビと道づれ」の作者の新作」といった話題を当初からよく見かけました。そして、今回の作品もまた、前作に負けず劣らずの良作となっていたのです。


・純粋な空さんの言葉に大いにほだされる。
 さて、このマンガ、前述のように「哲学」というテーマを全面に出しています。作中で、その哲学的な思考を感じるのは、大きく3つ。純真な子供である空さんのピュアな言葉、カメのプラトンの考えさせるモノローグ、そして1話の最後で効果的に引用される実在の哲学者や思想家による名言・箴言です。

 中でも、空さんの純粋な言葉は、読んでいるものの心に染み渡ります。空さんの周囲にいる大人たち、隣に住むお兄さんでプラトンの飼い主である「神さま」と呼ばれる絵本作家、空さんの従姉妹で高校生の夕ちゃんは、それぞれ現実の悩みをかかえています。絵本作家の神さまは、作家になる夢破れてこの田舎に引き返してしまい、高校生の夕ちゃんは、日々同級生からいじめられないように気を使って学校に通っている。彼女もまた将来の夢かなわないと半ば諦めかけている状態です。

 そんな「大人の事情」のなかで日々を生きている彼らに大して、純真な空さんの言葉は、そのピュアな生き方を非常に強く訴えるものがあります。例えば、夕ちゃんの窮屈な学校生活の話を聞いた空さんが、

 「でもね 夕ちゃん 名前ペンはすごかったんだよ」

と語りかけます。小学校に入学し、持ち物すべてに名前を書くことになった空さん。しかし、名前を書くためのペンにだけは、名前を書くことができませんでした。しかし、

 「名前ペンに名前を書くのは もう1本名前ペンがあればできるんだ 友達はすごいんだよ ペンをかりるのはかんたんだったよ」

と夕ちゃんに語るのです。そんな純粋な空さんの言葉にほだされて、夕ちゃんも「仲良くなれるといいね その友達と」と照れながらも喜ぶことになります。その後、カメのプラトンの「名前は人に呼ばれるためのもの 友達は自分の名前を呼んでくれるもの」「人も亀もひとりでは存在できない」というモノローグが入り、さらに最後に、哲学者アリストテレスの言葉「友は第2の自己である」が引用され、物語はきれいにまとまって締めくくられることになります。


・プラトンのモノローグは本当に考えされられる。
 さらに、そのプラトンのモノローグ(作中では四角いコマで表示される)も非常に重要です。このマンガは、基本的にプラトンの視点で、彼が周囲を眺めてその感想を長いモノローグで綴っていくスタイルで物語が進んでいくもので、むしろこちらの方が作品の中心となっています。

 そして、そのプラトンの語り口が本当に面白い。朴訥とした淡々した語り口で、自分の体験とも照らしつつ、周囲の出来事から受ける感想を率直に語る彼のモノローグは、普通の人間の視点では中々考え付かないような「気付き」に満ちていて、非常な含蓄があります。これこそが、まさに「哲学」ではないでしょうか。

 例えば、冒頭の第1話、かつて水槽の中で飼われていたプラトンは、そんな自分の境遇を振り返って、

 「この先 自分は一生を この四角い中で終えるのだという予感が 彼にはありました 『僕は亀だから』『僕の歩みは遅いから』 僕はこの四角より他 どこへも行けないのだと 人間のようにどこまでも行くことはできないのだと──」

と語ります。

 しかしその後、夢破れて生き方に迷う飼い主の姿を見て、

 「どうして人間はどこにだって行けるのに どこへも行けないと悩むのでしょう 亀のプラトンには分かりません 人間は扉を開ければいいだけなのに」
 「もしかして人間も自分と同じ 自分より大きな四角の中にいるのだろうか 扉の外へ窓の外へ四角から出てもその先には また同じような四角四角四角・・・ 僕らは四角の外へは 行けないのかもしれない」

と切々と語るのです。この「どうして人間はどこにだって行けるのに どこへも行けないと悩むのでしょう」というくだりは、まさにカメの視点ならではの感想で、そこで我々人間ははっと気付かされるのです。そうだ。なぜ我々は自由なはずなのにどこにも行けないのか。それとも人間も水槽のカメと同じで、無数の四角い枠の中に閉じ込められてしまっているのか。そんなことを思わずにはいられない。ひどく重みのあるモノローグとなっているのです。

 そんな思考を次々と繰り出してくるプラトンは、まさに「プラトン」の名の通り、立派な哲学者なのかもしれません。1話の最後に引用された名言、

 「プラトンは哲学である 哲学はプラトンである」(ラルフ・ワルド・エマーソン)

という言葉は、このカメのプラトンにも立派に当てはまるような気がするのです。


・たなかのかの作画はやはり素晴らしい。
 このように、哲学という新要素を取り入れ、非常に含蓄のある作品になっているこの「すみっこの空さん」ですが、作者のたなかのかさんならではの、美しい作画と世界観は、また今作も見るべきものがあります。

 前作「タビと道づれ」も、現実の尾道をモチーフにした、坂のある街並みと美しい海が見える光景が素晴らしく、その世界にどこまでも引き込まれたものでした。そんな世界の魅力は今作も健在で、広々とした開放的な田舎の光景にぐっと惹かれるものがあります。
 今回舞台となっている場所は、やや内陸の山あいにある田園地帯のようですが、坂の下の遠くの方に水平線が見えるというくだりから、海からもそう遠くはない場所のようです。そこで繰り広げられる広々とした空間に家々が点在する光景、どこまでも広がっている青空の美しさには、思わずほっとするところがあります。まさにこの作者ならではの美しい世界を今回も作り出している。日常を舞台とした癒し系作品としても十分に楽しめますね。

 中でもとりわけ印象に残ったのは、連載第7話、「合羽(あうはね)」という地名を読むことが出来ずに、今まで謎だった場所へと行ってみようと、空さんが同級生の男の子の青磁くんと、勢いよく未知の場所へと出かけていこうとする語です。田畑の間の田舎道を一散に走って走って行き着いた先には何があったのか。それは、一面にどこまでも広がるひまわり畑でした。これを見たふたりは、あの「合羽」という地名を「なつ」と読むのだと考え付くのです。
 この話は、文字の読み方次第で様々な意味の奥行きが見えてくるという、そうした哲学的な問いかけの話でもあるのですが、純粋に未知の場所の先にある壮観な光景を見るだけでも十分に楽しめる話でした。青い空の下どこまでも広がる黄色いひまわりの姿。モノクロのマンガの画面でも、その鮮烈な色合いが伝わってくるような名シーンでした。


・哲学をテーマに据えたたなかのかの新境地。ブレイドの最近の新連載の中でも文句なく一押し。
 以上のように、この「すみっこの空さん」もまた、これまでの連載で実力を見せてきた作者の新しい傑作となっていると思います。それも、哲学というテーマを中心に据えたことで、これまでの作品とはまた一風異なる新境地を開拓したようです。それは、単に日常の穏やかな光景を描く物語にとどまらず、非常に深い含蓄のある作品へと昇華されている。その完成度は、もしかすると名作だった以前の作品以上のものがあるのではないでしょうか。

 その上で、たなかのかさんならではの、美しい背景描写に見られる作画レベルの高さも素晴らしいものがあります。この飾らない開放的な田舎の光景、広々とした田畑と青空がどこまでも広がる風景は非常に魅力的です。こちらでもまた、独特の世界観が印象的だった「タビと道づれ」に匹敵するものがあると思っています。

 2011年のコミックブレイドは、この「すみっこの空さん」を皮切りに、大々的な新連載攻勢を行っています。この新連載陣は、以前のブレイドの作品と比べても良作が多く、かなりの成功を収めているのではと思うのですが、その中でもこの「空さん」の面白さはさらに突出したものがあるようです。まさに一押し。個人的には、3番目に始まった「瑠璃垣夜子の遺言」も相当な良作だと思っているのですが、そちらはまだあまり知られていないため、こちらの方が一足先に幅広い読者の評価を得ているような気がします。これには、「伊賀ずきん」「タビと道づれ」という名作を手がけた作者による新作、という前評判も大きいのでしょう。

 これまでのブレイドは、マンガ作り、雑誌作りが必ずしも成功しておらず、長く不振が続いていましたが、ここに来てようやく安定した完成度の作品をコンスタントに打ち出してきているようです。その中でも、この「すみっこの空さん」の良作ぶりは、今後の雑誌を中心となって支えるものとして、大いに期待できますね。


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