<テラフォーマーズ>

2013・1・10

 「テラフォーマーズ」は、集英社のミラクルジャンプで2011年の創刊号から連載されていた作品で、創刊号であるNo.1からNo.6まで連載され、そこでまず最終回を迎えました。しかし、その話の後日談となる連載が2012年より週刊ヤングジャンプで始まり、現在も継続しています。最初のミラクルジャンプでの連載を「第一部」、ヤングジャンプでの連載を「第二部」と捉える向きもあるようです。コミックスでは、1巻がその第一部、2巻以降が第二部となっています。また、これとは別に、最初の連載のプレストーリーとも言える読み切り「テラフォーマーズ1」もヤングジャンプで掲載されています。

 その内容ですが、26世紀の火星を舞台にしたSF作品で、テラフォーミング(地球化)が進んだ火星に降り立った「とある任務」を受けた調査隊のメンバーが、そこでとある生物と遭遇し、壮絶なバトルを繰り広げるアグレッシブな作品となっています。そのとある生物が生物なので、人によってはきわもの扱いされるかもしれませんが、しかし本格SF作品としてしっかりと作りこまれた設定と、重厚なキャラクターたちの生き様には見るべきものがあり、本当に面白いマンガになっていると思います。

 作者は、原作が貴家悠、作画が橘賢一。原作者の貴家悠は、これまで聞いたことのない名前でしたが、どうもこの「テラフォーマーズ」がデビュー作の現役大学生のようです。デビュー作においてこれほどの作品を手がけるとは、本当に実力があると見てよいでしょう。一方で作画の橘賢一は、この集英社のヤングジャンプで執筆を続けてきた作家のようですが、確かな画力で本格SFの世界を重厚に描き切っています。まさに実力派のコンビではないかと思います。

 このマンガ、当初からコアなマンガ読みの間では高い評価を得ていたようですが、2013年の年末になってあの「このマンガがすごい!」で1位を獲得したことで、一気に有名になった感があります。とはいえ、現時点ではまだ読んでいない人も少なからずいるとも思いますが、本当によく出来ている作品なので、是非とも1人でも多くの人に読んでもらいたいと思いますね。


・最大のモチーフはなんといっても”虫”!進化したゴキブリと虫能力人間の壮絶バトル!
 前述の通り、このマンガの舞台は26世紀の火星ですが、そこに住み着いた「テラフォーマー」と呼ばれる生物と、調査隊の人間たちが戦う話となっています。”テラフォーマー”とは何か? それは、かつて20世紀の人間が火星の環境を整えるために苔と共に放したゴキブリの進化した姿に他なりません。火星で苔を食べていき、火星を温暖化させる効果を生むと期待されたこの虫ですが、過酷な環境が想像以上の進化を促し、人間とほとんど同じ大きさにまで巨大化し、二足歩行を果たし、しかも知能まで持っている凶悪な生物と化していたのです。この「火星で巨大なゴキブリ人間と戦う」というストーリーが、このマンガ第一のショッキングなモチーフで、その凶悪ながらなんだか愛嬌のある顔を持つ二足歩行巨大ゴキブリを見て、読者の誰もがなんとも言えない気分になると思います(笑)。

 そして、圧倒的な戦闘能力と武器まで使いこなす知能をもつそのゴキブリに対抗するのは、「バグズ手術」なる強化手術を受けた調査隊の人間たち。「バグズ手術」とは何か? それは、人間に虫の能力を付与する手術に他なりません。一瞬で人間の体を切断しもぎ取る凶悪なゴキブリたちに対して、それ以上の強さを持つ虫の能力を駆使して彼らを狩っていく。しかしゴキブリたちは強く、少しでも能力が劣る人間は、彼らの手にかかって次々と死んでいく。そんな壮絶なバトルが、緻密で確かな画力でしっかりと描かれています。

 さらに、この時にナレーションで説明される虫の能力の解説が非常に面白い。例えば、第一部主人公の小吉が持つ能力は、「日本原産 大雀蜂」のもので、それは年間死亡事故数が最も多い「最も危険な野生生物」であり、他の蜂が自分の巣を防衛するためにのみ攻撃行動を起こすのに対し、このオオスズメバチだけは近づくものすべてを警告なしに問答無用に攻撃する。そして何度でも毒針を刺してくる。対象となる”黒い生物”が死ぬまで・・・とこんな風に事細かに解説されているのです。
 他にも、最強の蟻として有名な「パラポネラ」、昆虫界でもトップクラスの脚力を持つ「サバクトビバッタ」、ガスを勢いよく噴射し驚異的な瞬発力で移動する「メダカハネカクシ」、防御状態になると死ななくなる「ネムリユスリカ」、ゴキブリを奴隷にして卵を産む蜂「エメラルドゴキブリバチ」など、多種多様な昆虫の驚異的な生態が紹介されていて、この薀蓄だけでもためになるマンガだと思います。このマンガを読んで虫嫌いの人も昆虫に興味をもってみてはどうでしょうか(笑)。


・決してキワモノではない!キャラクターたちの悲惨な過去に裏打ちされた重厚な物語に注目。
 と、このように、ゴキブリ人間VS昆虫強化人間、という強烈な設定に加えて、詳しすぎる虫の生態の解説まで追加されているなど、これだけ聞くとまるでキワモノマンガのように感じる人もいるかもしれませんが、しかし決してそれだけの内容ではありません。ストーリーは非常にシリアスかつ真面目であり、特に世界各国から調査隊のメンバーたちの個性、とりわけその悲惨とも言える生い立ちが語られるくだりは、思わず引き込まれるものがあります。

 そもそも、彼らが受けた「バグズ手術」なる強化手術、これは成功率がわずか30%程度しかない、「死ねと言っているような」手術であり、そんな手術をあえて受けなければならなかった彼ら乗組員たちの事情、それはひとりひとり切迫したものがあるのです。
 例えば、主人公の小町小吉ですが、彼はかつて同じ乗組員の秋田奈々緒の義父を殺害しています。これだけ聞くと、彼は凶悪なこれほど犯罪者のようにも思われますが、しかしそこには奈々緒に対するひどい虐待を小吉が制止したという、やむにやまれぬひどい事情がありました。
 では、彼は犯罪者だから手術を受けさせられたのか、他の乗組員もみな凶悪犯罪者で死刑囚のような人間ばかりなのか?というと、どうもそうではないようです。では、彼らの真の事情とは何か?

 それは、意外にも、いや昨今の社会事情ならばむしろ必然でしょうか、「金がない」いう事情に他なりません。作中では、「確かに小吉は殺人犯だが、殺人犯にも死刑囚にも人権がある 勝手に実験材料にすることなどできない」「だがこの世界にはそれ以下がいる あるはずの人権がない者達が・・・」「それは金 金のない者達だ」と語られています。
 このあたりの設定で、今の社会情勢とのつながりを少し感じるところです。今の日本で、経済的に多くの人が貧困層に落ちている時代だからこそ、こういう設定が生まれたのではないか。もちろん、このマンガは基本的にSFエンターテインメントであり、別に社会派の作品というわけではないと思います。しかし、もし仮にこのマンガが20年前、30年前に描かれていたら、同じマンガでもこういう設定にはならなかったのではないか。このあたりでまさに今の世界を反映していると思います。

 個々の乗組員の事情を見ても、貧困な家庭で生まれ学校ではいじめに耐えつつ勉学を重ね、しかし先生に裏切られて悲惨な結果となった一郎という青年や、あるいはイスラエルの武装勢力に所属し長年戦い続けていたリーという男、中国国境に近いロシアの寒村で裕福な家庭に身を売ったマリアという女性など、いずれも今の現実とリンクしているような気がします。まさに今だからこそ描かれたマンガではないでしょうか。


・本格的なSF設定も大きな魅力。
 そしてもうひとつ、26世紀の未来世界の火星が舞台という、まさに本格SFとしての面白さも、このマンガの大きな魅力です。火星をテラフォーミングするという、少し前まではSF設定のひとつの定番だった、しかし最近ではあまり聞かれなくなりつつあった設定が、ここで登場したのは本当にうれしいと思いました。

 そもそも「テラフォーミング」とは何か? これは、火星などの惑星を人間が住めるように環境を変える(”地球化”する)こと。作中の説明によれば、かつて人口の激増に伴う環境破壊やエネルギー問題に伴ない、火星を地球のように人が住める環境にする必要がある。これが「テラフォーミング計画」。しかし、火星は平均気温がマイナス53度。平均気圧が0.006気圧しかないためにまったく太陽光を吸収できない環境であると。しかし、その地下には大量の二酸化炭素が凍っていて、ひとたび暖めればその二酸化炭素が溶け始め、あとはどんどん暖まっていくであろうと。その暖める手段が、このマンガでは、「ゴキブリと苔」というあたりが面白いところですが、しかしこういった理論はこれまで科学の場で真面目に語られていたのです。

 実際、今から10年くらい前までは、この「テラフォーミング」は、今よりもずっと本気で取り上げられ、とおい将来に実現可能な技術として、ある種の夢を持って語られていたと思います。あの当時から、もう地球環境問題、とりわけ地球温暖化は盛んに問題視されていましたが、それに対するひとつの解答手段として、それも人類が宇宙に進出するという夢に満ちた計画として取り上げられていたのです。今思えば、あの「ARIA」(天野こずえ)という作品も、その時代の産物であると言えるでしょう。

 「ARIA」で描かれる火星世界は、テラフォーミングが見事完了し、青い星として生まれ変わり、そこで地球のヴェネツィアのような水上都市が広がり、人々がそこでのんびりと暮らしているという、まさにすばらしい世界として描かれていました。そこで描かれる珠玉のエピソードの数々は、それ自体がファンタジーストーリーとしても最高のものであり、かつ遠い未来の理想郷を描いたSFとしても最高だったと思います。あのSF的光景とファンタジー的な光景が見事に融合した世界に見せられた読者も多かったと思います。

 それに対して、この「テラフォーマーズ」の世界は、ある程度地球に近い環境には近づいているようですが、しかしいまだ荒涼とした世界であり、何よりも凶悪に進化したゴキブリが跋扈しているという、まさに地獄のような世界となっていて、その違いに思わず絶望してしまいますが(笑)、しかしこれはこれで面白いマンガであることに違いありません。果たしてこの世界で、火星が人間の住める場所に到達しうるのか。そういったSF的な観点から見ても十分楽しめると思います。


・同じ虫マンガの先行作品「アラクニド/キャタピラー」と比較してみた。
 ところで、この「テラフォーマーズ」のように虫の能力を持つ人間のバトルを描く作品として、もうひとつ強烈に思い当たるマンガがあります。それは、現在スクエニの雑誌で掲載中の「アラクニド」と、そのスピンオフ作品である「キャタピラー」で、一応こちらの方が早く連載が開始されています。基本設定やストーリー、キャラクターなどは異なりますが、しかし一点「虫」という共通点では強く一致するものがあります。ここでは、この2作品をあえて比較してみたいと思います。

 まず、肝心の「虫能力バトル」の描写ですが、「テラフォーマーズ」では改造手術を受けた人間、「アラクニド/キャタピラー」では元々の素質を持った人間が訓練して、という違いはあるものの、どちらも虫能力を駆使したバトルシーンには共通したものがあります。「テラフォーマーズ」では人間の身体が簡単に切断されるような残酷なバトルシーンで次々と人が死んでいきますが、「アラクニド/キャタピラー」でもそうした過激さでは負けてはいません。さすがにあそこまで人が死にまくることはありませんが、それでも人外能力での戦いは十分過激な描写となっています。違いとしては、「テラフォーマーズ」の戦闘がゴキブリと虫能力人間とのバトル、「アラクニド/キャタピラー」では虫能力人間同士のバトルとなっていて、「どちらの虫が強いか?」という興味では「アラクニド/キャタピラー」の方が上かもしれません。逆に「テラフォーマーズ」では、人間にとって憎きゴキブリを倒すという点で、存分な爽快感を得ることが出来るでしょう。

 次に、「虫の解説、薀蓄」についてですが、これはまったくの互角と見てよいでしょう。どういうわけか、どちらもバトルシーンに合わせて虫の能力を絵付きで解説する箇所が設けられ、その語り口もそっくりなのです。このあたり、一方の作品が他方に影響が与えているとは思えないのですが、やはり虫を愛する作者同士、どこか一致した精神を持っているのでしょうか(笑)。とにかく、虫に興味のある読者なら、どちらも存分に楽しめるお勧め作品となっています。

 さらには、ストーリーについてはどうか。「アラクニド/キャタピラー」は、現代の学園とその周辺でのバトルを描く現代ものとなっていて、しかしこちらも過酷な過去を持つキャラクターが多数登場し、残酷なシーン・嗜虐的な場面も数多く登場するところで、舞台は違えど少し共通したものを感じます。現代社会の負の側面を強く描いているという点で、こちらも一致したところを感じるのが面白いところです。

 総じて、基本的な設定は違えど共通する部分は多く、一方が楽しめるなら他方も楽しめると思います。「アラクニド/キャタピラー」は、今のところ「テラフォーマーズ」より知名度は低いと思いますし、読んでいない人はさらに多いと思いますが、このあたりで一度読んでみてはどうでしょうか。


・「このマンガがすごい!」の選者の目は確かだった。未読の人に今こそ是非読んでほしい。
 以上のようにこの「テラフォーマーズ」、進化したゴキブリVS虫能力強化人間という、一見してキワモノとも受け取られるような設定のマンガではありますが、実際には本格SFとして非常によく出来ていて、キャラクターの掘り下げも見ごたえのある重厚なストーリーの作品になっています。悲惨なエピソードも随所に見られるストーリーではありますが、それらは現代の社会ともつながる要素を持ち合わせていますし、今だからこそ読んで面白い作品になっていると思うのです。

 そして、前述のように、このマンガは、2012年末に発売された「このマンガがすごい!2013」で1位を獲得しました。わたしは、このムックは必ずしも評価しておらず、ここで選ばれないマンガにも面白いマンガ、多くの読者に支持されているマンガはたくさんあると思っていますが、しかし一方で、ここに選ばれるマンガはやはりみな面白い作品なのだと思います。この「テラフォーマーズ」のような、まださほど知名度が広まっていない作品をきっちり選ぶあたり、やはり「このマンガがすごい!」の選者の目は確かでした(これは2位に選ばれた「ハイスコアガール」にも言えています)。

 とはいえ、青年誌掲載の作品で、しかも当初はミラクルジャンプという集英社でも比較的マイナーな雑誌の連載だったことで、まだ読んでいない読者はかなりいるのではと思います。こんな面白いマンガを読んでいないのは、非常にもったいないと思いますし、ここは未読の方に是非とも読んでほしいですね。

 さらには、同じ「虫マンガ」の秀作として、先行する「アラクニド/キャタピラー」も読んで、両方を比較してみるのも面白いと思います。あるいは、これから先両者が発展して、同時にアニメ化して”虫アニメ”として覇を競うようなことがあれば、これほど面白いことはない(笑)。虫好きには特におすすめできる作品ですし、あるいは虫嫌いな人もあえて読んで虫に興味を持ってほしいとも思っています。


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