<ヤマノススメ>

2012・6・22

 「ヤマノススメ」は、コミックアース・スターで2011年9月号から開始されている連載で、タイトルからも類推されるとおり、山(登山)をテーマにしたマンガとなっています。主人公たちが登山に取り組むというストーリーだけでなく、登山に関する知識・ノウハウも存分に盛り込んだ、一種のガイド本ともなっている点が大きな特徴となっています。

 作者は、しろ。イラストレーターで、かつてはPCゲーム「シンフォニックレイン」のキャラクターデザインでも有名になった作家です。近年は長らく同人活動にも勤しんでおり、そこで出してきた本の中には、旅や登山をテーマにした、写真とイラストで構成されたガイド本も多数ありました。この「ヤマノススメ」は、そのコンセプトを直接引き継ぎ、商業のコミックとして出した点が、最大の特徴と言えます。コミックアース・スターの編集部が、どのような経緯でこのような企画を打ち出したのか分かりませんが、同人誌のコンセプトを拾い上げて直接商業コミック化するというのは、中々に意欲的な試みだと思いますし(それも純粋なコミックではなくガイド本)、この企画は評価したいと思います。

 しかも、この作品、連載して1年も経たないうちに、いきなりTVアニメ化企画進行中と発表されました。創刊してまもないコミックアース・スターからは初のアニメ化であり、かつ意外なコンセプトの作品のアニメ化ということで、二重に驚いてしまいました。あまり見ないタイプの作品のアニメ化でもありますし、これは今までにないアニメの効果も期待できるかもしれません。

 肝心のコミックの内容ですが、主人公の引っ込み思案の少女が、かつて共に山に登った幼なじみの少女と再会することで、彼女に引っ張られる形で登山へと取り組むようになるというもの。消極的だった主人公が、山を通じて大きく変わっていくストレートな成長物語として楽しめ、かつ登山に関する知識やノウハウもふんだんに盛り込まれた、登山入門としても役に立つ一冊となっています。


・コミックアース・スターとは?
 このマンガを語るには、まずその掲載誌である「コミックアース・スター」について語らなければならないでしょう。この雑誌、創刊前からいろいろ話題となっていました。

 雑誌を作ったのは、「アース・スター エンターテイメント」という会社で、これ以前より映画や音楽の製作を手がけ、とりわけ2009年に放映されたTVアニメ「聖剣の刀鍛冶」の製作を担当したことがきっかけで、こういったコミック誌の企画を試みるようになったようです。
 いわば新興の出版社からのコミック誌創刊で、そういった試み自体は歓迎したいところですが、しかし当初からその製作姿勢にはいろいろと疑問がありました。まだコミック誌の体裁も定まらないうちにいきなりコミックマーケットの企業ブースに出展したり、人気女性声優を集めて雑誌編集者たちに見立てて編集会議なるものを行ってコミック化したり、そういった連載マンガ以外での活動が目立ち、肝心のコミック誌としての内容があまり見えてこなかったのです。

 特に、女性声優たちを強く推すコンセプトが創刊以後も顕著で、毎号表紙を声優が飾り、巻頭カラーページで声優の特集が組まれ、前述の声優による編集会議のコミックが中心連載となったりと、あまりに声優が前面に出た展開に「これではマンガ雑誌ではなくて声優雑誌なのでは?」という声さえ聞かれました。実際に声優目当てでこの雑誌を手に取った人も多いのではないかと思います。

 そして、肝心の連載マンガの内容、これがまるでぱっとしなかったのです。全体的に目立つ作風のマンガは多くなく、明らかに古いタイプの絵柄、ストーリーで垢抜けない作品が目立ち、あるいは創刊号からマニアックな作風で知られる藤原カムイのオリジナル作品を連載させるなど、どんな誌面を目指しているのかはっきりしませんでした。女性声優という、言うなれば今時の「萌え」を体現するようなコンセプトを前面に押し出しながら、肝心のマンガはあまり今風でない垢抜けないものも多い、いわばアンバランスな雑誌になっているという印象でした。また、単純に個々のマンガに面白いものが少なかったのも大きなマイナスでした。

 創刊から1年以上が経った今でも、その印象はあまり変わりませんが、ただこの「ヤマノススメ」のような、意欲的なコンセプトのマンガが少数ながら登場し、アニメの企画まで始まったのは、評価すべきではないかと思います。当初は1年ももたないうちに休刊するかとさえ思っていましたが、これからもう少し見守ってみてもいいかもしれません。


・しろさんの同人でのガイド本の商業コミック化!
 そしてもうひとつ、この「ヤマノススメ」を語るには、やはり作者のしろさんの同人本についても触れておく必要があるでしょう。

 しろさんは、毎回参加する同人誌即売会のたびにコンスタントに同人誌の新刊を出し続けており、その精力的な活動には感心しているのですが、そんな数多い同人誌は、大きく分けて2つの種類があるようです。ひとつは地上や宇宙、海などの美しい光景をバックに、登場人物が様々な思いを語る哲学的・思想的な本。そしてもうひとつは、写真とその解説文、イラストやショートコミックで構成される実用的な旅行・登山ガイド本です。

 この後者のガイド本の特徴は、作者自身が行ったであろう旅先や山の光景を、数多い写真と丁寧な解説文で、思い入れたっぷりに紹介していること。その行き先は日本全国に渡っていて、その詳しい紹介は、登山・旅行ガイドとしても十分に実用的な本となっています。加えて、写真に添えられるイラストや併載されるショートコミックも魅力的で、旅や登山の魅力をよく伝えていると思います。

 そして、この「ヤマノススメ」は、この一連の同人誌のコンセプトをそのまま引き継いでおり、また過去にずばり「ヤマノススメ」というタイトルの同人誌も出ています。これが、このマンガの直接の原型とみて間違いないでしょう。しかし、このような個人趣味の同人本、しかも純粋なコミック本ではなく、写真ガイド本的な作品を商業コミック化するとは、本当に意外な試みだと思います。これは、コミックアース・スター編集部の目の付け所を評価すべきでしょう。


・主人公の少女のストレートな成長物語が気持ちいい。
 そんな風に、同人誌では写真ガイド+イラスト・ショートコミックといった構成でしたが、商業コミックとなった本作では、純粋なストーリーコミックとなっています。これは、作者であるしろさん初のコミック連載のようですが、初の本格コミックながら、絵も内容もまったく過不足なく、特にストーリーでは、主人公の少女の成長物語がストレートに描かれていて、気持ちのよい作風になっています。

 主人公の高校生の少女・あおいは、人から誘われてもつい断ってしまうような極端に引っ込み思案な性格で、高校に入ってからも友達が出来ずに人付き合いが苦手なままでした。しかし、そんな日々の生活は、かつて小学生の頃のなじみだった女の子・ひなたが転校してきたことで一変します。ふたりは、かつてひなたの父親に連れられて一緒に山にのぼり、朝日を見て感動し、「いつかふたりで来よう」と誓い合った仲だったのです。

 しかし、それからはるか月日が経ち、あおいの方はそんな約束はすっかり忘れ、しかも高所恐怖症で山なんて絶対無理!という状態でした。しかし、積極的なひなたに引っ張られる形で、自分も山行きの準備に励むようになり、ついには山へと登ることになるのです。最初は近くの低い山への登山でしたが、それでも自力で山に登り、頂上から見晴らしのいい景色を眺めることで、何かが変わり始めます。

 その後もひなたと共に行動することで、少しずつ山への興味を深めるあおいでしたが、そんな彼女がさらに大きくかわるきっかけは、ついには自分で何かを決断することになった瞬間でしょう。今まではひなたが決めたところへ行き、ひなたに言われた行動を繰り返していたあおいでしたが、「今度はあおいが決める番」だとひなたに言われたことで、ついに自分で行きたい山を決めて、それに向けてガイド本を調べて道具を揃えに行くなど、積極的に行動するようになるのです。このように、最近ではちょっと珍しいストレートな成長物語となっていて好感が持てますね。


・純粋に登山ガイドになっているところが最大のポイント。
 そしてもうひとつ、このマンガの最大の「売り」とも言えるのは、やはり同人誌の時と同じく、純粋に登山の知識・ノウハウを教えるガイド本になっていることでしょう。これは、ストーリーコミックになった本作でもまったく変わっておらず、読み進めるうちに登山に臨むにあたっての基本的な知識が身に付くようになっています。

 とりわけ目立つのが、登山に必要な道具の説明でしょうか。これは、1話につき1つずつくらいのペースで紹介されていき、コミックス1巻収録の第1話ではテント、第2話ではクッキングストーブ、第3話ではコッヘルとフリーズドライ、第4話ではシュラフ、第6話ではデイパック(ザック)の特徴や選び方が作中のマンガで説明され、さらにコミックスの巻末では文章でさらに詳しく説明するコラムページまで加えられています。このコラムは、作者自らが書いているようで、自分の個人的なおすすめのアイテムを紹介したり、思い入れたっぷりの楽しいページにもなっています。

 さらには、作中で主人公たちが訪れたり、話題にしたりする山のちょっとした紹介・解説も楽しい。第5話では、日本百名山といった有名なリストの紹介や、その中のひとつである谷川岳の紹介、さらに第7話では、主人公たちが実際に訪れることになる高尾山のかなり詳しい紹介が行われています。高尾山は、首都圏から程近く登山環境が整備されていることから人々の人気が高いようで、作中でも絵付きで道中のスポットの解説が行われています。

 また、写真ガイドだった同人誌の時に比べると、大きく少なくなっているのが残念ですが、一部巻頭で山の写真も掲載されています。1巻の表紙は八ヶ岳連峰の赤岳。出来ればこれからもこういった写真をもっとふんだんに取り入れるとさらに面白いかなと思います。


・作者初の本格コミックながらよく描かれた良作。アニメの効果にも期待したい。
 以上のように、この「ヤマノススメ」、以前より出されていた同人誌のコンセプトを引き継いで、登山の楽しみを読者に勧めるガイド本としての役割を果たしつつ、ストーリーコミックとしては主人公の少女の成長をストレートに描く、気持ちのいい作品になっています。作者初の本格的なコミック連載でありながら、毎回大変よく描かれていて、これには素直に感心してしまいました。コミックアース・スターの編集部が、なぜこのような作品を連載しようと思ったのか、それがいまだに不思議なところなのですが、しかし同人での良作にこうして商業でもスポットを当てる形となったのは、非常に大きな成果だったと思っています。

 しかも、これがまだ連載1年も経たないうちに、TVアニメ化まで決まってしまったようなのです。コミック・アーススターからアニメ化作品が出てくるとは意外中の意外で、それもまさか連載開始してまもないこの作品が来るとは、まったく予想していませんでした。これで、この雑誌に対する評価が少し変わってきましたね。

 実際、このような作品がアニメ化されることは、かなりの意義があるのではないかと思っています。純粋な登山ガイドとして、アニメで視聴者に登山の楽しみやノウハウを紹介するというのは、TVアニメではかなり珍しいコンセプトではないでしょうか。このアニメを通じて、山に対する興味を抱く人が増えたりと、思わぬ効果まで期待できそうで、今から楽しみなところです。

 コミックの連載も、ストーリー的にはまだまだこれからといったところで、これから主人公がさらに深く山に取り組み、本格的な山に挑んでいく展開となれば、ますます面白くなりそうです。今後の展開にさらに期待できる一作ですね。


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