<予告犯>

2012・6・28

 「予告犯」は、集英社の青年誌・ジャンプ改で2011年Vol.2から開始された連載で、かつてスクエニのヤングガンガン等で連載を行っていた、あの筒井哲也の久々の新作となりました。かつて、2006年にヤングガンガンでの連載が終了した後、「そろそろ次の作品を準備中」という書き込みをサイトで見かけたのですが、結局それが実現することはなく、はるか時が過ぎた6年後に、スクエニではなく集英社でようやく新作が出ることになりました。これは、かなり意外な展開で、まさか今になって復活するとは・・・と喜ぶと同時に驚いてしまいました。

 筒井哲也は、商業誌のデビュー作は集英社の月刊少年ジャンプに掲載された「最弱拳銃士ルービック」なる作品らしいですが、むしろ当時からインターネット上で公開していたウェブコミックの方でよく知られており、そちらでひどく高い評価を受けていました。この頃から、ウェブでマンガを描いて公開するアマチュアの作家が多数出てくるようになりますが、その中でもひときわ目立つの実力を持っていたと思います。

 その後、その実力をスクエニの編集部に認められたのか、青年誌のガンガンYGやヤングガンガンにおいて、いくつかの連載を手がけるようになり、いずれも非常に高い評価を獲得しました。彼の作品は、まず絵のレベルが非常に高く、繊細でリアルな筆致に見るべきものがあります。その上で、重厚なストーリーも見ごたえがあり、とりわけリアルな社会問題を扱ったところにひどく見るべきものがありました。またインターネットやコンピュータゲームにも造詣が深いようで、それらの要素をふんだんに作中に取り入れているのも特徴的です。

 そして今回の「予告犯」も、そんな過去の筒井哲也の作風をそのまま受け継いでおり、しかも以前よりさらに重厚な社会派の作品となっているようです。特に、いわゆる非正規雇用の悲惨な実態の描写に見事なものがあり、これほど鮮明に今の時代を反映したものは多くないでしょう。さらには、インターネットのリアルな描写も非常に興味深く、作者のこの分野での観察眼の鋭さも存分に感じることが出来ます。


・ウェブコミックで一世を風靡した実力派作家・筒井哲也。
 上でも少し書きましたが、筒井さんは、元々は自分のサイトで公開していたウェブコミックで評価を得た作家でした。中でも、最も注目を受けたのが、2002年に公開された「ダズハント」という作品で、これはのちにスクエニの手で紙媒体のコミックスにまでなっています。その内容は、「ダズハント」という、残虐な殺し合いゲームにのめりこむ者たちの姿を描いた物語で、のちに流行となるサバイバルゲームものの先駆と言えるようなところさえありました。しかも、そのゲームの内容が面白いだけでなく、実は極めて社会派の要素の強い一作でもあり、犯罪被害者と加害者の姿を克明に描いたところに、大きな見ごたえがありました。コミックスにしてわずか1巻の中編でありながら、その面白さはずば抜けていたと思います。

 その後、スクエニのガンガンYGという雑誌(ヤングガンガンの前身雑誌)で、2004年から「リセット」というこれも中編の作品を発表します。こちらは、現実さながらの世界を持つネットゲームを舞台にした物語で、作者のゲーム趣味が顕著に表れた一作ともなっています。しかし、同時にリアルな現実の問題をもよく描いており、やはりひどく考えさせる重厚な物語となっていました。

 さらに、ヤングガンガンで2004年末の創刊号から、唯一の長期連載となった「マンホール」を発表。これは、ホラー要素も強い一作ながら、「ダズハント」同様に犯罪被害者の姿を描いた、やはり社会派の要素の色濃い物語となっていて、とりわけ社会的弱者の克明な描写に驚くべきものがありました。このような作風は、日本よりもむしろ海外、具体的にはコミックスの発売されたフランスで非常に高い評価を受けたようで、当時作者がフランスの出版社に招待され、そちらでサイン会を行うといった一幕もありました。また、日本でも、のちにコミックスのコンビニ廉価版まで発売されています。スクエニが廉価版を出すのは非常に珍しく、この作品ならコンビニで購入する一般読者にも通用するとの判断があったのでしょう。

 この「マンホール」は2006年に終了しますが、しばらくして筒井さんが次回作の登場をサイトでほのめかしたことがあり、またスクエニで連載が始まるのかなと期待していました。しかし、その後まったく音沙汰がなくなってしまい、そこで筒井さんの商業誌での活動は、長く完全に途絶えることになりました。
 そして、もう誰もが忘れていた2012年、ついに待望の次回作であるこの「予告犯」が登場します。実に長いブランクとなりましたが、その作風はまったく変わっておらず、しかも今まで以上にリアルな描写と重厚なストーリーで読ませる、この作者の決定版とも言える作品となっています。


・あまりにもリアルすぎるネット描写に驚く。
 まず、このマンガの目を見張るのは、あまりにもリアルに描かれた今のインターネットの姿でしょう。かつて、「リセット」では、オンラインゲームの世界をリアルに描いた筒井さんでしたが、今回の舞台はインターネットそのもの。そして、そこで今流行している各種サービスの実情をつぶさに描写し、さらには過去に実際に起こったであろう事件をもほぼそのままの形で取り入れており、作者のネット文化に対する理解度は著しいものがあります。

 まず、物語の冒頭では、警察によって逮捕されるマジコン少年が出てきます。彼の罪はゲームソフトの違法ダウンロード。著作権の侵害。細かく言うと著作権法第23条公衆送信権の侵害行為。立派な犯罪なのですが、しかし彼は平然と反論してきます。

 「俺はボランティアでゲームの宣伝をしてやったんだ」「本当に面白いゲームなら客は喜んで買う」「もしゲームの売り上げが落ちてるなら、それは面白いゲームを作れないゲーム会社が悪い」「こういうところで権利なんて主張するから海外に置いていかれる」などとひたすら主張。そして「ネットでも賛同してくれる人は大勢いる」と言い張りますが、実際にネットを見ると手のひらを返されたように「マジコン厨死ね」「鑑別所で反省しろクソガキ」などの罵倒の嵐。この一連の描写はあまりにもリアルで、特に違法ダウンロードについては、ゲームをアニメやファイルに置き換えてそのままの発言をしている人をこれまで多数見かけました。まさに今本当にネットで起こっていることをそのまま拾い上げているようなリアルさがあります。

 さらには、このマンガのタイトルとなっている「予告犯」の活動ぶり、これがいちいちインターネットの今の側面をそのまま切り取っているのです。この「予告犯」とは、インターネットの動画サイトで犯罪予告を行っている人物のことで、彼(彼ら)は、頭に新聞紙をかぶって目だけ出して顔を隠した姿で、自らを「シンブンシ」と名乗り、社会のふざけた連中に制裁を加えると宣言、実際に当人を誘拐して物理的な制裁を加えるという凶行に出ます。そして、このシンブンシの行為を面白がるネットユーザーの手によって、この事件がネット上で無限に拡散していくことになるのです。

 ここで登場するのが、You Tubeに2ちゃんまとめサイト、まとめwiki、Twitterにニコニコ生放送といった、今全盛を極めているネットサービスの姿で、そこに寄せられるコメントや、あるいはPCの前でそのサービスを見ている人々の反応、そのリアルさがすごい。シンブンシがターゲットに制裁を加えているのを見て、「ふるぼっこなうw」「メシがウマイよwwww」「くそわろたwwww」「ざまあwww」「もうやめて!池端くんのライフはゼロよ!」など、本当にそういうコメントが寄せられてもおかしくない自然さがあり、作者のこうしたネットの低俗文化に対する知識の深さと、それをマンガのストーリーに落とし込む技量に感服します。

 今までも、特に最近では、こうしたインターネットの姿を描いたマンガも珍しくはなくなりました。現代もののドラマとか、あるいはオタク向けのマンガでもそういった描写が見られることは少なくはないでしょう。しかし、この「予告犯」ほど、今のネットの姿を徹底的に理解し、それをリアルに描いている作品は、ほとんどないと思います。これは、まさにゲームやネットに対する造詣が驚くほど深い、筒井哲也ならではの作品だと思いました。


・主人公たちが体験した劣悪な労働環境の実態。社会的弱者を描く作者の本領発揮。
 しかし、このようなネットのリアルな描写は、このマンガのほんの一側面に過ぎません。ネットだけでなく、リアルな世界での現代社会の描写、こちらも目を見張るものがあります。とりわけ、主人公が体験することになるあまりにも悲惨な労働の姿に、かつての作品でも徹底的に社会的弱者の姿を描いた作者の本領を見たような気がします。

 主人公の奥田という男は、かつてIT企業に派遣として働いており、もうじき3年の雇用期間を経て正社員となるのを楽しみに待っていました。しかし、そこで思わぬ社内でのバッシングに遭い、社長から仕事を奪われ、解雇される憂き目にあってしまいます。この時、社長のモデルとなっているのがあの堀江貴文で、リアルに似せた姿に思わず笑ってしまうところもあるのですが、しかしここで交わされる会話はあまりにリアル。無理な仕事を要求され、その上で使えないとレッテルを張られて用済みにされる姿に、いわゆる典型的な「ブラック企業」の姿が描かれています。

 このくだりだけでもひどくむごいものがありますが、本当に悲惨なのはその後でした。職を失った奥田は、日雇いの労働で日々を過ごすようになり、所持金が底を突くたびに、いつものように”寄せ場”で”手配師”の到着を待つことになります。

 この時の日雇いの描写が実に詳しく、よく取材していると感心することしきりでした。「面接も履歴書も事前の連絡も必要ない。ただその日にその場所にいれば人手として拾われる」「”同業者”は一目で分かるがお互いに言葉を交わすことはない」「『軽作業』とは『特殊な技能を必要としない作業』という意味であって 必ずしも『簡単な作業』という意味ではない これも一種の業界用語だろうか」「この仕事でも歳をとり過ぎればふるい落とされる 明日はわが身だ」。そして最後に「しかしこの時ふるい落とされていた方が幸運だったのだと 俺達は後に思い知らされることになる」の一文で終了します。

 そして拾われた奥田たちが向かった現場。それは、炎天下で本来なら重機でやるような作業を人間が行う、過酷過ぎる肉体労働でした。しかも倒れた人員を助けるなとまで現場監督に言われる。「倒れるのは勝手だ。代わりはいくらでもいる。手助けをすれば二人分の作業が消える。それは認めない」。そんな中で、まるで原始時代に戻ったかのような人力作業で命を削られる。その労働の理由は、原油高で会社が重機を使うのをケチっているからだと仲間から知らされます。テレビで経済学者が言っていたと。今の世界経済はモノよりもカネの方があまっているのだと。有り余った途方もない額のカネは常に行き場を探していて モノの価値を狂わせていく。「太った豚をより一掃太らせる ただそれだけのために俺達の命は こんなふうに削り取られている」。これが、今の格差の現状をこれ以上ないほどよく言い表していると思います。


・相変わらず人間の内面を透徹するかのような素晴らしい筆致。
 そして、こんな重厚な物語を描く、筒井哲也の作画の見事さも健在でした。かつて、ウェブ公開だった「ダズハント」では、ペン入れされずに下書きのままで残っていたような箇所もいくつか散見されたのですが、そこがかえって作者の繊細な筆致がよく表れていて、まるで美術のデッサン画のようだと感心したことがあります。特に人物の彫りの深い顔の描写が素晴らしく、その人物の内面まで透けて見えるようでした。

 今回の「予告犯」でも、その透徹した人間描写はそのままで、キャラクターの人間性をよく描いています。ひとりひとりの登場人物すべてに確固とした存在感がありますが、中でも、奥田と共に日雇いで拾われた仲間達に非常に愛着がもてますね。

 あまりにも過酷すぎる日雇いの労働現場でしたが、意外にも同業者と過ごす休憩所の雰囲気は悪くありませんでした。厳しい労働を共に行う連帯感からか、それぞれ適当なあだ名で呼び合う親しい仲へと発展して行ったのです。
 主人公は、IT企業でかつて働いていたという理由で、「ゲイツ」と呼ばれるようになります。そして、大阪出身で元バンドの長身の男は「カンサイ」。何かの理由で挫折して音楽活動をやめたようで、日本の音楽業界がいかに腐っているかを語らせたら数時間は止まらない。さらに、九州から来たホークスファンの小太りの男は、その体型から「メタボ」。彼は、パチスロにはまって実家の工務店を継ぐことをあきらめた経歴を持っています。宮城出身のメガネの男は「ノビタ」。口数の少ない男で、かつては引きこもりでPCの美少女ゲームにはまっていたという、いわゆるオタク的な青年として描かれています。
 そして最後に、フィリピン出身の日系人「ヒョロ」。5人の中では最も貧しく最も悲惨な生い立ちを送ってきたはずの男ですが、本人からは悲愴感はまったく感じられない、無邪気で人懐っこい性格の青年として描かれているようです。

 彼らは、今ではこうして社会の最底辺でひどい扱いを受けているけれども、しかしそれぞれが語るべき過去の経歴を持ち、深い人間性を持っているように描かれているのです。こうした作者の人間描写の見事さには、毎回目を見張るものがありますね。


・予告犯の真意が気になる。あまり長い連載ではないようだが目が離せない。
 しかし、そんな彼らのつつましい交流は、ヒョロがかつて行った臓器売買(片方の腎臓を売却した)が元で体調を崩し、ついには亡くなってしまうことで終了を迎えることになります。現場監督に、非情にもスコップを投げつけられ土に埋めろと言われた彼らは、激情して監督を殺害、建物に火を放つことになるのです。

 そして、そんな彼らが、奥田を中心として、社会に対して何かをやり返してやろうと「シンブンシ」として活動することになるのですが、しかしその活動にはちょっとしたひっかかりもあります。
 彼らが予告して制裁を加えている人物は、いずれも過去のネットで愉快犯として吊るし上げられた者たちであり、一言で言えばどうでもいいような連中ばかりであって、彼らがこれまで体験してきた悲惨な体験とはつじつまが合いません。本来ならば、こんな悲惨な社会を作った者たちにこそ矛先が向かうはずなのです。なぜこのような行動を起こしているのか。

 その理由を推測するに、おそらくは、このネットでの活動を通じて、より大きなムーブメントを起こそうとしているのではないかと思われます。シンブンシのリーダー格の男(奥田)が、ネットで言いたいことがあるといって主張を行うシーンがあります。「われわれの自尊心を奪い取ろうとする奴、侮辱する奴がいたら俺に言え。俺が殺す 必ず殺す。だから何も溜め込むな」と。そうした主張に対して、ネットユーザーの多くが賛同する気配を見せ、今まではシンブンシに対して否定的な評価が中心だったのが、ついに肯定的な評価が上回るようになるのです。このまま賛同を増やして、ネットでとんでもないムーブメントを起こそうとしているのではないか。

 作者のサイトでの弁によれば、あまり長い話にはならず、コミックスで2・3巻程度の長さを予定しているようです。しかし、この物語がどんな結末を迎えるのか、まったく目が離せません。今の社会情勢、ネットの姿にもぴったりとマッチしたこの「予告犯」、今こそ注目して追いかけるべき作品だと思います。


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