<百合男子>

2011・9・1

 「百合男子」は、一迅社の「コミック百合姫」で2011年3月号より連載されている作品で、いわゆる百合作品を集めた同誌の中では、極めて異色の作品となっています。タイトルの「百合男子」とは、「百合作品が好きな男子」という意味の造語で、L作品が好きな「腐女子」と対称にある存在にあるものと設定されているようです。腐女子が非常にメジャーな存在となっているのに対して、百合好きな男子はいまだ少数派というイメージがあり、それを逆手に取ったインパクトとなるタイトルとなっています。

 作者は倉田嘘。以前より一迅社で百合作品を手がけ、どちらも百合姫に掲載された「リンケージ」と「それでもやっぱり恋をする」のふたつの作品を残しています。そちらはオーソドックスな百合もの(女性同士の恋愛もの)となっていました。いずれも好評だったようです。しかし、3作目にあたるこの作品は、前2作とはまったくかけ離れた異色のコンセプトの作品となっており、「読者の間でも賛否両論」との煽り文まで打たれています。

 どんな作品かと言えば、百合をこよなく愛しすぎる主人公の男子高校生・啓介が、ことあるごとに百合妄想を繰り返して暴走するというもの。そこで描かれる百合描写は、百合作品ではスタンダードなシーンとしてよく見られるもので、現実にある女子たちの姿からそんな展開を妄想し、時に自分からアクションを仕掛けて暴走を極める。そんな姿がたまらなく面白いのです。毎回のように繰り広げられる百合的な名言(?)も見所で、大真面目で名言(迷言)を放つ啓介の姿がおかしさを増しています。

 このように、主人公が妄想全開の百合好きの男子という点で、女の子同士の恋愛・仲良しの描写が中心の本来の百合作品とはかけ離れた内容となっており、このことがコミックスの発売に際してネット上で大きな話題を呼びました。そのコミックスでは、「これまでの作者の作品とはまったく異なるこんなマンガがなぜ生まれたのか」作者と百合姫編集長との対談記事も掲載されており、それも実に面白く興味深い内容となっています。


・主人公の妄想と暴走が最高に面白い。
 まず、なんといってもこのマンガ、主人公たる啓介の百合妄想が面白すぎます。目の前のシーンをことあるごとに百合に結び付けて妄想し、ついには暴走して妄想が表に出て異様な行動に至る。これぞまさに百合男子の面目躍如(?)でしょう。
 啓介は、見た目は眼鏡をかけて容姿もいい相当なイケメンで、黙っていれば決しておかしな人間には見えません。自宅の部屋にはベッドの下にエロ本を隠していて、年頃の少年にはよくある行動にも見えますが、それはあくまでダミー。そのさらに奥には百合雑誌や百合コミックを大量に隠していて、日々百合作品をこよなく愛読する日々を送っています。

 それだけならいいのですが、啓介は、学校での女生徒たちが触れ合う光景を見て、そのたびに百合妄想を全開にして喜びまくるのです。特に、隣の席に座る藤ヶ谷沙織と、彼女と友人だった転校生の宮鳥茜との非常な仲の良さを見て、そのふたりの間の百合な関係に歓喜し打ち震えます。さらには、そのふたりを時に見つめるクール美少女・松岡を加えて、実は3人の間に恋を巡る駆け引きがあるのではないかと妄想に妄想を重ね、ついには暴走して松岡に見当違いの恋のアドバイスに及ぶという、ありえない展開を迎えます。最後には自分が百合雑誌を読んでいることを公開し、気持ち悪がられて松岡に思い切りぶん殴られて終わるという爆笑のオチを迎えます。

 このような妄想・暴走の最たるものが、「百合名場面名鑑」でしょう。目の前で繰り広げられる光景を、百合作品でよくある典型的なシーンに当てはめて、「○○キター!」といって興奮する。他の子と遊んでいるのを嫉妬しているのを見て「他の子と遊ばないで」、食べ物を箸で食べさせているのを見て「あーんしてくんなきゃヤだ」、文化祭を二人で抜け出しているのを見て「パーティーを二人で抜け出して」など、いちいち想定される百合シーンを当てはめていく様が笑えます。

 さらに極めつけは、各話ごとにひとつずつ啓介が発する「百合名言集」でしょう。「我思う、ゆえに百合あり。だが、そこに我(=男)必要なし。」「百合道とは死ぬことと見つけたり。」「一人は百合のために。みんなは百合のために。」など、哲学や思想書、小説などから引用された名言を百合的にアレンジしたことで、本来の意味からかけ離れ、思わず脱力するようなしょうもない言葉になってしまっているところが笑えます。


・実在する百合作品・作家が多数登場するところも魅力。
 そして、このような啓介の百合語りのシーンにおいて、様々な百合作品が実名で登場するところも、非常に面白いところです。様々な百合作品や、百合的なカップリングが見られる作品が、ここまでいくつも実名で登場するとは思いませんでした。百合好きな読者にとっては馴染みのある作品の登場はうれしいですし、あまり百合作品を知らない読者には勉強になります。実は想像以上に実用的な(?)マンガになっているのではないかと思います。

 第1話の冒頭では、いきなりこのマンガの連載先であるコミック百合姫が登場。「森島明子は相変わらずの安定感」「藤枝雅は俺を萌え殺す気か!!」「パーラーゆりひめ これは泣く リアリティーあるある でもやっぱり藤生にはストーリー漫画描いてほしいなあ」など、いきなり百合姫の看板作家や作品名が実名で登場。さらには、「りっちい(編集長)前に出過ぎだろう」と、編集長の誌面での行動をたしなめるような言葉まで見られ、この雑誌を知っている人ならにやりとするような情報に溢れています。なお、このマンガは、編集長との共同作業的に作られているらしく、作者のよきパートナーである編集長への愛?も強く感じられます(笑)。
 このような掲載誌に対する言及は、一種の内輪的なネタとも言え、そういったネタを売りにしたマンガはたまに他の雑誌でも見られます。しかし、この「百合男子」の場合、作品のテーマがまさに百合であるだけに、そこに百合姫が登場してもほとんど違和感がなく、むしろ作品世界に非常にマッチしているところがよいですね。

 登場するのは百合姫や一迅社の作品だけにとどまりません。他の出版社の有名どころの作品もいくつも登場します。メディアファクトリーの作品でアニメ化もされた「ささめきこと」が出てきた時には感動しました。他、「処女やお姉さまに恋してる」「かしまし」など男の娘が登場する百合作品、「ARIA」や「けいおん!」など、メインではないが作品中に百合的な要素が感じられる人気作品など、実に様々な作品が、しかもその多くが丁寧なイラスト付きで登場し、これには感心することしきりでした。単に百合妄想を繰り広げるギャグの面白さだけでなく、こうして中身のある作品情報に触れることができるのも、このマンガの大きな長所と言えそうです。


・「まんがなもり ゆるゆりスペシャル」に掲載された読み切りももちろん収録!
 そんな数ある実在の百合作品のなかでも、特に主人公が力を入れて語っているのが、アニメ化を達成したなもり先生の「ゆるゆり」です。百合姫でも看板と言える一番の人気作品だけに、この「百合男子」での扱いも非常に大きくなっています。

 特に、アニメ化決定の時に発売された百合姫の増刊「まんがなもり ゆるゆりスペシャル」に掲載された読み切りをしっかりと収録してあるのが最大のポイントでしょう。この「ゆるゆりスペシャル」、ほとんどがなもり先生による「ゆるゆり」の描き下ろしマンガなのですが、その誌面の最後にいきなりこの「百合男子」の特別編が掲載されていたのです。わたしなでは、最初にこのマンガを目にした時、「なんでこんなけったいなマンガがゆるゆりの雑誌に載ってるんだ?」と不思議に思ったものです(笑)。しかし、そのマンガが非常に面白く、主人公の(ひいては作者の)「ゆるゆり」に対するありったけの思い入れを感じさせる快作となっています。

 「ゆるゆり」で啓介がとりわけ好きなキャラクターは、京子と結衣のふたりで、このふたりに対する妄想が果てしなく描かれます。「結衣はなぜごらくぶにいるんだろう」「どっちかといえば生徒会側ではないか」といきなり疑問を呈し、その理由を「京子をほっとけないからに他ならない!」と推測し、コミックスのありとあらゆるシーンを考察し、結衣が京子に気があるからそういう行動をとっているのだと勝手に推測。そして、「俺は切にそれを期待する!!是非アニメで!!動く京×結を!!」と強烈にアニメへの期待をアピール。

 さらには、作者のなもり先生の百合への愛情を褒めちぎり、「百合姫に百合描いて 同人で百合描いて Pixivにも百合描いて Twitterにも百合投下 どんだけ百合好きんだよ!!」と、褒めてるんだかdisってるんだか分からない感想を連発。さらには、「なもり先生本人も百合なのでは?」と勝手に妄想し、「なもり先生は4人いる」という噂から「なもり×なもり×なもり×なもり」というカップリングにまで妄想は発展。その後もさらに千歳の百合妄想に共感したり、櫻子と向日葵の食事を食べさせあうシーンを目の前に見て「キタアァァーー!!これは百合名場面名鑑収録『みてみてあの子たちかわいー食べさせあってるー』!!!」と絶叫して終わります。

 まさに最後まで「ゆるゆり」のネタ尽くしで、本当に作者がこのマンガを読み込んでいることが分かります。「ゆるゆり」のファンにも是非読んでいただきたい一編ですね。なお、本編でも「ああ次のイベントが開かれる頃にはゆるゆりのアニメもクライマックス 京子×結衣の薄くて高くてえろい本も沢山ブースに並ぶに違いない!」などと、どこまでも行き過ぎた妄想を繰り広げています(笑)。


・百合イベントの実情を語るエピソードが大変興味深い。
 このように、いくつもの百合作品を採り上げるだけでなく、連載第4話では、啓介が百合作品の同人誌即売会イベントに参加し、そこで出会った同じ百合好きの同士と、百合イベントを取り巻く現状についてあれこれ会話を交わすシーンがあります。ここで書かれている内容が、また非常に興味深い。

 啓介は、当初、百合イベントに参加する者は女子ばかりで、自分のような男子が参加しても白い目で見られるものだとばかり思っていました。実際に会場に赴いてみても、行列の大半が女性だったこともあって、やはり参加者の大半は女性だと思ってしまいます。
 しかし、実は啓介が参加したイベントは、複数のオンリーイベントが同時に開催される合同イベントで、行列の女子は違うイベントの参加者だと判明、そして肝心の百合イベントは、会場の一画を占めてはいるものの思ったほどの規模ではなく、しかも参加しているのは自分と同じ男子ばかり。これには啓介も大いに衝撃を受けます。

 イベントの終了後、たまたま知り合った百合好きの同士と食事の席で会話をすることになり、彼らにこのことを尋ねてみると、いろいろと興味深い発言が返ってきます。まず、イベントの規模についてですが、「これでも百合イベントは大きくなった」「オンリーでイベントが開催されるようになっただけでも昔よりはずっとまし」というような答えが。さらに、参加者が男性ばかりという件についても、これは毎回そうだという返事で、「しかしサークル参加で売る側には女性参加者が多い」という面白い返答が返ってきます(また、啓介自身も、「サークル参加の6割が女性で、しかも彼女らが意外にもフランクに接してくれたのも驚きだった」と語っています)。これは本当に興味深い事実だと思います。

 その後、話は百合姫に移り、「そもそも百合姫読者の男女比率は7:3、女子もいる(がイベントは男子が多くて中々来れない)」「いや最近は百合姫Sもあって男性よりに偏ってるんじゃないか」「いやいや今の百合姫のラインナップを見る限り女性向けであることは確か。Sが消えて本誌が残ったのも女性寄りになった証拠」と、様々な異なる意見が飛び交います。このあたりの考察も非常に面白いですね。百合作品とそのイベント、男性ファンと女性ファンの現状については、いまだ常に変化しつつあるようで、今後も注視していく必要がありそうです。

 ちなみに、その後の彼らは、その話が嵩じてついには論争となり、大喧嘩にまで発展してしまいます(笑)。そこで啓介が熱く止めに入り、「みんなでこれからの百合の発展に尽くしていこう!」と主張することでみんなの熱い崇拝を受け、ついには百合ーダーと呼ばれるギャグ展開を迎え、これが百合ーダー誕生というこの作品最大の名場面のひとつとなっています。


・とにかく面白い上に百合作品を取り巻く環境の勉強にもなる、すばらしいマンガだ(笑)。
 と、この「百合男子」、主人公の百合妄想・暴走を中心としたギャグがとにかく面白い上に、いくつもの百合作品・作家が実名で登場し、さらには百合イベントの現状をひどく詳細に語るエピソードもあるなど、百合作品に関する様々な情報が盛り込まれ、百合を取り巻く環境についても勉強になるという、見た目以上によく出来た作品になっています。笑える上にここまで読めるマンガだとは思いませんでした。さすがに百合雑誌の連載作品だけのことはありますし、単に百合作品や百合読者を茶化しただけのマンガにはなっておらず、百合に対するあくなき愛・思い入れに満ちた作品になっていると思います。

 そしてもうひとつ、このマンガの長所は、なんといっても倉田さんの絵がうますぎること。コミティアの編集部持ち込みの時から「絵はおそろしく上手かった」と書かれているとおり、本当に絵がうまい。今まで百合作品を手がけてきただけあって、女の子がうまく描けているのはもちろん、啓介を始めとするイケメンの男子たちもとてもよく描けている。このままBLマンガを描いてもいけるんじゃないかというくらいよく描けている(笑)。背景も合わせて描線のくっきりした絵柄で、実に読みやすく、およそビジュアルに関しては文句なしの作品ですね。これもまたこのマンガの評価を押し上げる一因となっています。

 百合姫の編集部も、このマンガは相当に推しているらしく、特に中村編集長のこのマンガへのこだわりが顕著です。コミックス収録の対談記事によると、このマンガは実質的にふたりの共同作業で描かれているらしく、二人三脚で面白い作品を作り上げているようです。元々、このような百合雑誌にしては異色の作品を、積極的に掲載へと推し進めたのも編集長であるとのこと。これが、もし頭の固い編集者ならば、こんな異色の作品は「雑誌には合わない」と考えるか、あるいは下手をすれば「雑誌のコンセプトをバカにしている」とまで考えて、掲載に至ることはなかったかもしれません。しかし、この編集長は、まったく逆に自分からこのようなコンセプトの面白さを認め、作者をうながす形で作品を発進させてしまった。編集長の自由度の高い創作精神が結実した一作だと思うのです。

 もちろん、それをきっちりと形にした作者の倉田さんの百合精神とマンガの実力も素晴らしい。すでに、これまでに描いてきた百合作品「リンケージ」と「それでもやっぱり恋をする」でも高い評価を得ていたのですが、ここでこの「百合男子」という超異色の百合作品を描き上げたことで、さらに飛躍的に評価を高めたのではないでしょうか。このマンガ、普段百合マンガや百合姫を読まない読者の間でも、大きな話題になっているようで、ここで今までとは異なる読者にも多数に評価されたことは、今後の作品作りにおいて大きな力になるのではないでしょうか。


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