<「Ever17」を契機にクロスレビューの問題について考える>

2002・9・7

 前々からゲーム雑誌のクロスレビューのあり方には疑問の声が非常に多かったのですが、今回「あるゲーム」においてあまりにも不可解なレビューのされ方があったので、これを契機にクロスレビューの問題点に一歩踏み込んでみます。

 「あるゲーム」とは他でもないタイトルにある「Ever17」です。詳しいゲーム内容についてはリンク先の考察を見ていただくとして、個人的に非常に気に入ったゲームです。
 ところが、これがゲーム雑誌の評価が実にかんばしくない。あまりにもわたしの評価と食い違っています。具体的な点数は以下の通り。

 ファミ通          7,6,7,6
 ザ・プレイステーション2 8,6,7
 ドリマガ          7,7,7
 電撃PS          80,70
 ハイパーPS        5,5
 ファミ通PS        レビューなし(*注)

(*注)
 ここで「レビューなし」というのは「クロスレビューのコーナーがない」という意味ではありません。いくつかの「注目作」のみにクロスレビューがされていて、それ以外のソフトにはレビューそのものがないのです。これはこれでひどい話だと思うのですが、どうでしょうか。一体、誰が、どんな基準で、「注目作」を決めるというのか?


 もちろん、単純にわたしと雑誌のレビュアーのゲームに対する見方が違うのも事実でしょうし、一介のアマチュアのサイト運営者であるわたしよりも、プロとしてゲームレビューを重ねてこられたレビュアー諸氏のほうが優れた見地を持っておられる可能性のほうが高いでしょう。
 それに加えて、「Ever17」はノベルゲームというジャンルの性質上、ストーリーに対する評価がレビューの中心となるため、レビュアー個々の感性に頼った評価にならざるを得ないことも確かです。「あるストーリーがいいか悪いか」なんて個人の感性によって千差万別。いくら夏目漱石の小説の評価が高くても、その一方で彼の小説を面白いと感じない人は絶対にいる。それがストーリーというもので、それに絶対的な評価を与えることが非常に難しいのは事実です。

 しかしその一方で、客観的に見て「Ever17」が相当に作りこまれたゲームであることも事実です。わたしはこのようなノベルゲームを考察する場合、感性に依存せざるを得ないストーリーの評価は後回しにして、まずいかに作品として「物理的に」作りこまれているかを客観的に判断します。つまり、

 「量的に読みごたえがあるか。」
 「テーマやストーリーの構築に真剣に取り組んでいるか。」
 「演出要素やユーザーインターフェイスに気を使っているか。」

といった物理的、客観的に判断できる材料をまず考察していくわけです。そして、このような点から「Ever17」を見た場合、いずれの点でも相当な作りこみが成されていることはまず間違いないです。開発陣がかなりの力を入れて取り組んだあとが窺えます。そしてこのような作りこみを感じるゲームに対して、雑誌のレビュアー陣が横並びで低い点数をつけたことにまず違和感を覚えたのです。

 もちろん、いくら力を入れて作りこんでも、力量不足から完成度が低くなってしまった作品も当然あります。しかし「Ever17」がそのような失敗作だとはとても思えません。確かにストーリーの評価に関しては個人の感性に大きく依存されますが、しかしどんなに低くみてもこの作品のストーリーがそこまで失敗しているとは思えないのです。少なくとも平均以下の点数がついてしまうようなことは絶対にあり得ない。これは一体どういうことなのか。


 そして、このことに疑問を感じたわたしは、一連の「Ever17」の雑誌レビューすべてを熟読し、その点数と文章について考察を重ねた結果、「明らかに作品本来の完成度とは無関係なレビュー及び点数付けが成されている」と判断いたしました。では、このようなレビューが行われた真の理由は何なのか? いろいろと考察した結果、次の4点の理由が浮かび上がりました。

(1)レビュアーがこの手のノベルゲームの本質を理解していない。
 そもそもノベルゲームというのは「ノベル(小説)を読ませる」ことがメインであり、あえてゲーム性を付加する必要性はないと考えます。つまり、この手のゲームを前にして「ゲーム性が低いからつまらない」と評価するのは間違っています。もちろん、ノベルゲームになんらかのゲーム性を取り入れようとする試みは非常に好ましいことですが、しかしその一方で「純粋にノベルを読ませることに専念する」という方向性も当然認められるべきです。もちろん、このようなゲームが「ゲーム」といえるのかは非常に難しいところではありますが、しかし「プレイヤーに物語を提供する」というコンセプトは大いに理解できます(わたしに言わせれば、昨今のストーリー偏重のRPGで「戦闘がイベントの合間のミニゲームと化してしまった」ゲームよりは、よほどこれらのノベルゲームのほうが好きです)。

 ところが、どうもこのあたりのことが理解できていないレビュアーが多いように見受けられるのです。相変わらずゲーム性を評価の一因としてかなり重視していて、それに引きずられるようにこれらのゲームを過小評価している。これでは最初からノベルゲームはハンデを強いられているようなもので、いくらノベルとして質を高めても高い点数は期待できないでしょう。

(2)ギャルゲーに対する偏見。
 確かに「ギャルゲー」と呼ばれるゲームには、美少女のみを売りにして肝心の内容面がひどい出来のゲームが今も昔も多く、この手のゲームに対する抵抗感は多くのプレイヤーが持っています(わたし自身もいまだにかなりの抵抗があります)。
 しかしその一方で、確かに「ギャルゲー」ではあるけれども、きちんと内容も充実しているゲーム、さらには一応「ギャルゲー」的な要素を持ちながら、ベクトルが全く別の方向を向いているゲームというものも存在します。「一見してギャルゲーに見えるけど、実は・・・」ってやつですね。

 このようなゲームはきちんと見極めて、それにふさわしい評価を与えないといけないはずです。ところが、実際には「ギャルゲー」と思われるジャンルのゲームを最初から特別視していて、「最初からそれなりの点数しかつけない」という傾向があるように見受けられます。特に「Ever17」のようなノベル系のゲームに関してはこの傾向が顕著で、「一部の有名どころのゲーム」以外で高い点数がつくのは本当にまれです。つまり、これらの「ノベル系のギャルゲー」は(1)で述べた理由と合わせて二重の意味でハンデが課せられているといえます。

(3)レビュアーが本当に「感性」のみで評価している。
 各誌のレビューをざっと見渡すとですね、どうみても自分の感性だけでストーリーを評価しているとしか思えないのです。そりゃ確かにストーリーは最終的には感性によって評価するよりありませんが、それよりもまず客観的に把握できるゲームの作りこみの部分を見て欲しいんですよ。それにいくら個人の感性とはいえあまりにもひとりよがりな意見が多すぎます(「個人的には好き」とか、そういう記述)。もっと厳密に中立的な考察はできなかったんでしょうか。このようないいかげんなレビューでは作ったほうも納得いかないでしょう。

(4)実は最初から点数は決められている。
 いわゆる「出来レース」です。扱うゲームによってある程度点数の傾向が決められていて、内容がどうであれその点数を動かすことが出来ない。
 実は今回ゲーム雑誌を改めて読んでみて、一番これを強く感じたんです。いや、もちろんすべてのレビューが出来レースというわけではありません。あまり前評判が高くなかったゲームでも、レビューできちんと高く評価されたゲームというのはいくらでもあります。
 しかしその一方で「どう考えてもこれはおかしい」と思われる採点が確実に存在している。

 今回Ever17に関して特におかしかったのが「点数とレビューの文章とのギャップ」。
 例えばファミ通のレビューだと、4人のレビュアー全員がかなり好意的な文章を載せている。ところが、点数は「7,6,7,6」と平均レベル。ザ・プレ2のレビューでもそれに近いことが言え、3人がそれなりの文章を書いているのに点数は「8,6,7」です。なにか高い点数をつけられない理由でもあったのかと疑ってしまう。
 わたしのような素人の目から見てもおかしいです。レビューの内容と点数が明らかに食い違っている。そして、実はこのような例はクロスレビューではかなり頻繁に見受けられるのです。


 まあ、とりあえずはこんなところでしょうか。しかしこのようなことは前々から思ってはいましたが、改めてこうやって書き出してみるとあまりにひどい。しかも今回ほどプレイヤーであるわたしの評価と雑誌の評価が食い違ったことは珍しいです。この問題はさすがに黙って見過ごすことは出来ないでしょう。

 今回は「Ever17」を中心に、主にノベル系ゲーム、もしくはギャルゲーに絞られる形の考察になりましたが、次回ではクロスレビュー全体に論を発展させ、さらに問題を深く追及していきたいと思います。


この記事の続編(ドリマガのレビュアーのコメントについて)
この記事の続編(クロスレビュー全体の問題についての言及)

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