<ゲームセンターはニュータイプ養成訓練所か(後編)>

2004・2・6

*前編はこちら

 ・・・さて、ここからは真面目に書きます(笑)。

 アーケードゲームというジャンルは、一度ヒット作が出ると、二番煎じともいえる類似作品が雨後のたけのこのように大量に出るという悪しき現象があります。
 いや、もちろん同じような現象はコンシューマでも見られます。ドラゴンクエストのヒット後に大量のドラクエタイプのRPGが出る、というようなケースは決して珍しくは無い。
 しかしアーケードの場合、その「類似作品」の作品の出る規模と速さが圧倒的です。一度斬新なヒット作が出ると、その直後に多くのメーカーから大量の類似作品が一度にリリースされる傾向があるのです。
 象徴的なのが98年と99年のAOUショーで出た新作の比較です。98年当時はまだまだ格闘ゲームの人気が持続しており、98年2月のAOUショーでは10以上の新作格闘ゲームが出典されました。
 ところが、これが1年後の99年のAOUショーでは、当時の音楽系ゲームのヒット(ビートマニアやDDR)に乗じて大量の類似音楽ゲームが出典されます。それに反比例して新作格闘はわずかに1作品しか出典されませんでした。出典数10以上からわずかに1へ。まったく各メーカーの変わり身の速さには本当に驚いたものでした。ひとたびヒット作が出ると、数多くのメーカーが一斉に追随していきます。

 このようにアーケード業界というのはコンシューマと比較しても遥かに類似作品への依存度が高い。しかも、このような類似作品が一大ジャンルを作り出し、延々と続いていくのも特徴です。対戦格闘ゲームだとスト2以来10年以上、3D格闘もバーチャ以来ほぼ10年ですが、度重なる人気作の続編(および、バージョンアップ)、そして非常に似通った類似作を合わせた一大ジャンルが今の今まで延々と続いてきたわけです。シューティングゲーム、あるいは音楽系ゲームもほぼ同じ。今はあまり見かけませんが、かつてはFF(ファイナルファイト)タイプアクション、あるいはクイズゲームでも同じ現象が見られました。

 そして真に問題なのは、これらのゲームが続編、バージョンアップ、類似作品を重ねるにつれてどんどん難易度が上がっていくということ。最も顕著だったのが音楽系ゲームで、ビートマニアでは3かDXあたり、DDRでは2ndあたりから突然難易度が上がり、ブームの初期に見られた一般層のプレイヤーが一気に離れていきました。その後、一部の新作では一般層の回復が随時みられるものの、全体的に見ると音楽系ゲームはゲームマニアのものになった印象があります。
 音楽系ゲームほど顕著ではないものの、対戦格闘やシューティングゲームも似たような道を辿ってきたことは否めないでしょう。シューティングに関しては、もはやスコア稼ぎをメインとしたマニア向けのシューティングしか出ない状況になりました。対戦格闘はそこまでマニア向けでもないものもありますが、こちらは「対戦」がメインのゲーム性が問題です。対戦プレイでは類似のゲームに慣れてきたマニアが圧倒的に有利であって、初心者がついていくのは難しい状況です。

 さて、このようにアーケードにおいて、類似作品が一大ジャンルを形成するのには明確な理由があります。しかもそれはゲームそのものに関係することではありません(アーケードとコンシューマでゲーム性に決定的な違いがあるとは思えませんからね)。
 理由は、ゲームセンターという「店舗」の経営方針にあります。
 ゲームセンターというものはゲームを「置く」だけで店の経営が成り立ちます。それこそ店長がゲームについて何も知らなくても店は経営していけるのです(ゲームのメンテナンスだけは必要ですが)。
 そしてメーカーはディストリビューター(問屋)を通してゲームを店に「売る」わけでありますが、この場合店に対して売れそうなゲームを最優先に提供する必要があります。つまり、売れるかどうかわからない全く新しい斬新な実験作よりも、売れ行きが保証されるヒット作の続編や類似作の方がゲームセンターの経営者には喜ばれます(経営者がゲームについて詳しくない場合は余計そうなります)。
 さらに、ゲームセンターの経営者としてはまずなによりもインカム(収入)を重視しますから、より金を稼ぎやすいゲームがなによりも優先されます。プレイ時間が短い対戦メインの格闘ゲームや、一度のプレイ料金が高くてもプレイヤーがつく音楽系ゲームが経営上有利なのは仕方ないでしょう。
 さらにさらに、このような一大ジャンルが一旦出来てしまうと、そのジャンルの固定ファンを引き止めるために、新作の難易度がどうしても上がってしまいがちです。いや、できれば新作のたびに斬新なシステムのアレンジが出来ればそれに越したことはありません。しかし実際には毎回毎回そう優れたシステムを思いつけるわけがない。それゆえ(ゲームに慣れて、より歯ごたえのあるゲームを求める)固定ファンをつなぎとめるために、「難易度を上げてお茶を濁す」必要が出てくるのです。
 結局のところアーケードゲームというものは、個人を相手に商売するコンシューマゲームと違い、店の経営者を相手に商売する必要があるのが最大の弱点なのです。ゲームセンターの経営上の問題でヒット作の類似品が大量に出てくるのはある程度仕方がない。ゲームセンターという場の性質上、こういった状況が起こっても仕方のない側面は確かにあります。

 しかし。だからといって「ゲームセンターの経営上仕方なかった」ですべてを解決してはいけません。本当に問題なのは、人気ゲームを置くだけのいいかげんな経営をしていた経営者の存在です。大体「ゲームセンターの人間がゲームについて何も知らない」なんてことがあるか! 本当にゲームセンターを盛り上げるためには、店長みずからが面白いゲームを発掘し、店員と一体となって魅力ある店作りをするのが当然。経営者がそこまで真面目に取り組めば、売れ線のジャンルでない全く新しいゲームでも店に入れることは十分に可能ではなかったか。
 しかし、実際にそこまでのことをやる店が一体どれくらいあったのか。「ゲームを置くだけで楽に儲かる」というサービス業にありがちな困った経営者の存在が、今のビデオゲームの惨状を作り出したといっても過言ではないでしょう。

 さらに、問題はゲームセンターの経営者だけではありません。まず、安易に売れ線を求めたという意味ではゲームの作り手側であるメーカーも同罪です。特に対戦格闘ゲームにおいて、いかに二番煎じのゲームが多かったかは今さら言うまでもありません。ゲーム業界全体で、ゲームセンター側とも一体となって新しいゲーム作りをしていく必要がありました。
 さらにさらに、問題はプレイヤー側にもあります。アーケードのゲーマーには「自分の好きなゲームしかやらない」というプレイヤーが多く、例えば「対戦格闘しかやらない」「音ゲーしかやらない」というプレイヤーが常に存在してきました。自分たちが得意なゲームだけをやって、「普段はプレイしない、新しいゲームに取り組んでみよう」という意志が感じられないプレイヤーが多いのです。ゲーセンに来てKOFしかやらないなんていうプレイヤーは珍しくもなんともない。いくらメーカーやゲームセンターが頑張っても、肝心のプレイヤーがついてこないのではどうしようもありません。自分たちの得意なゲームだけをやり続け、ゲームのマニア化を進めてしまったのは、実はプレイヤーの方ではなかったか。


 そして、このように一部のジャンルがゲームセンターの大半を占める状況が続いた結果、アーケードゲームがとうとう立ち行かなくなってしまいました。コンシューマゲームに質・量ともに完全に及ばなくなったのです。
 時期としては95年がひとつの転機でした。それまではアーケードといえば「家では遊べない高性能のゲームがプレイできる場所」ということでコンシューマゲームに対する優越感のようなものすらあったのですが、この95年を境に完全に逆転されます。
 今あるゲームセンターの大半は90年代の前半に出来たものです。ゲームセンターの歴史から見て、まず78年のスペースインベーダーの大ヒットから80年代の前半に一気にブレイクした後、85年の風営法改正で一時的にやや衰退し、そして90年代に入って「スト2」を初めとする対戦格闘の大ヒットで大量の新規店舗が出来るのですが、この90年代前半に活況を博したゲームセンターが95年を境に早くもおかしくなってしまいます。
 まず新作のビデオゲームが明らかに減ります。メーカーがアーケードゲームを作らなくなってくる。その中で作られるのは対戦格闘やシューティング、のちに音楽系ゲームといった特定のヒットジャンルのみ。しかも明らかに既存のゲームに劣る調整不足な類似作品の比率も増え、もはや新世代機(プレステ・サターン)を擁するコンシューマ陣に対してゲームの質でも量でも到底かなわなくなります。わざわざゲームセンターに行くよりも家でゲームをやる方が楽しいという時代になりました。

 そしてアーケードで残ったのはマニア化が進んだ一部ジャンルのゲームのみ。わざわざ「ゲームをやりに」ゲームセンターに行くのは先鋭化されたテクニックを持つコアユーザーのみで、もはやゲームセンターはニュータイプ養成訓練所に違いない、やつらは対北朝鮮超人兵士だと、まあそういう状況です(笑)。


 こうなっちゃったのはゲームセンターに関わるすべての人間に原因があります。対戦格闘ブームに便乗して「ゲームを置く」だけでゲームについて何も知らずに適当な経営を行ったゲームセンターの経営者がまず最大悪です。しかし、問題はそれだけではなかった。安易な売れ線ジャンルの二番煎じばかりで斬新なゲームを作ろうとしなくなったメーカー、そして自分の得意なゲームばかりを求めて新しいゲームをやろうとしなかったプレイヤーと、ゲームセンターを取り巻くすべての人間が悪かった、という救いようの無い結論しか出てきません。

 さて、ここまで落ちてきたゲームセンターですが、今後このままビデオゲームは一部のジャンルが細々と続いていくだけの空間になるでしょう。さもなければゲームセンターはアミューズメントパークと化して、ゲームの大半が大型化、あるいはカードを使ってプレイするような大掛かりなものだけが残ると思われます。


(追記)
 そもそも、このコンテンツはもう5年ほど前には既に考えていたものです。その当時は発表する場もなく、そのまま放置されていたのですが、ネットでサイトを持つようになりあえてここで発表してみました。
 しかしあれから5年も経ちますが、このコンテンツの内容はほぼそのまま今に通じます。実際に今のビデオゲームは大型筐体の音ゲーか、あるいはカードを使ったマルチ対戦型のゲームが主流になってるし。ついには格ゲーのギルティギアでさえカードを使い始める有様。5年前の予測の通り!です。
 そして、もはや従来のゲームマニアが集まるビデオゲーム中心の「ゲームセンター」は半壊滅状態。少なくともわたしの住んでいる地方都市では、もう採算が合わずに半ばやっていけず、あとは細々と生き長らえている状況。
 だいたい今のビデオゲームは月に一本新作が出ればいい状況。肝心のビデオゲームが出ないのではどうしようもないだろう。大型の筐体はそもそも大型の店でないと置くこともできないし。そして、今のゲーセンの主流はそのような大型筐体の音楽系ゲーム(音ゲー)か、あるいはカードを使った大掛かりなゲームになっており、そのような大型筐体が入る大規模ゲームセンター(アミューズメントパーク)しかやっていけない。言ってはおくが、うちの近所のゲーセンには「ドラゴンクロニクル」も「アヴァロンの鍵」も「クイズマジックアカデミー」もないぞ! 

 まあ、遅かれ早かれビデオゲームの、ゲームセンターの終焉が近づいていることは間違いないと思われます。とはいえ、いきなりビデオゲームがすべて消えるようなことはないでしょうが・・・。しかし、今後は対戦格闘とシューティングが細々と続いていくだけの存在になる、もしくは既にそうなっていることは疑いようがないですね。
 老兵は死なず、ただ消え去るのみ。


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