<格闘ゲーム・連続技不要論>

2001・6・26

 かつて大学時代、わたしは京都に住んでいたのですが、当時はとあるゲーセンの常連だったこともあってゲーマーな友人がたくさんいました。大学を卒業して田舎に引っ込んでから彼らとは会うこともなく、周囲にゲームの話ができる人もいなくなって、かなり寂しい思いをしているのですが、或る日その中でもとくに親しかった友人・・・そうですね、Cくんとでもしておきましょう。彼と二回ほど電話で話す機会があり、久々にゲームの話で大いに盛り上がりました。この会話が我ながら非常に面白かったのでこれからその「ゲーマー同士の濃い電話対談」を再現してみようと思います。いや、笑えます、これは。
 ちなみにCくんはおとなしい真面目な人柄ですが、しかしゲーマーであることは確かです。アビヨン(バーチャロンの聖地といわれるゲームセンター)の連中をして「バルバスバウを使わせて奴の右に出るものはいない」と言わしめた人ですから。あと、この会話はもういまから3年前、98年11月と12月に行われたものです。内容的にはかなり古いですが、まあいま見ても面白いかと。

私「久しぶり〜」
C「久しぶりですねえ、本当に・・・」
私「あれからどんなゲームやってた? そういえばCくんはバーチャロンを相当やりこんでたよね。あれから新作のオラトリオ・タングラム(以下オラタン)が出たけどそれもやってるの?」
C「いや、オラタンはほとんどやってない。あれは明らかなクソゲーだから。
私「えっそうなの? 前作と一体なにが違うの?」
C「何ていうか・・・ほかの格闘ゲームみたいになった。実際、かつて一緒にバーチャロンをやってた京都のチームの人はもう誰もやってない。自分もほとんど惰性でやってるだけ。」
私「ほかの格闘ゲームみたいになった? それは一体どういうこと?」
C「うーんそうだなあ・・・要するに強い技をつなげていくゲームになった。純粋な駆け引きの要素が減ったっていうか・・・」
私「ああ? 強い技をつなげていくゲーム・・・か。なるほど、それは確かにほかの格闘ゲームには言えているかも。」
C「ちょっとわかりにくい説明だけどね。でも初代バーチャロンは確かにほかの格闘ゲームとは違っていたんだ。その特長がオラタンではなくなってしまった。」
私「僕はバーチャロンシリーズはやってなくてわかんないけど、ほかの格闘ゲームに関しては思い当たる節があるなあ。あ、でも今日の電話はこれぐらいで。またかけるから。」
C「ばいばい。ではまた〜。」

 これでこの時の電話は終わったわけだが、わたしとしても彼の言ったことには思い当たることがかなりあったのでそのことについて意見をまとめ、次の電話でぶつけてみることにした。

C「久しぶりです。」
私「前の電話からちょっとたってるよね。で、そのときに「オラタンがほかの格闘ゲームみたいになった」という話をしたけど、あれはこういうことなんじゃないかな。つまり今の格闘ゲームっていうのは強い連続技や連係技をつなげることばかりで、そういった強い技をつなげた者が勝つっていうことでしょ。ゲーメスト流に言えば強いフローチャートを作った者が勝つというか。」
C「そうそう、その通り! もともと僕はああいう手がいそがしいゲームは嫌いなんです。バーチャロンは手がいそがしくないのがよかった。」
私「手がいそがしい・・・なるほど。あの狂ったような多段連続技とかなあ。まして超必殺技の複雑なコマンドまでつなげるとなるとみんなよくやると思うね。」
C「バーチャロンはそこが違うんですよ。バーチャロンはひとつひとつの操作はとても簡単なんです。その分、強すぎる技とか連係とかはなくて、純粋に駆け引きをうまくやらないと攻撃が当たらない。」
私「なるほどねえ。」
C「例えばね、ある機体でね、そいつはホーミング弾とバズーカをもっているんだけど、駆け引きをうまくやれば、例えば右におとりのホーミング弾を出しておいて、相手を左に避けるように仕向けて、そこにあらかじめバズーカを置いて命中させる、ってことも可能なわけ。ここで肝心なのはホーミング弾もバズーカもそれ単体では全然強くもなんともないこと。読まれれば簡単に避けられる。それを駆け引きを駆使して命中させるのが面白い。」
私「確かに今の格闘ゲームは強い技の連続ばかりで駆け引きの要素が薄れてるよなあ。でも僕は2Dの格闘しかやらないけど3Dの方はどうだろう? あちらはかなり駆け引き重視みたいだけど?」
C「3D格闘も変わりませんよ。バーチャなんてようするに空中コンボ入れゲーでしょ。」
私「そうなのか(笑)」
C「そうですよ(笑)」
私「でもまだ3D格闘はがんばってると思うけどなあ。2Dは明らかに質が低下してるけど3Dはまだいい作品があると思う。例えば・・・」
 ここでわたしはこの当時評価が高かった「ソウルキャリバー」の名をあげようとしたのだがその前にCくんが一言。
C「でもキャリバーはクソゲーですよ。
 先にクギを刺すなっつーの!(笑)
C「あのゲームは強いキャラが強い技を出しまくるだけでどうにもならないんですよ。まともに対戦できない。」
私「でも上級者ならその強い技の隙をついて反撃とかできるんじゃない? 上級者でもだめなの?」
C「できなくはないんだけど・・・でも成功しても見返りが少ないし、失敗するととんでもないダメージを受けてしまう。ようするにリスクとリターンの関係がとれてないんですよ。
私「なるほど・・・そういうことか、わかった。」
C「キャリバーもグラフィックはきれいだし、武器を振り回す爽快感もあるし、そういう意味では楽しい。でも対戦ゲームとしては遊べないんです。」
私「じゃあやっぱり残るのはエアガイツか。」
C「そうですね。あのゲームはいい。ひとつひとつの操作が簡単だし。手がいそがしくない。」
私「連係技自体は存在するんだけどね。ただそれが強くないのがいいと思う。どんな強そうな連係でも歩いて下がるだけで簡単に抜けられる。フィールドの端に追い詰められた場合は抜けられないけど、逆にいえば相手をいかに端に追い詰めるかっていう駆け引きが面白い。」
C「仮に追い詰められてもインタラプトや投げ抜けがあるし。ほかのゲームだと一度強い連係で固められたらどうしようもないですから。駆け引きが成立しない。」
私「ところでさー。なんでこんなに連続技・連係技重視のゲームになってしまったのかな。」
C「要するに安易に連続技に気持ちよさを求めるバカなプレイヤーが多いからですよ。」
私「やっぱりそうか。」

*そしてこれからさらに延々といろんなゲームをネタに話が続くが省略。1時間以上話してたような気がする(笑)。

私「さてと・・・何かいろんなゲームの話をしたなあ。でも今日 はいろいろと話ができて楽しかったよ。」
C「僕も楽しかったです。」
私「じゃあこれくらいで。修士論文がんばってねー。」
C「はいはい(笑)」
私「ばいばい。また会えるといいねー。」


 とまあこんな感じで電話で会話したわけです。ディープなゲームマニア同士の会話ってのはこんなものです(笑)。さてこれからようやく「格闘ゲーム・連続技不要論」の本題に入りますが、実は上の会話内でほとんど言いたいことは言っちゃってます(笑)。だから「はいはい、もうわかりましたわかりました」という人はここから下は読まなくてよろしい(笑)。

 そもそも対戦ゲームにおいて勝敗を決するのは、ひとつはそのゲームに対する知識や技術、そしてもうひとつは対戦相手との駆け引きです。そしてこのふたつのバランスがよいゲームほど面白いとわたしは考えます。多少技術が未熟でも駆け引きのうまさでカバーする。逆に駆け引きが下手な分、知識で補う。ふたつの要素のバランスがよければこのようなことが可能です。
 ところが最近の格闘ゲームはこのバランスがよくない。もう明らかに技術・知識優先です。ゲームをスタートする段階で、プレイヤーに膨大なテクニックを要求するわけです。基本的な連続技・連係技から始まって、さらに複雑で多段にわたる連続技・連係技をマスターして、対戦におけるフローチャートを徹底的に叩き込む。もう覚えることばっかりですな。覚える覚える覚える覚える覚える。暗記ゲームかっつーの。何か数学の公式でも暗記してるみたい。「試験に出る連続技」とかいって。アルカディアの攻略ムックは数学の参考書か。
 そして問題なのは、こういった知識・技術を持っていないプレイヤーは、持っているプレイヤーには絶対勝てないということ。連続技を満足に使えないプレイヤーはいくら駆け引きがうまくても絶対に勝てません。絶対にだ。もう初心者置き去りです。

*もちろん、これらのことは上級者同士の対戦では当てはまりません。知識・技術が限界まで極まった上級者同士ならば、そこでようやく駆け引きの要素が出てきます。しかし、多くのプレイヤーにとって、そこに至るまでの道のりが非常に厳しく、ゲームの敷居が高くなっているのが現状です。

 うまくなるために知識や技術を身につけていくというゲームのあり方自体は決して間違いではありません。しかし、ここ最近の格闘ゲームは明らかにやりすぎでしょう。ゲームをプレイするために必要な知識・技術が膨大な量にのぼっていて、ほとんど「暗記ゲーム」と化しています。連続技・連係技を覚えて当然、というようなゲーム性は明らかに行き過ぎだと思うのですが。


・連続技の存在意義
 そもそも連続技とは何のために存在するのでしょうか。単純に使っていて気持ちいいから、とかいう自己満足な理由では不十分です。ゲームシステム上でよりゲーム性を高める役目を果たしていなければなりません。わたしは、連続技とは単発技ではなしえないダメージを与えられる攻撃手段をゲーム内に取り入れることによって、よりゲーム性を深める役目を果たしている、と考えます。例えば、単発のダメージしか与えられないゲームの場合、一度体力面で大きくリードされてしまうと逆転することは非常に困難です。しかし連続技があればいちかばちかそれを狙って一発逆転を図ることが可能です。また、スト2タイプの2D格闘の場合、不用意にジャンプで飛び込むことはスキをつくることになって大抵不利ですが、「ジャンプ攻撃から連続技を狙える」となると話が変わってきます。成功率は低くても一度相手のスキをついて連続技が入れば大ダメージが狙える、となればジャンプで飛び込むというリスクをおかす意義が出てきます。
 とまあこのように連続技によってゲーム性に深みが出てくればいいのですが、最近のゲームではどうもそうなっていないようです。最近のゲームでは連続技がほとんど主要なダメージ源で、連続技を入れないとまともにダメージを与えられない。これが大問題です。そもそも連続技がより深いゲーム性を与えられるのは、まず基本に単発技の存在があるからです。基本に単発技によるダメージの応酬があって、はじめて単発技では実現できないダメージを与えることができる連続技の存在に意味が出てきます。それが最初から連続技ばかりでは全く意味がない。はじめから連続技ばかりでゲームが成立しているのなら、連続技によって単発技ではできない大ダメージを与えられる、という連続技本来の意義が全くありません。
 結局のところ、今の連続技というのは本来の連続技の意義が失われており、単にプレイヤーの自己満足を満たすだけの存在となっているといえるでしょう。しかもそれによって無用にプレイヤーに高度な知識・技術を要求する初心者無用のゲームと化しています。

  <余談>
 余談ですが、今述べたように連続技とは単発技でなしえないダメージを与えられる攻撃手段として、ゲーム性に深みを与えるものとわたしは考えています。となると、連続技以外で何か大ダメージを与える攻撃手段をシステムで用意すれば、必ずしも連続技は必要ではないとも言えます。
 実はわたしはこのようなゲームをひとつだけ知っています。サムライスピリッツと言うんですが、このゲームには連続技らしい連続技がありません。では何をもって大ダメージを与えられるかというと、実は単発の通常技です。全体的にダメージが大きいゲームの上、とくに大斬りの威力が尋常ではありません。駆け引きに成功して相手の隙をつけた場合、わざわざ連続技を使わずともひとつの技だけで大ダメージを与えられるわけです。また、連続技がないとなると、それによる爽快感が得られないという欠点が出てきますが、このゲームではそちらもよく出来ていて、とにかく武器を使って相手をぶった斬る爽快感が尋常ではありません(笑)。連続技がない点を完全に補完しておつりがくるほどです。
 このサムライスピリッツ、大人気といって間違いないゲームだったのですが、なぜかこのシステム性が後のゲームに受け継がれなかったのが不思議なところです。

・連係技について
 次に連係技についてですが、こちらの実情も連続技とほとんど変わらないといえるでしょう。連係技とは「複数の技を連続的に繰り出すことによって攻勢を維持する手段」ですが、本来連係技というのは相手との駆け引きによって成り立っています。連係技というのは連続技と違い、連係を構成する技と技の間にスキがあって、読み次第では防御側が相手の連係を抜けることができる。これが連係をめぐる駆け引きです。ところが今の連係技の場合、連係自体が強すぎて抜けることが非常に困難です。一度連係で固められると一方的に攻められ続けてしまう。反撃できないという意味では連続技となんら変わりありません。本来多彩な駆け引きをもたらすはずの連係技が、駆け引きの要素を失っているわけです。
 要は連係技で固めること自体がもはやゲーム性の中心になっちゃってるんですよ。固めあいですね、もはや。いかに強い技で固めて固めてガードを崩して連続技を入れるか、というゲームになってしまっている。

*もちろん、ここでも上級者同士の対戦ならば、ゲームごとにデザインされた防御システムを使って優れた駆け引きが生まれてきます。しかし、そこまでの対戦が出来る人は少数派であり、多くの人はそこまで至らないのが現状です。


・まとめ
 何か好き放題書いてきたのでまとまるのかどうかよくわかりませんが、あえてまとめるとこうなります。




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