<現代RPG批判(1)経験値システム>

2001・7・1

 まず最初に今のRPGの多くが採用している「レベルと経験値による成長システム」(以下「経験値システム」)の問題点にメスをいれてみます。

 先に言っておきますが、この経験値による成長というシステムは必ずしもRPGにとって必要なシステムではありません。プレイヤーキャラクターが成長する要素のないRPGはいくらでもあります。そもそもRPGとは「役割を演じるゲーム」という意味であり、プレイヤーが何らかの役割を演じていればすでにRPGとして機能しているのであって、成長という要素とはそもそも無縁です。

 それでも多くのRPGが経験値システムを採用しているのは、単純に経験値システムそのものに何らかの面白さがあるからです。具体的には、まずレベルをあげて強くなるということ自体にひとつのカタルシスがあること。そしてさらに重要なのは、レベルをあげて強くなることによって、いままで出来なかったことが出来るようになることです。例えば、今まで倒せなかった敵を倒せるようになる。行けなかった場所へ行けるようになる。新しい技や魔法が使えるようになる。etc,etc.
 ところが今のRPGではこの経験値システムが持つ面白さが大きく失われ、逆にレベル上げという行為が苦痛を伴う退屈な作業になっています。レベルというものが、ストーリーを進めることを邪魔する足かせにしかなっていない。なぜこういう弊害が生じているのか。これには大きくふたつの理由があるとわたしは考えます。

(1)レベル上げという行為に戦略性がない
 「レベルを上げる」という行為はゲーム性において非常に重要です。というか、簡単にレベルがあがってはいけません。RPGの元祖として「ダンジョンズ&ドラゴンズ(D&D)」というゲームがありますが、このゲーム、初めのうちはプレイヤーキャラクターが死ぬほど弱いことで有名です。ゴブリンの攻撃が一回当たればまず死亡。もって二発。不用意に戦闘に入ればパーティーの誰かは確実に死ねます。とりあえず戦闘をこなして気軽にレベルアップ、ということはできません。できれば正面きっての戦闘は避け、いざ戦闘に入った場合でも緻密な戦略を立てる必要があります。もうひとつ、「D&D」のコンピュータ版とでもいうべきゲームに「ウィザードリィ」というゲームがありますが、こちらも「D&D」ほどではないにしてもバランスはかなりシビアです。やはり初期のプレイヤーはかなり弱く、強い敵を避けてレベルアップを行う必要があります。また、中盤以降はレベルアップに必要な経験値が膨大になり、なかなか簡単にはレベルアップさせてくれません。戦闘のバランスも全編通してシビアで、ちょっとしたアクシデントでいつでも死ねます。そして死んだキャラクターが確実に蘇生できるとも限らず、苦労して育てたキャラクターが失われることも珍しくありません。シビアな戦闘をこなしてキャラクターを成長させるためには相応のテクニックが必要です。
 つまり「D&D」にしろ「ウィザードリィ」にしろレベルアップという行為自体にゲーム性・戦略性が存在するのです。きちんと戦略を練ってゲームにのぞんで、はじめてキャラクターを成長させることができる。レベルアップさせること自体にテクニックとか戦略とかいうものが必要なのです。今思えば「ウィザードリィ」というゲームは「シビアな戦闘バランスの中で、いかにキャラクターを効率よく成長させるか」ということがゲーム性の中心だといっても過言ではありません。

 ところが今のRPGでは、明らかにこのレベルアップに伴う戦略性が欠けています。戦闘のバランスが非常にぬるく、適当にプレイしてもレベルアップできるというのが実は大問題。しかもこの場合、バランス調整に失敗してぬるくなったのではなく、あきらかに最初から簡単にレベルアップできるようなバランスに設定されています。つまり「誰でも時間さえかければ好きなだけレベルアップできますよ。」というゲームデザインになっているわけです。わたしはこの「誰でも好きなだけレベルアップできる」というゲームデザインがものすごく疑問なのです。適当にプレイして好きなだけレベルアップできるのなら、そこに戦略性は存在しません。それは単なる作業です。わたしは「ウィザードリィ」をプレイしていて経験値稼ぎが退屈だと思ったことはありませんが、これは経験値を稼ぐための戦闘自体がシビアで、きちんと考えて戦略を練る必要があるからです。それに対して今のRPGの経験値システムは「誰でも簡単にレベルアップできる」という間違った方向性のデザインが成されており、結果レベル上げ自体が退屈な作業となっている。これが今のRPGでレベル上げが苦痛をともなう退屈な作業と化している第一の理由です。

(2)経験値システム自体が一本道のストーリーと全く噛み合っていない。
 こちらの問題はより深刻です。
 「RPGに自由度が足りない」といわれて久しいですが、最近では下手に自由度を盛り込むことをあきらめたのか、一本道ストーリーのRPGが主流となってしまいました。
 実はこの一本道の自由度の少ないシナリオ展開というのが経験値システムと噛み合わないことはなはだしい。
 冒頭で経験値システムの面白さとして「出来なかったことが出来るようになる」と書きました。これはひとえにプレイヤーに自由度が与えられてこそ得られる面白さです。初代ドラゴンクエストを考えてみてください。プレイヤーは最初から大地の果てまでいけます。プレイヤーの行く手を遮るイベントというものはフィールド上にはありません。いこうと思えばどこまでもいけます。実際にはいけませんけどね(笑)。
 なぜいけないかというと、ひとえにレベル上の問題です。プレイヤーが弱すぎて道中の敵に勝てないからです。そこでプレイヤーとしてはまず近くで弱いスライムでも倒してレベルをあげてから遠出をしよう、ということになります。
 このように基本的にプレイヤーに自由が与えられていて、レベルによってのみプレイヤーの行動に制限がかかっている。この状態においてはじめて先ほど言った面白さが出てきます。レベルをあげることで行けなかったところへ行けるようになる。倒せなかった敵を倒せるようになる。プレイヤーに自由が与えられているからこそレベルを上げて行動範囲が広がることが嬉しいわけです。
 ところが今の一本道ストーリーのRPGではこのような自由がありません。プレイヤーの行動がシナリオによって制限されています。まずゲームをスタートした時点でプレイヤーの行ける範囲がきまっていて、何らかのイベントをクリアすることで道が開け、新しい場所へ行けるようになる。そしてさらにイベントをクリアしてまた道が開ける。この繰り返しです。実はこのようなゲームの進行形態そのものが大きな疑問なのです。
 このような「シナリオによってプレイヤーの行動が管理されている」RPGにおいては経験値システムの面白さが楽しめません。プレイヤーに自由が与えられているからこそレベルをあげて行動範囲を広げていくことが楽しいのであって、最初からストーリーに沿って行ける場所が制限されているのなら、レベルの存在自体無意味です。それどころかこのような一本道のRPGに経験値システムを採用したことでさまざまな弊害が起こっています。
 まず最初に思い付くのは退屈な経験値稼ぎの必要が生じてしまったことでしょう。プレイヤーに楽しみをもたらすはずのレベル上げという行為が、ストーリーを進める上での足かせになっています。プレイヤーに自由があるからこそレベルを上げて行動範囲を広げていくのが楽しい。それが一本道で行動が制限されているために逆にレベル上げをしないと先に進めないという本末転倒の事態に陥っています。
 弊害はこれにとどまりません。経験値システムとゲームの世界観との矛盾も大きな問題です。皆さんは「敵キャラクターがストーリーに沿って弱い敵から強い敵に都合よく並んでいるのがおかしい」と思ったことはないでしょうか。これは一本道のストーリーで経験値システムを採用してしまったがために起こった最大の矛盾です。(注1) これ以外でも「魔王がいまにも世界を征服しようとしているのにプレイヤーはのんきにレベル上げをしている」とか、いろいろあげればきりがありません。

(注1)実はこの矛盾は自由度の高いRPGでも一応存在するのですが(初代ドラクエでも、なぜラダトームの近辺にはスライムしかいないのに遠くにいくにつれ強い敵が出現するのかという疑問は残る)、しかしプレイヤーに自由度が与えられプレイヤー自身の意志で行動しているがためにその違和感は最小限にとどめられています。

 しかしこれらの弊害の中で最大の問題は、ずばりゲームバランスの問題です。皆さんはいろんなRPGでバランスがいいとか悪いとかよく論じられていますが、一体なにを基準にバランスの善し悪しを判断しているのでしょうか。このような一本道のRPGにおいて、はたしてバランスが存在しているのかはなはだ疑問です。プレイヤーが好きなだけレベルアップして戦力を増強できるのに厳密なバランスなど取りようがありません。いくら適度なバランスを設定したかに見えてもプレイヤーによってどこまでレベルアップするかは千差万別ですから、完璧なバランス調整などそもそも不可能です。
 従来のRPGにおいてこのようなバランスの問題が起こらなかったのは、ひとえにプレイヤー自身が自分のレベルに合わせて自由に行動しているからです。初代ドラクエを例にとるとこんな感じ。
 「まだ自分は弱いのでまずはスライムを倒して実力をつけよう。すこし強くなったからちょっと遠出してみよう。さらに強くなったからもっと遠くの町に行ってみよう。もうかなり強くなったから今まで攻略できなかったダンジョンを攻略しにいこう。とうとうドラゴンも倒せるようになった。ではそろそろ姫さんを助けにいこう。ついに竜王を倒せそうなほどに強くなった。いよいよ最終決戦にいこう・・・」
 このようにプレイヤー自身が自らのレベルに合わせて自由に行動している限り、バランス上の問題は起こりえません。というか、勝手に回避されています。それが一本道のストーリーでプレイヤーの自由度を奪ってしまったばかりに本来RPGで起こりえるはずのないバランス上の問題まで起こるようになってしまったのです。

 結論としては、一本道のRPGにおいて経験値システムを採用すること自体がそもそも間違っているのですよ。シナリオのフラグ立てでプレイヤーを管理することをやめ、もっとプレイヤーに自由度を与えて経験値システム本来の面白さを取り戻すべきでしょう。
 あるいは、あくまで一本道でストーリーを見せることにこだわるなら、いっそ経験値システムを無くすべきです。純粋にプレイヤーの技量のみでゲームを進めるほうがよほどすっきりします。アクションゲームやシューティングゲームのように。

・まとめ
 以上で経験値システムに関する話は終わりです。最後にこの意見の主旨をまとめておきます。




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