<現代RPG批判(2)戦闘以外のシステム>

2001・7・3

 さて次にRPGにおける「戦闘以外のシステム」の在り方について論じようとおもいます。
 ・・・というか、今のRPGには戦闘以外のシステムがほとんどありません。ほぼ戦闘だけにシステムが集約されています。戦闘しかやることがないんですよ、今のRPGは。なぜ戦闘以外の部分でまったくゲーム性が見られないのか。
 例えばダンジョンの攻略ひとつとってもそうです。そもそもダンジョンというのは大抵は敵の本拠地、そうでなくともモンスターの巣窟ですから、そこへ何の準備もなしに踏み込むことは大変危険です。事前に盗賊あたりに下調べさせるか、あるいは人々からできる限りの情報を集め、できればダンジョンのマップを手に入れたいところです。そしていざダンジョンに潜入となれば、そこは危険に満ちた敵の本拠地・巣窟ですから、できる限り慎重に行動しなければいけません。マップをたよりに危険の少ないルートを選び、できれば余計な戦闘は避けるべきでしょう。トラップや仕掛けにも注意が必要です。トラップというのは侵入者を排除するためにあるのですから、それに引っかかれば普通は死にます。細心の注意が必要ですね。ここでも盗賊の活躍に期待しなければなりません。そしてダンジョンを慎重に進んでいざ目的を達したら、あとはすみやかに帰還するだけです。
 ところが今のRPGではこのあたりの戦略がまったくゲーム化されていません。今のダンジョンは一体なんなんですかね。適当にダンジョン全体を回って宝箱を回収するだけ。トラップや仕掛けといっても、なんだか小学生でも解けそうな幼稚なパズルじみた仕掛けがあるだけ。バカじゃないの? そもそもダンジョン全体を回って宝箱を回収するという構造自体に戦略性が感じられませんね。それは宝箱回収という単なる作業でしょ。戦略性ゼロ。
 ダンジョンの構造だけではありません。全体的に戦闘以外で考えることがまるでないですね。今のRPGで戦闘以外で死んだことありますか? もうあきらかに戦闘のみにゲーム性が集約されています。

 いいですか、そもそもRPGというのは戦闘ゲームではありません。ここでまたRPGの元祖であるD&Dに登場してもらいますが、このD&Dというゲーム、もともとがウォーシミュレーションゲームだったこともあって戦闘中心のルール構成で、確かに戦闘以外のルールはそもそもありませんでした。ではD&Dは戦闘ゲームなのかというと、必ずしもそうではない。なぜかというとD&Dではとにかく初期のプレイヤーが弱く、死にやすい(死にやすかった)。そのため、とにかく戦闘を避けるように行動するとか、いざ戦闘に入るにしても絡め手から攻めるとか、そういった戦闘以外での立ち回りが非常に重要なのです。また、D&Dのルールではダンジョンから宝を持ち帰るだけで経験点がもらえるため、必ずしも戦闘を行う必要もありません。(実はこの「ゲームを進めるために必ずしも戦闘する必要がない」というのはゲーム性において非常に重要です。)
 さて、このようにD&Dにおいては戦闘以外での立ち回り・戦略といったものが重要なのですが、反面その戦闘以外の部分を判定するルールが無いという欠点もありました。そのため戦闘以外の部分も重要でありながら、肝心の判定はほぼマスター(進行役)の裁量にまかせざるを得ないという問題があったわけです。
 そこで、D&D以後に登場したRPGの中には、戦闘以外の判定ルールを最初から備えた作品が生まれてきます。そのもっとも初期の作品が「トンネルズ&トロールズ(T&T)」で、この作品は「セービングロール」という、あらゆる行為判定をキャラクターの能力値に基づくひとつのシステム体系の中で処理するシステムを備えています。そしてこれ以後のRPGでは戦闘以外の行為判定(一般行為判定)を行うシステムを多くの作品で備えるようになります。
 このようにRPG(テーブルトークRPG)では戦闘以外の部分にもちゃんと行為判定のルールが存在し、すなわち戦闘以外でもゲーム性が存在するわけです。というか、そもそも戦闘を特別扱いするのがおかしいのであって、戦闘はあくまでゲームの一部、実際にはゲーム全体に等しくゲーム性が存在していると考えるべきでしょう。

 ところが、今の国産のコンピュータRPGでは戦闘以外でゲーム性がまるで感じられません。ゲーム雑誌やネット上でのRPGの紹介記事やレビュー記事を見ても「ストーリーは・・・、グラフィックは・・・、そして戦闘システムは・・・」というような書き方をされてる。システム=戦闘なんですかね? 戦闘以外にシステムと呼べるものはないというのか?
 ・・・まあ確かに戦闘以外にシステムが無いんですね。明らかに戦闘にシステムが集中していて、戦闘以外で考える要素がまったくない。何度でも言いますが、今のRPGで戦闘以外で死ぬことがありますか?

 で、ここからが本題。このように戦闘のみにゲーム性が集中してしまったがために、今のRPGは全くつまらなくなってしまいました。一言でいえば「戦闘ゲーム」になってしまった。イベントを見てストーリーを進める以外ではただひたすら戦闘を繰り返すだけ。戦闘戦闘戦闘戦闘戦闘戦闘戦闘戦闘戦闘戦闘。戦闘の合間にストーリーイベントをぼーっと見て、あとはまた戦闘戦闘戦闘戦闘戦闘・・・。あほかっつーの。ファンタジーのRPGだと主人公たちは大抵「冒険者」なんだけど「冒険」してないよなあ。「戦闘マシーン」じゃないの? さもなきゃ「モンスター殺戮マシーン」か。
 実際ほんと今のRPGは戦闘以外にやることがないんですよ。そもそも完全に一本道なストーリー展開で自由度が少なく、戦闘以外ではゲーム性があるどころか自由な行動すらできない。戦闘以外ではただストーリーを進めてぼーっとイベントを見るだけ。もう完全に戦闘自体が「ゲーム内ゲーム」と化しているんですよ。一本道で自由度のないゲーム進行の中で、唯一戦闘しかプレイヤーの意志の介入できる場がない。そして戦闘自体はストーリーを進めるための「ミニゲーム」と化しています。戦闘という「ゲーム内ミニゲーム」をクリアした者がストーリーを先に進める権利を得る。そんな感じのゲームデザインです。

 まあ今のRPGが目指しているものが「戦闘」のみであるならこれでも文句は言いません。でもそうではないでしょう? わたしの見る限りでは今のRPGだってファンタジー世界での壮大な物語とか、血涌き肉踊る冒険とか、そういった昔と変わらないものをテーマにしている。それなのにゲーム性が戦闘のみに片寄っているのはおかしい。例えばファンタジー世界での冒険をテーマにしているのなら、その「冒険」自体をゲームにすべきです。「冒険」=「戦闘」では無いでしょう。なぜその「冒険」部分をゲームにしないのか。
 例えばですね・・・今のRPGでは戦闘以外でまったく経験値がもらえない。わたしはこのことにとても強い不快感を覚えるのです。トラップや仕掛けを回避しても経験値はなし。宝物を首尾よく手に入れても経験値は入らない。イベントをクリアしても経験値は一切入らない。これおかしくないですか? プレイヤーは冒険者でしょう。ならば冒険を通じて何らかの経験値が入らないとおかしい。戦闘でしか経験値が手に入らないというのはどう考えても納得がいかない。戦闘さえ強ければ冒険者としてレベルが高いとでもいうのか。
 冒頭のD&Dの説明の中で「D&Dでは宝を持ち帰るだけで経験点が得られるから、必ずしも戦闘をする必要は無い」と書きましたが、これはわたしに言わせれば当たり前のことです。D&Dの冒険というのは宝を得るのが最大の目的で、冒険者としてその目的を達成したのだから経験値が入るのが当然。逆に冒険者の目的は戦闘では無いのだから、必ずしも戦闘をする必要がないようにゲームデザインするのも当然です。非常にストレートでわかりやすいゲームデザインといえるでしょう。逆に今のRPGはプレイヤーの冒険をテーマにしながら戦闘をやらないと先に進めないという、ゆがんだゲームデザインになっているといえます。

 しかし、なぜここまで戦闘のみにゲーム性が片寄ってしまったのか。わたしは、これは国産のコンピュータRPGが辿ってきた歴史そのものに原因があると見ています。コンピュータRPGの元祖に「ウィザードリィ」というゲームがありますが、結局そのウィザードリィから何も変わってないのではないか・・・というのがわたしの見方です。
 ウィザードリィはもともとD&Dの戦闘部分の面白さをコンピュータゲーム化する、という基本コンセプトがあり、そのためゲームデザインはダンジョン探索と戦闘に特化されていました。とにかく戦闘とダンジョン探索にゲーム性が集中した、非常にシンプルなゲームだったのです。そしてこのゲームを元祖として、ストーリーや演出、あるいは戦闘システム自体がどんどん進歩したRPGが日本でもデザインされるようになり、RPGというジャンルが発展してきました。ところが、一見「発展」してきたように見えて実はRPGはほとんど変わっていません。ウィザードリィの戦闘に特化したゲームデザインをいまだに引きずっています。ウィザードリィのゲームデザインがダンジョン探索と戦闘のみであるのは、ひとえに最初からD&Dの戦闘部分をコンピュータゲーム化しようというコンセプトあればこそ。しかし今のRPGは決してこのような戦闘ゲーム的なデザインではなく、むしろストーリーや世界観を重視しています。にもかかわらず、今だにシステムは戦闘主体のまま(これが重要)。ある意味、今のRPGはウィザードリィ的な戦闘ゲームにストーリーが加わっただけともいえるでしょう。いや、最近はストーリーの方が重視されるみたいだからむしろ「ストーリーを見せることが中心で、それに戦闘ゲームが加わっているだけ」と言ったほうが正しいのか。

 前の方でわたしは戦闘が「ゲーム内ミニゲーム」と化していると書きましたが、その原因はどうもこのあたりにありそうです。結局これはゲームデザイナーの怠慢だと思いますね。ゲーム全体を見据えてゲームをデザインしようとせず、ストーリーはストーリー、戦闘システムは戦闘システムと部分部分のデザインを変えていってるだけ。その結果が戦闘以外のゲーム性の欠如と戦闘のミニゲーム化。今のRPGはストーリーと戦闘システムがすげかわっているだけであとはどれも全部同じだな。そう思いません?


・まとめ
 また今回も文句をたらたら言うだけの支離滅裂な文章を書いてきたために、果たしてまとまるのかわかりませんが、あえてまとめるとこうなります。




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