<現代RPG批判(3)戦闘システム>

2001・7・5

 前の章で今のRPGは戦闘以外のシステムがないと散々文句を言ってきましたが、ここではその戦闘システムについていろいろ書いてみます。
 実際今のRPGには戦闘以外にシステムらしいシステムがないわけですが、逆にいえば戦闘システムだけは力をいれているわけです。新しいRPGがリリースされるたびに戦闘システムはまず話題にのぼりますし、そういったユーザーの期待に沿う形で各作品とも凝った戦闘システムをデザインし続けてきました。そのためにいまではかつてのウィザードリィやドラクエの戦闘システムが非常にシンプルなものに感じられるほどです。
 では今のRPGの戦闘システムが、そのような度重なるディベロップメントを経て、ゲーム性の高いものになっているかというとこれがとんでもない(笑)。まったく戦略性が無くなってきているように見えます。むしろウィザードリィやドラクエのほうが戦略性が高いのではないか? ここでは今のRPGの戦闘システムの問題点についてあれこれ書いていこうかと思います。具体的には、大きく分けて3つの問題点があると考えます。

(1)プレイヤーに与えられるリソースの量が厳密でない。
 まず第一にリソースに関する問題をあげたい。わたしはマジックザギャザリングをプレイするようになってリソースという言葉を知ったのですが、これは要するにプレイヤーの持つ資産・資源といった意味です。プレイヤーの持つアイテムやお金はまさに「資産」ですし、レベルやHPやMPといったものもリソースに含まれます。
 で、問題なのは今のRPGにおいてこの「リソース」の扱いが非常におざなりではないかということです。
 そもそもリソースというものはゲームバランスにおいてとても重要です。リソースがプレイヤーに与えられすぎてもいけないし、その逆でもいけない。例えばバランスがいいとよく評価されるローグ系のRPGである「トルネコの大冒険」ではプレイヤーが入手できるアイテムや経験値の量がうまく設定されています。このゲームは迷宮内で入手できるアイテムと経験値のみでゲームを進めねばならないのですが、例えば手に入るアイテムや経験値が多すぎて誰でもゲームがクリアできるようならゲームとして成立しえないわけです。逆にアイテムや経験値が全然手に入らなくて誰がやってもクリアできないというのでもダメ。プレイヤーに与えられるアイテムや経験値の量がうまく設定されているからこそ、「限られたアイテムをいかにうまく使うか」「いかに効率よく経験値を稼ぐか」というところでプレイヤーの技量が問われ、ゲームとして成立するわけです。
 もちろん、ローグ系のRPGである「トルネコ」と一般のRPGではゲーム性が異なるため、単純に比較はできません。しかし、「プレイヤーに限られたリソースが与えられ、それをいかにうまく使ってゲームを進めていくか。」というゲーム性の根幹部分は同じはずです。例えば「ウィザードリィ」ではプレイヤーの使用できる魔法がレベルによって厳しく制限されているため、それらを効率よく使って迷宮探検を進めなければなりません。そして一旦魔法が尽きたら即本拠地である城に帰還して態勢を立て直す必要があります。
 ところが今のRPGでは先ほども述べた通り、とにかくこのリソースの扱いがおざなりです。一言でいえば、「魔法使いほうだい、アイテム使いほうだい」です。そもそも使いきれない ほどのマジックポイント(MP)を持っている、という時点でおかしい。例えば一回の冒険行で使い切れないほどのMPを持っていて、かつプレイヤーキャラクターが回復魔法を修得している場合、あまり考えることがないですね。回復魔法使い放題だから。適当に戦ってひたすら回復しつつ進めばいいだけ。せいぜいボス等の強敵との戦いで、一度に大量のダメージを与えてくる攻撃(要するに全体攻撃)に対して、いかに全滅しないように回復するかを考えるくらい。単純な作業ですよ。
 これに加えてアイテム使い放題、というのもさらに大問題。そもそもすべてのアイテムを99個ずつ持ち歩けるということ自体おかしい。ゲームバランスというものを何だと思っているのか。 しかもそのアイテムのなかでHP全回復とか、回復魔法と同等の効果のものまであったりする。もはや回復魔法すら覚えなくていい、ということですか? ドラクエで回復アイテムが「やくそう」しかない、っていうのはちゃんと意味があるんですよ。
 それともう一つ、どうしても納得いかない点。それは「ステータス異常」の扱いについて。そもそもステータス異常というのは非常に危険な状態のはずです。なぜならそれを回復する手段が限られているから。「ウィザードリィ」なんかだと、「毒」「麻痺」「石化」などのステータス異常を回復する魔法が限られているため、それらを修得していないときは大急ぎで城に帰らないといけない。まして、「死亡」状態に関しては確実に回復する手段すらないため、そもそも死なないように細心の注意を払って行動する必要があります。ところがですねー、今のRPGではステータス異常を簡単に回復できてしまう。アイテム一発で回復できるんならステータス異常の意味ないだろ! 何のためのステータス異常なんだか。しかも戦闘不能(死亡)状態までアイテム一発で回復したりするし。アイテム一発で回復できるんなら麻痺も石化も戦闘不能も全部同じなんじゃないの?

 見方を変えれば今のRPGの戦闘というのはとりあえずリソースは使い放題で、ひとつひとつの戦闘をいかに乗り切るか、ということに焦点が絞られているといえるでしょう。つまりひとつの戦闘で全体攻撃やステータス攻撃をいかにしのぐか、ということのみにゲーム性が集中している。ゲーム性自体が非常に単純なものになっています。

(2)プレイヤーのとりえる行動に戦略上の必然性が感じられない。
 そして第二の問題。これは単純に戦闘自体の戦略性の低さです。具体的には、プレイヤーが戦闘中にとれるひとつひとつの選択肢に、どうも意味を感じられないものが多いということ。
 例えば魔法・・・それも攻撃魔法については、どうもあんまり存在意義を感じないんですよ。たとえばマジックポイント(MP)制のゲームの場合、わざわざMPを消費して攻撃魔法を使うわけですから、MPを消費しない直接攻撃をはるかに越える効果がないと使う気になれません。直接攻撃だけで敵を倒して、回復魔法でHPを回復したほうがMPの消費が少ないのなら、攻撃魔法の存在意義は全くないわけです。
 例えばあるRPGで、ある回復魔法のMP消費量が3で、ある攻撃魔法のそれが12だったんですが、この場合その攻撃魔法を使うことで4回の回復魔法を使うより得をしなければその攻撃魔法を使う意味はないわけです。実際どうだったかというと、その攻撃魔法はあまりに性能が悪くて4回分どころか1回分の回復魔法にすら及ばなかったため、使うことは全くありませんでした。
 これが攻撃魔法と回復魔法を使えるキャラクターが違うとか、あるいは魔法がMP制ではなく回数制で魔法ごとに個別に使用回数が定められている、という場合多少話が変わってきますが、しかし根本的にはあまり変わりません。つまり、何の使用制限も持たない直接攻撃で簡単に敵を倒せるのならわざわざ攻撃魔法を使う意味はないということです。
 そもそも攻撃魔法の存在意義とは何でしょうか。わたしは「攻撃魔法がないと先に進めない、直接攻撃だけでは敵を倒せない」といった状況ではじめて攻撃魔法の存在意義が出てくると思うのです。具体的には以下の二つの状況のどちらか。
(1)攻撃魔法でないと倒せない敵が存在する。
(2)直接攻撃でも一応倒せるが、その方法だと味方の被害が甚大となるため、攻撃魔法で効率よく倒さざるを得ない。
 先ほどから例にあげている「ウィザードリィ」だと(2)のケースがあてはまります。ウィザードリィでは敵1グループにつき最大9体、4グループで最大36体の敵が登場するため、このように大量の敵と遭遇した場合、直接攻撃でいちいち倒していたのではらちがあきません。複数攻撃できる攻撃魔法で一掃する必要があります。またウィザードリィにはパーティー全体にダメージを与えてくる攻撃魔法やあるいはブレスなどの特殊攻撃を仕掛けてくる敵が結構いて、そのような敵が大量にあらわれた場合、一刻も早く攻撃魔法で一掃しないとひとたまりもありません。実際ウィザードリィを攻撃魔法なしで進めることは非常に困難で、ほとんど不可能といってもいいくらいです。
 とまあこのように「攻撃魔法なしでは先に進めない」という状況があってこそはじめて攻撃魔法に存在意義があるのです。ところが今のRPGではそこまで徹底的なバランス調整がなされておらず、適当な攻撃手段だけで敵を倒していけるケースがほとんどです。もちろん問題は攻撃魔法だけではありませんよ。攻撃魔法も含めて、戦闘中にとれる選択肢にあまり意味のないものが多すぎるように思えるのです。もう一つ例をあげればアイテムについてもそうかな。アイテムの中に特定の魔法とまったく同じ効果を持つものが登場するゲームが結構ありますが、全く同じ選択肢をふたつ用意して一体どんな意味があるんでしょう。どちらかひとつが全く不要な気がするんですけど。しかも最近ではすべてのアイテムを99個まで持ち歩けてしかも回復魔法と同じ効果のものまであったりして、もはや回復魔法すらいらないということですか?・・・ってさっきと同じこと書いてますね(笑)。
 もちろんすべての選択肢に厳密に意味をもたせろ、とまではいいません。ウィザードリィだってまるで使えない呪文は結構ありますしね。ただ、最近のRPGはこのあたりの作り込みがあまりにおざなりなような気がします。この選択肢ならでは、という必然性が弱いんですよ。その結果、適当にプレイしても先に進めてしまうという「ぬるゲー」になってしまっている。まあ次にいうようにバランスそのものも明らかにぬるいんですが。

(3)バランスがぬるすぎる。
 最後に第三の問題。これは単純にバランスのぬるさです。敵が弱すぎてゲームになってないゲームが多すぎる。適当にプレイしても簡単に敵を倒せて簡単にレベルがあがってしまう。現代RPG批判(1)でも書きましたが、とにかく簡単にレベルがあがってはいけません。「いかにレベルをあげるか」というところに何らかの戦略性がなければゲームにならない。
 なんでも最近は「○ボタン押すだけでクリアできる」とか「戦闘中に寝てしまう」とかいう話を聞きますがここまでくるともはやぬるゲーの極地です(笑)。

 ここでようやくまとめに入りますが、わたしが今のRPGの戦闘で思うことは「考える要素があまりにも少なくなっている」ということです。魔法もアイテムも使い放題、戦略性自体も少なく、バランスは超ぬるゲー。こう考えると一体なにが面白いのかさっぱりわかりませんね。ひょっとすると今のRPGの戦闘は戦略性以外の面白さを求めているとか? たとえば適当にボタン連打で敵を倒してストレス解消とか。さもなくば魔法とかのエフェクトのグラフィック鑑賞とか。あとはキャラ萌え的要素か。好きなキャラが動いたりしゃべったりするのをみて喜ぶとか。・・・ストレス解消。グラフィック。キャラクター・・・どれもゲームが本来持つべき戦略性・ゲーム性とは全くかけ離れています。今のRPGの戦闘はプレイヤーの自己満足のために存在しているといっても過言ではないのかも。
 では最後に恒例のまとめをおいて終わりにします。




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