<現代RPG批判(5)まとめ〜今のRPGは「戦闘システムつきストーリー鑑賞ゲーム」だ>

2001・7・9

 さて、ここまで様々な側面から今のRPGに対する不満点を列挙してきました。この章ではそれらの不満点をまとめ、今のRPGの問題点を集約していきたいと思います。

 ここまでの4章では、RPGの一つ一つの部分部分に対する不満を書いてきたわけですが、しかしわたしはそういった個々の部分に対する不満よりも、むしろ今のRPGの全体的なゲームデザインに非常に不満を感じます。もう何というか、ゲームデザイン全体がRPGとして間違った方向性に向かっていて、完全に歪んでしまっている。具体的には、今のRPGはもはやRPGではなく、「戦闘システムつきストーリー鑑賞ゲーム」になってしまっているのです。


・戦闘しかやることがない?
 今のRPGをプレイして毎回のように感じるのは、とにかく「戦闘しかやることがない」という点に尽きます。いや、本当に戦闘しかやることがないんですよ。現代RPG批判(2)でも書きましたが、戦闘以外でやることはイベントをぼーっと見てストーリーを進めるだけ。ゲーム的に戦闘しかやることがない。今のRPGって「オープニングイベント戦闘戦闘戦闘イベント戦闘戦闘戦闘戦闘イベント戦闘戦闘戦闘ミニゲーム戦闘戦闘イベント戦闘戦闘戦闘ムービー戦闘戦闘戦闘イベント戦闘戦闘ラスボスエンディング」という感じですか? 完全に「戦闘ゲーム」と化しています。
 「戦闘ゲーム」であることが必ずしも悪いというわけではないです。「ウィザードリィ」だってやることは戦闘と迷宮探索のみ。しかしウィザードリィは、最初からD&Dの迷宮探索と戦闘部分のおもしろさをコンピュータゲーム化しようというコンセプトのもとに作られています。つまり、はじめから「迷宮探索と戦闘のおもしろさ」を楽しむことがコンセプトなのだから、ウィザードリィが戦闘ゲームであるのはむしろ「当たり前」なのです。
 ところが今のRPGは、必ずしも戦闘のみを楽しもうというコンセプトで作られているとは思えません。ストーリー的に見ても、戦闘が物語の中心とは思えない。それなのに、なぜゲーム性が戦闘にのみ集中しているのか。これが今のRPGに対する最大の疑問なのです。
 今のRPGで・・・まあ何でもいいんですがオーソドックスなファンタジーRPGを思い出してください。主人公達は必ずしも戦闘中心の生活を送っているわけではありません。ストーリー的に言っても主人公達は冒険者だったり、何らかの事態に巻き込まれて冒険に出るケースがほとんどです。「冒険」=「戦闘」ではないですよね。ではなぜ、その「冒険」そのものをゲームにしないのか。ダンジョンの探索。情報収集。人々との会話・交渉の駆け引き。冒険資金の確保。フィールド上の長い旅をいかに乗り切るか。などなど、いくらでもゲーム化する要素はあると思うんですが。
 それとも、最近のRPGでは「ゲーム部分=戦闘」であることが暗黙の了解なのか? ほかのゲームレビュー系のサイトを見ても自分と同じこと考えてる人ほとんどいないし(笑)。もう「RPGのシステム=戦闘」というのが当たり前なのか。

(余談)
 これは完全な余談ですがね、ドラクエ7をプレイした人はちょっと目を通してほしい。ドラクエ7では、まずプレイを開始して2・3時間くらいは戦闘が発生しません。その後も、(多少ネタバレになりますが)2つある世界のうち1つではほとんど戦闘が発生しません(フィールド上に敵がいない)。その分、石版集めに代表される様々な謎解きや、人々とのヴァリエーションあふれる会話や3Dマップを駆使した町や村の探索、そして一見システムとは無関係に見える仲間との会話など、戦闘以外でのおもしろさが全体に散りばめられていて必ずしも「戦闘ゲーム」にはなっていません。
 で、わたしはこのようなデザインこそRPGの本来の在り方だと思うのですが、ネット上で意見を見渡す限り必ずしも皆さんそうは思わないようですね。特にゲーム開始から2・3時間戦闘がないことについての批判がかなり多かったように思えます。
 わたしとしてはなぜそれが批判されるのかさっぱりわからないんですが、ひょっとしてもう今のRPGプレイヤーは「戦闘」にしかカタルシスを見いだしていないのかと考えるとなんとも寂しい限り。


・「ゆがんだゲームデザイン」とは何か
 さて、このようにゲーム部分が戦闘に片寄った結果、RPGのゲームデザイン全体がゆがんできてしまいました。ここでは、この「ゆがんだゲームデザイン」について具体的に説明します。
 今のRPGでは戦闘にゲーム性が集約された結果、戦闘以外でプレイヤーを成長させる手段がありません。戦闘をこなさないと経験値がもらえないわけです。これがウィザードリィのように始めから戦闘がゲームの中心であるならいいんですが、今のRPGのようにゲームの中心が別にある場合だとこれが大問題。
 わたしがあるRPGをプレイしていた時に、敵の要塞に潜入するイベントがあったんですよ。というか、こういったイベントはどんなRPGでもよく見られます。それでこの場合ストーリー的な観点から見れば、敵に見つからないように要塞内部の目的地まで達するのが最善の選択のはずです。ところが、実際には敵を倒して経験値を稼いで成長させないといけません。ゲームの上ではストーリーを無視して敵を倒していくのが最良の選択なのです。つまり、「ストーリー的には敵を避けていくのが最良の選択のはずなのに、ゲーム的には敵を倒して経験値を稼がなければならない。」というゆがんだ状況が起こっているのです。ストーリー上の目的とゲーム上の目的が一致していない。そしてこれこそがまさに「ゆがんだゲームデザイン」です。
 いまあげた「敵の要塞への潜入」というイベントはあくまでひとつの例にすぎません。実際には、今のRPGには全編にわたってこのようなゆがみが見られます。ストーリー的に「なぜ戦闘しなければならないのか」というシーンがとても多い。
 もうひとつ例をあげましょう。「病気にきく薬草がダンジョンの奥に生えているからそれを採ってきてほしい。病人が危篤で一刻を争うからとにかく急いでほしい」というお使いイベントがあったとします。というか、こういったイベントはRPGでは全然珍しくありません。この場合、ストーリー的にはとにかく急いで薬草を手に入れて一刻もはやく帰還することが最善の行動のはずです。したがって、その最善の行動を成したときに、ゲーム的にも最大の見返りがないとおかしい。ところがどうでしょう。実際にはいくら途中の戦闘を避けて全速力で帰ってきても経験値は1ポイントももらえません。それよりもストーリーを無視して途中でひたすら戦闘をこなして経験値とお金を稼いだほうがゲーム的には有利なわけです。おかしいと思いませんか?
 というか、なんで戦闘以外で経験値が得られないんだ? ストーリー上の目的が戦闘ではないにもかかわらず、ゲーム的にはひたすら戦闘をこなさないと先に進めないというゆがんだ構成。今のRPGはこのゆがんだ構成に満ちています。


・「戦闘システムつきストーリー鑑賞ゲーム」とは?
 ここまで読まれた方はもうこの章のタイトルの意味するところはおわかりだと思います。そう、今のRPGを「戦闘システムつきストーリー鑑賞ゲーム」といった理由。それはゲーム性が戦闘に片寄った結果、戦闘という要素が半ばゲーム本編のストーリーの目的からかけ離れてしまい、ほとんどゲーム本編に付属する「ゲーム内ミニゲーム」と化しているからです。
 なぜこのようなことが起こったのか。わたしに言わせれば、これはウィザードリィや初期のドラクエのようなシステム指向の強いゲームから戦闘部分のみをゲームシステムとして取り出し、それに安易にストーリー要素を加えただけでゲームを作ってきたゲームデザイナーの怠慢にあります。つまり今のRPGはウィザードリィ的な戦闘ゲームにストーリーイベントがくっついているだけともいえるでしょう。いや、最近はストーリー指向だからむしろストーリーを見せることが中心で、それに戦闘ゲームがくっついているのか。まあ、どっちにせよ同じことですね。
 まあ理由はともかく、このように今のRPGが「戦闘システムつきストーリー鑑賞ゲーム」になってしまったために、まったくおもしろくなくなってしまいました。具体的には、ひとつのゲームのなかにふたつのパートがあるような感じですね。ストーリー部分とゲーム部分。ストーリー部分がメインとするならばゲーム部分(戦闘)はそれに付属するミニゲーム状態。そしてその戦闘以外にやることがない。戦闘以外にやることといえばキャラクターの移動と、作業的な人々との会話による情報収集、それとダンジョンでパズル的な仕掛けを解くことぐらい(これもミニゲームっぽい)。あとはストーリーイベントをぼーっと見るだけ。ああ、こうやって書くと今のRPGってなにがおもしろいのかさっぱりわかりませんね(笑)。


・戦闘に関する不満
 そしてさらに問題なのは、その戦闘までがまったく面白さを感じないことです。戦闘しかやることがないのに、その戦闘まで面白くなかったら、あとに何が残るのか(笑)。
 戦闘システムの問題点については現代RPG批判(3)でくわしく語っているのでそちらを読んでいただきたいのですが、ここで改めてもう一度まとめていえば、「戦略性が少なく、適当にプレイしても先に進めてしまう。」という一点につきます。もうHPとステータスの管理しかやることがないんですよ。通常攻撃と回復魔法だけですべてOK(笑)。20年前のゲームであるウィザードリィのほうが戦略性が高いとは何事だ。
 それと、もうひとつ。あの長すぎる戦闘演出は勘弁してください。ただの魔法のエフェクトに10秒も20秒もかけるとは何事だ。そもそもなぜ戦闘シーンで意味もなくポリゴンを使う? システム派のゲーマーをなめるのもたいがいにしてほしいです。


・そのた、もろもろのこと
 これ以外にも経験値による成長システムがまったくゲームの楽しさに結び付いていないばかりか、経験値稼ぎという苦痛をプレイヤーに与えているとか(現代RPG批判(1))、ゲーム的なお約束が多すぎてまったくストーリーにのめりこめないとか(現代RPG批判(4))あまりにも不満点が多すぎます。まあこれらの原因はさかのぼればすべて「戦闘システムつきストーリー鑑賞ゲーム」であることに端を発するのですが、それにしてもここまで問題が広がりすぎるともうちょっとやそっとの工夫では改善するのは難しいでしょう。今のRPGはゲームそのものをいちから作りなおすぐらいの徹底的な改革が必要だと思います。


・まとめ
 では恒例の、これが本当に最後のまとめです。




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