<現代RPG批判(9)ダンジョンの「ミニパズル」>

2003・9・10

 まだまだ続く現代RPG批判、今回はRPGプレイの中心である「ダンジョンの攻略」について考えてみたいと思います。

 実は、日本のRPGにおいて、ダンジョンの攻略とは「ミニパズル」ともいえるダンジョンの仕掛けを解くことに集約されています。皆さんのRPGのプレイを思い出してほしいんですが、ダンジョンでやることといえばまず(1)エンカウント式の戦闘をこなすこと、そしてもうひとつが(2)「ダンジョンに仕掛けられたパズル的な仕掛け」を解いて先に進むこと、このふたつがほぼプレイの中心だと思います。
 しかし、この「ダンジョンに仕掛けられたパズルを解く」という行為の意味が全くわかりません。というか、RPGにおいてなぜパズルなどを解かなければならないのか。我々はパズルを解くためにRPGをやっているわけではないのです。その意味ではRPGにおけるミニゲームの問題と同じことが言えます。


・そもそも「ダンジョン」とは何か?
 そもそもRPGにおいて「ダンジョン」というものは一体何なのか。今の日本のRPGだと、ダンジョンは単にパズル的な仕掛け(と、宝箱)があるほかは通常のフィールド画面とほとんど変わりません。そして「パズル」というものは、ゲーム本編のシステムとは関係ない、いわば独立したミニゲーム的存在です。これではダンジョンである意味がほとんどない。

 ダンジョンには侵入者を排除するために作られた仕掛けが存在するのが普通です。日本のRPGではこの仕掛けの部分が「ミニパズル」という形で表現されているわけですが、本来ダンジョンの仕掛けとはこのようなものではない。ダンジョンの仕掛けとは侵入者を冷酷に排除する「罠(トラップ)」ですから、そのような小学生でも解けそうなパズルではなく、より精巧に緻密に作られているはずです。当然、これに引っかかればただでは済みません(普通は死ぬでしょう)。

 そして、プレイヤー側がこのようなトラップに対抗するためには、まずはダンジョンの構造をあらかじめ知っておくこと。つまり、下調べと情報集めです。近隣の人々からできるかぎりの情報を聞き出し、あるいは事情に詳しい情報屋からカネで情報を買う必要もあるでしょう。ダンジョンの詳しいマップが手に入れば言うことはありません。あらかじめ偵察隊を派遣して下調べ、という手もあります。
 よくよく考えれば、敵の本拠地であるダンジョンに何も知らずにいきなり侵入するというのはかなり無謀です。日本のRPGはこのあたりの戦略性が非常に乏しい。

 そしてもうひとつの対抗策は、そのようなダンジョンのトラップに直接対抗できる人材を用意すること。すなわち盗賊です。
 そもそも、盗賊とはダンジョンの仕掛けを突破するためのスペシャリストです。ここでファンタジーRPGでよく見られる盗賊の持つ能力を列挙してみると、

 ・・・などなど(ほかにもいろいろあると思います)。隠れ身・奇襲攻撃等の一部の戦闘系能力、pick pocketを除き、大半がダンジョンで仕掛けを突破するために必要なものです。これらの能力はどれをとっても非常に重要でして、鍵のかかった扉を開けられなかったり、罠を探知・解除できなかったらそれだけでダンジョンの攻略は不可能です。つまり、ダンジョンの攻略は盗賊なくして不可能。盗賊は他の戦士系ユニットほど戦闘は強くないし、魔法を使うこともできません。しかしそれらの欠点を見越してでも、ダンジョン攻略に不可欠な盗賊をパーティーに入れる必要があります。ダンジョンの攻略が、RPG本編のシステムの中にしっかりと組み込まれているのです。

 実は、このあたりのダンジョン攻略に関するシステムが、日本のRPGにはほとんど存在していません(*除くMMORPG)。なぜかダンジョンが単なるミニパズルの集合体になってしまっています。そして、このような日本のRPGでは盗賊というものが非常に不遇だったりします。
 つまり、ダンジョンの攻略の部分がすっぽり抜けてしまっているんで、盗賊の活躍の場がないのです。直接戦闘では戦士系クラスにはかなわないし、魔法が使えるわけでもない。やることといえば戦闘中にアイテムを盗むくらい。
 そもそも戦闘中にアイテムを盗む必要性が感じられませんよね。戦闘が終わってから死体から剥ぎ取ればいいだけ。危険極まりない戦闘中にわざわざアイテムを盗む必要がどこにあるのか。このあたり日本のRPGは非常に謎です。

 結局のところ、日本のRPGは戦闘中心のシステムで、本来RPGにおいて重要な要素である筈の「ダンジョンの攻略」が単なるミニパズルになってしまっており、ゲームとして成立していません(「パズル」と「ゲーム」は根本的に違うものです)。何度でも言いますが「日本のRPGは戦闘しかやることがない」のです。
 そして、戦闘しかやることがないためにゲーム全体の戦略性が非常に低くなっているばかりか、本来やる必要のない(やりたくない?)ミニゲームやミニパズルまで無理矢理やらされるという、大変困ったゲームになっています(笑)。


 そして、このように「ゲーム全体の戦略性を低下させる」ことに加えて、もうひとつ大きな問題がダンジョンのミニパズルにはあります。それはゲームにおけるリアリティの問題です。

 大体ダンジョンにあのような「小学生でも解けそうな」バカバカしいパズルが仕掛けられていること自体おかしいです。一体誰が、なんの目的であのような大掛かりでカネと労力を費やす割りに全く意味のない仕掛けを作っているのか? まったくもって理解不能(笑)。
 大体ファンタジー小説や映画であのような仕掛けがあるか? 普通はないだろう。つまり、ああいった仕掛けは「ゲームだから」という前提のもとに作られているもので、そこに世界観に見合ったリアリティはないのです。

 しかも最近になってグラフィックの進化により、ゲームがリアル指向に傾く中で、あのような「ゲームだから」というお約束が当たり前のように残っているため、より違和感が強くなってしまうのです。美しいグラフィックをわざわざ使って、あのようなバカバカしいパズルをそのまま再現してどうするのか? 「映画的なゲーム」を作りたいのなら、映画をそのまま再現せよ。ゲームのお約束を残すことなど許さん!

 そもそも、ゲームのお約束なしでダンジョンを作ることは十分可能です。普通の建造物に、鍵のかかった扉や実際にありえる侵入防止装置(つまり、現実にありえるセキュリティシステム)を配置すればそれだけで十分に冒険の舞台になり得ます。せっかくゲームの技術が極まってリアルすぎるほどのグラフィックが使えるんだから、それに見合うだけのリアルな世界を作っていただきたいものです。


 このように、ダンジョンの中に全く戦略性がなく、さらにはリアリティのかけらもないミニパズルがあるというだけで大問題であります。はっきりいってパズルなどやりたくないというのがわたしの個人的な本音です。もっと戦闘以外の面で「ゲーム」を充実させて、より多角的なゲームシステムを目指すとともに、より納得性の強いリアリティのある世界を作り出すべきでしょう。


 では、最後に恒例のまとめです。




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