<なぜRPGの敵はモンスターなのにシミュレーションRPGの敵は人間なのか真剣に考える>

2005・4・19

 日本のゲームでは、RPGというものは不動の一番人気ジャンルです。そして、マップ戦闘型のRPG──シミュレーションRPG──もまた、RPG同様の一大人気ジャンルです。シミュレーションRPGには、ウォーゲームを起源とする「シミュレーションゲーム」としての側面もありますが、今のシミュレーションRPGは、低めの難易度や育成要素の重視等、どちらかと言えばRPGの要素が強い印象があります。つまり、シミュレーションRPGとは、RPGの戦闘部分がマップ戦闘風に置き換わっているだけで、基本的にはRPGに近いゲームだと考えてもよいでしょう。
 しかし、このRPGとシミュレーションRPGには、どういうわけか、ひとつだけ特徴的な相違点があるのです。それは何か?

 それは、「(普通の)RPGの敵はモンスターなのに、シミュレーションRPGの敵は人間である」という点です。

 日本のRPGの背景世界では、いまだにファンタジー的世界(剣と魔法の中世ヨーロッパ的世界)が多数派であり、そこでプレイヤーに立ちはだかる敵としては、やはりファンタジーによく出てくるモンスター(魔物)であることが一般的です。
 しかし、これがシミュレーションRPGとなると、その状況は一変します。シミュレーションRPGに出てくる敵は、なぜか人間(もしくは人間型のユニット)であることが多いのです。これは実に面白い傾向です。
 とにかく、敵ユニットが「人間」であることが非常に多い。あるいは、人間では無いにしても、人間型の生物(ヒューマノイド──エルフやドワーフなど)や、あるいは人間に近い性格(人格)を有しているもの(天使や悪魔など)として登場するゲームが多いです。
 まず、シミュレーションRPGでも定番とも言える「ファイアーエムブレム」シリーズと「タクティクスオウガ(FFタクティクス)」シリーズが、ふたつともその特徴を有しています。一部には人間外のユニット(ドラゴン等)も登場しますが、大半の敵は人間の兵士や騎士、魔術師として現れます。このふたつのシリーズ以外でも「ラングリッサー」や、「サモンナイト」「ブラックマトリクス」「魔界戦記ディスガイア」「ステラデウス」などのゲームでも、ほぼ同じ傾向です。これ以外でも”シミュレーションRPG”と名の付くゲームはかなりありますが、大きな傾向は変わらない印象です。明らかに人間型ユニットが敵として出てくるゲームの比率が高い。これは極めて顕著な特徴です。
 (なお、「スーパーロボット大戦」や「フロントミッション」等のロボットがユニットのゲームの場合、「ロボットに乗った人間」が真の主役であると考えられます。これも広い意味で人間型ユニットが敵のゲームだと考えてよいでしょう。)


 それにしても、なぜここまでシミュレーションRPGの敵が人間であることが多いのでしょうか? これには、大きくふたつの理由があると考えます。

(1)定番の人気ゲームの影響を受けた。
 ゲーム業界では、新機軸のゲームが登場すると、その後に雨後のタケノコのように多くの類似のゲームが出てくる現象がよく見られます。そして、シミュレーションRPGも無論例外ではなく、最初に定番となるゲームが出現した後、その影響を受けて類似のゲーム(人間が敵として出現するゲーム)がたくさん出てきたのではないか。
 具体的には、やはりこの手のゲームの原点である「ファイアーエムブレム」シリーズ、そしてやや後発ながら新規システムを多数盛り込み、「エムブレム」シリーズに匹敵する人気ゲームとなった「オウガバトル」シリーズ(特に「タクティクスオウガ」)の影響が非常に大きい。このふたつの偉大なる人気ゲームの存在によって、のちのシミュレーションRPGの方向性が完全に定まったと見てよいでしょう。
 そして、このふたつのゲームは、どちらも人間ユニットが主役であり、敵も味方も人間ユニットが中心です。このようなゲームの設定が、のちの同系のゲームに直接的な影響を与えたのは間違いないところです。

(2)ストーリーやドラマを語るのに都合が良かった。
 そもそも「ファイアーエムブレム」も「オウガバトル」も、ストーリーをかなり重視したゲームです。日本ではRPGにストーリーを求めるプレイヤーが非常に多いですが、シミュレーションRPGの場合、その方向性がより先鋭化されている印象があります。
 そして、そのストーリーを語るにおいて、敵ユニットも人間であった方が都合がよい。敵と味方の間で駆け引きや愛憎の関係が生まれ、劇的なストーリー、ドラマを作りやすい。これが、もし相手がまるで話の通じないモンスターばかりならば、主人公たちの強さこそはアピールできても、そこにドラマは生まれにくいでしょう。
 つまり、シミュレーションRPGのストーリー重視の方向性を達成するために、敵ユニットも人間であることが要求されたと考えられます。


・なぜ普通のRPGではダメなのか。
 では、なぜ(シミュレーションRPGではない)普通のRPGでは、敵ユニットが人間でないケースが多いのか。普通のRPGでも、日本ではストーリーを重視するゲームが多いのは明らかです。それならば、なぜ人間を敵として全面的に出さないのか。なぜ普通のRPGではモンスター(魔物)が敵として出ることが多いのか。
 この理由は、実は明らかで、人間を倒しまくる(殺しまくる)ことにプレイヤーの抵抗があるからです。普通のRPGのエンカウント方式の戦闘の場合、戦闘回数、そして倒す敵の数がかなり多くなり、戦闘がある程度固定化されているシミュレーションRPGと比較して、非常に多くの敵を倒すことにあります。それこそ何百、何千の敵を「倒す(=殺す)」ことを要求されるのです。
 そして、このようなRPGにおいて、出てくる敵が人間ばかりで、クリアまでに何百何千の人間を殺しまくるとなると、プレイヤーの精神にかかる負担が大きすぎる。そこで、プレイヤーの精神的負担を抑えるために、殺しても罪悪感を感じにくいモンスターを敵役として設定しているのではないか。そう推測できます。


・では、なぜシミュレーションRPGならば許されるのか。
 それならば、逆にシミュレーションRPGでは、なぜ人間が敵として出てくることが許されるのか? これは、今述べたような、「シミュレーションRPGの方が、普通のRPGよりも戦闘回数が少なく、敵を倒す(殺す)回数も少なくてすみ、結果としてプレイヤーの精神的負担が少ない」という量的な理由が大きいと思いますが、それと同時に、戦闘の質的な理由も大きいと思われます。
 つまり、「ゲーム内の戦闘そのものが、人間を殺しても許される状況に設定されているのではないか」ということです。

 では、具体的に「人間を殺しても許される状況」とは一体なんなのか?──それはすなわち「戦争」です。

 「戦場」と言い換えてもよいです。「戦争」「戦場」という特殊な状況だからこそ、目の前の人間を殺すことが許される。ゲーム自体がそういうシチュエーションに設定されているのではないでしょうか? そして、だからこそ、出てくる敵すべてが人間で、そんな人間を殺しまくってもプレイヤーの精神的な負担が少ないのではないか。つまり、「普通に人間を殺しまくることは許されないが、戦争ならば人を殺してもOK」と、そういう思考状況に到達しているのではないかと考えられます。


・実は、普通のRPGでも許される状況はある。
 さて、このような特殊な状況は、実は普通のRPGでもよく見られます。普通のRPGでも、「ゲームの一部分で」人間が敵として出てくる場合が多いのです。例えば、盗賊のアジトに侵入して盗賊と戦うとか、敵の砦や城で敵兵と戦うとか、そういったシーンです。普段のザコ戦はモンスターが相手でも、ボスは邪悪な人間であった、というケースもよく見られます。つまり、普通のRPGでも、ゲームの一部で、状況的に人間と戦うことが妥当なシーンならば、人間を倒す(殺す)ことが認められるケースが多いのです。
 「ゲームクリアまで延々と人間を殺し続けるのはあまりに抵抗が強いが、ゲームの一部で状況が許せば人間を殺してもOK」 実は、普通のRPGでもそういったタイプのゲームが非常に多いのです。


・シミュレーションRPGの設定は、ゲーマーの闇の部分を映す鏡である(笑)。
 逆に言えば、シミュレーションRPGとは、人間を殺すことが許される状況をゲーム全体に押し広げ、人間のみで敵ユニットを構成してもプレイヤーの抵抗が少なくて済む設定を巧みに構築していると言えます。さらに、そのように敵を人間に設定する方が、ストーリーやドラマを語る上でも都合がよく、日本の「ストーリー重視」のRPGにはふさわしいスタイルだったのです。そしてこれこそが、「シミュレーションRPGでは敵が人間であることが非常に多い」ことの最大の理由だと思われます。
 そう、このシミュレーションRPG独特の設定は、
「普通に人間を殺しまくるのはダメだが、戦争ならば人を殺してもOK」(←んなわけない)という
ゲーマーの偽善ぶりを露骨に示すものであったのです(笑)。


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