<ドラゴンクエスト4(PS版)>

2001・12・5

 実に11年前のゲームのリメイクということで割りと不安だったんですが、実際にプレイすると非常に楽しかったです。クリアまで38時間、クリア後の追加要素まで含めて56時間、存分に楽しめました。ここでは、今回のPS版のレビューに加えて、改めてドラクエ4のゲームデザインについて一考してみようと思います。

 このゲームは11年前のFC版のリメイクですが、このFC版の面白さはそのままに、PSでの追加要素がさらにいい方向に働いていて、実に面白さを増しています。ただ、一部にリメイクされて逆に残念だった部分もありますが。以下、「FC版本来の面白さ」「リメイクされて良かった点」「リメイクされて不満だった点」を記述していきます。


(1)FC版本来の面白さ
 まずはもともとFCの時から持っていた面白さについて。

・5章構成
 もともとこれが最大の売りだったわけですが、今考えればこれはRPGとしてはかなり思い切った試みというか・・・むしろRPGとしては異端です。なにしろプレイ中に自分の分身たる主人公が切り替わるわけですからね。
 しかし、実際にプレイするとこれが良い点の方が多かった。確かにプレイ中に操作キャラクターが切り替わる違和感は存在するのですが、それ以上に短い章をテンポよくクリアしてストーリーを進めていくのが楽しい。章が切り替わるたびに新鮮な気分でプレイを続けることができる。もともとドラクエのイベントクリア型の進行形式は、中盤以降そのイベントクリアの繰り返しに飽きてくることがあり(ドラクエ3ですら中終盤で飽きた人もいる)、どうしても中だるみしてくるところはあると思う。それがこのドラクエ4の場合、適当なところで一旦ストーリーがリセットされて新たな気持ちでプレイできるため、この中だるみが起こりにくい。これが非常によかったです。
 さらにシステム面からみても、戦闘バランス的にもっとも面白いであろう「中盤戦」を何回も楽しめるのが大きいです。どんなRPGでも「序盤はプレイヤーが弱すぎて、終盤になると逆にプレイヤーが強くなりすぎる」という傾向があると思うんですが、ドラクエ4の場合、もっともバランスのとれた中盤の戦闘を何度も楽しめる。これはかなり楽しいです。

・AI戦闘
 これがもうひとつの売りなわけですが、このAIというのは戦略性以上に、「主人公」及び「仲間」という存在の意義を打ち出した点が大きい。従来のRPGではプレイヤーの立場はこと戦闘においては主人公ではなく、パーティーを後ろから指示する指揮官の役割でしかなかった。この点を改め、とにかく主人公の視点で戦闘まで描こうとした点が大きいのです。これによってプレイヤー=主人公の立場が明確になり、加えてAIで行動する仲間の頭脳を育て、場面に応じて的確な指示を出すという新しい戦略性も加わりました。

・3章のゲームデザイン
 一度でもプレイすれば分かりますが、3章(トルネコの章)だけゲームデザインが明らかに異なっています。一言で言えば「商売RPG」(笑)。従来のドラクエでは多かれ少なかれゲーム性の大部分が戦闘に依存していたわけですが、このドラクエ4の3章だけ明らかに違う。戦闘以外にもやれることがたくさんあって非常に楽しい。これについては後で詳しく述べますが、むしろこの3章のゲームデザインこそ本来のRPGのスタイルではないかと思います。


(2)リメイクされてよくなった点
 では次にリメイクでさらに楽しくなったところ。

・仲間との会話
 もともとはドラクエ7で採用されたものですが、これがドラクエ4では実に活きている。そもそもドラクエ全シリーズの中でもっとも仲間の個性が際立っているのが4だと思うんですが、この仲間の個性をさらに際立たせることに成功しています。というか、FC版ではほとんどしゃべらなかった仲間キャラクターが、実はこんな個性をもっていたという感じで実に面白い。これがリメイクで改良された点では一番よかったです。
 ちなみに、ドラクエ7では戦闘時にも会話できましたが、今回は通常時のみで戦闘中の会話はなし。まあ7の戦闘中の会話はデザインにとんでもない労力がかかるわりには実際にプレイすると引き出せるパターンが少ないという、いわば「労多くして益少なし」といったシステムだったので、これは納得できる措置ではないかと。

・難易度の向上
 どうも全体的に戦闘のバランスが厳しくなっているようです。シリーズ中でドラクエ4は5と並んで難度が低く、物足りない点は否めなかったのでこの変更は大歓迎。特にボス戦の難度はかなり上がっているようです。まあ、FC版の5章はAI戦闘のみでキャラクターを自在に操るのが難しかったのが、今回は「めいれいさせろ」でマニュアル戦闘ができるようになったのも関係していると思いますが。

・クリア後の追加要素
 単純にクリア後にさらに遊べるだけでもうれしいんですが、特筆すべきはストーリーも充実していること。
 シリーズで始めて追加要素を加えたのは5だったと思うんですが、以後シリーズを重なるごとに充実し、とくにリメイク版の3以降は追加部分にもかなり明確なストーリーが加わるようになりました。やはりただ強い敵が出てくるだけ、というのではなくきちんとストーリーがあった方がいいです。この4では追加要素分のエンディングまで一応用意されているという念の入れよう。わたしは単純なアイテム集めやレベル上げはやりたくないんですが、このようにストーリーという形で目標があるとやる気が違います。


(3)リメイクされて不満だった点。
 では次にリメイクで残念だった点について。

・AI戦闘
 今回は「めいれいさせろ」の採用と、それ以上にAIの賢さがアップしすぎて戦略性の上でほとんどAIの意味がないですね。
 これはあとで詳しく述べますが、もともとAI戦闘のもつ戦略性とは、AIを「育てる」ことでより的確な行動をとらせることにあって、AIがあまりに賢すぎたり、あるいはAIを使わずにマニュアル戦闘でいいとなると、果たしてAIに意味があるのかどうかわからない。これは5以降のドラクエや、あるいはAIを採用した他のRPGにもいえることですが、この元祖4までこうなってしまうと果たしてAIを採用した意義はなんだったんでしょうか。

・「ふくろ」の採用。
 いや、このPS版4に限ったことではないんですが、この「ふくろ」システムがそもそもあまり好きではないのです。「やくそう」とかを大量に持てるんで、「限られたアイテムをいかに効率よく使って先に進むか」という戦略性が薄れてしまった。現代RPG批判(3)で書いたとおりです。まあ他のRPGはもっとひどいんですが、それにしてもドラクエまでこのようなシステムを採用するとなるとどうなんだろう。
 いや、もともとこのシステムは預かり所をさらに便利にする目的で採用されたわけで、そのこと自体は悪くないんですが、その副作用として上記のような弊害が起こってしまったのですね。これは非常に残念。


< ドラクエ4とは何だったのか >
 と、いうわけでPS版に関しては多少の不満はあれ基本的には非常に楽しめました。そこで、PS版発売を契機として、ここで改めてドラクエ4のゲームデザインの意義について検討してみようと思います。


(1)5章構成の意義
 もともと5章構成のゲームデザインはFC版からしてかなり思い切った企画でした。途中で操作キャラクターが切り替わるなど、当時のRPGでは到底考えられなかった。ドラクエ4ではこの試みがかなり成功しましたが、果たしてこれはひとつのRPGとして正しいスタイルなのか。
 いや、そもそも主人公が決してしゃべらないなど「主人公=プレイヤー」の姿勢を貫くドラクエのスタイルの中で、この4だけが明らかに異端なんですよね。はじめの4章で自分が操作したキャラクターが、5章に入るとしゃべる。(リメイク版では2・4章でも会話システムでしゃべる!)これはかなり異色だと思います。操作キャラクターが途中で切り替わるのもやはり異色。4だけが明らかにシリーズの中で際立っている。
 そもそも途中で操作キャラクターが切り替わるってまずいんですよねー。次第に自分が何をやっているのか分からなくなる。今思えば「途中で主人公が変わる」という禁断のスタイルを最初にみせてしまったのがこのドラクエ4ではないかと。まあ、ドラクエ4では章の切り替えがスムーズでそれほど違和感は感じなかったんですが、この後の出てくるRPGで操作キャラクターが切り替わるものはかなり強引な手法で違和感の強いものが多いです。
 まあ、このようなスタイルを定着させたのはむしろFFシリーズあたりだと思うんですが、実はその先駆けとしてドラクエ4が11年も前に出ていたというのは今思えば意外な気がします。


(2)AI戦闘とは結局なんだったのか。
 上のほうで「FC版本来の面白さ」と「リメイクされて不満だった点」の両方に入っている(笑)AI戦闘。そもそもAI戦闘の目指すものは何だったのか。わたし個人の分析としては

1.主人公と仲間のあるべき立場を明確にして、戦闘における「主人公=プレイヤー」というスタンスを強調した。
2.仲間のAIを育てて戦闘能力を強化し、的確な指示を与えて戦闘に勝利するという「新しい戦略性」を打ち出した。

 の2つがAI戦闘の目指すコンセプトだったと思うんです。
 このうち1.のほうは問題ありません。リメイクのPS版でもこの点は健在です。(「めいれいさせろ」ばっかり使ってると忘れちゃうけど。)
 問題は2. のほうです。従来のマニュアル戦闘とは異なる戦略性を打ち出したのがそもそものAI戦闘のコンセプトのはず。具体的には、まだうまい戦い方を覚えていないAIキャラクターに経験を積ませて、より的確な戦い方ができるように訓練する。さらに、状況に応じて的確な指示を出してAIキャラクターを導いていく。このような戦略性があったはずです。そしてこの戦略性を出すために、あえて初期のAIの思考能力を低く設定し「AIを育てて思考能力を高める」というコンセプトを打ち出したのです。
 ところが、FC版の4ではこの「AIに経験を積ませる」というコンセプトが実はRPGの構造上大きな問題を抱えていました。すなわち「ボス戦ではまったくAIが機能しない」。 これに不満が集まったため、続編の5以降ではAIの思考能力が強化され、経験を積まなくても(ボス戦でも)的確な行動をとるようになりました。しかしこれこそが実は大問題でして、これだと4で打ち出した「AIに経験を積ませて育てる」というコンセプトが完全に失われています。AIが勝手に的確な行動をとるのなら、そこに戦略性は存在しません。それは単なるオート戦闘です。
 結局のところ、5以降のドラクエや、あるいは他のRPGで採用されているAIは単純なオート戦闘でしかないということです。そして、これはリメイクされたPS版の4でも変わらない。これが大いに不満なのです。

 だから、本気でAI戦闘を改良するならば、安易に思考能力を強化するのではなく、AIを育てるという方向性を強く打ち出すべきだったと思うのです。具体的には、やはり6種類の「さくせん」では足りませんね。AIにより的確な指示を出して育成するためには、もっと細かい作戦を立てられるようにすべきでしょう。
 昔「カルネージハート」っていうロボットバトルがモチーフのゲームがあったと思うんですが、これはロボットを直接操縦するのではなく、ロボットに行動プログラムを与えて動かすというゲームでした。ロボットの行動プログラムをいちから組まないといけないけど、一旦プログラムをうまく組めば自分の思い通りにロボットが動いてくれる。そのために実に細かいプログラムを与えることができます。ドラクエのAI戦闘でも(ここまで本格的でなくてもいいから)、このように「的確な細かい指示を与えていく」という方向性にすればまだまだ面白くなる可能性はあったと思うんですが・・・。


(3)第3章(トルネコの章)のゲームデザインについて。
 わたしはドラクエ4では第3章が一番好きです。なぜなら、ここだけ明らかにゲームデザインが異なっていて、従来のRPGにはなかったいろんな楽しみがあるからです。
 そもそもわたしは戦闘しかやることがないRPGが好きではありません。戦闘はあくまでゲームの一部、本来はゲーム全体にゲーム性がまんべんなく存在すべきなのです。
 その点この第3章は非常に良かった。この第3章の目的は戦闘の勝利ではなく、お金をためること。一応戦闘を行うこともできますが、それは目的のための手段のひとつでしかない。目的はあくまで金もうけ。まさに商売RPG(笑)。
 つまり、武器屋でアルバイトして資金を貯めたり、防具が不足している城に防具を売りにいったり(不足地への転売は商売の基本!)、自分の店を持って経営に励んだりと、やることがたくさんあって実に楽しい。戦闘はあくまでゲームの一部。戦闘以外にもやれることがたくさんある。これが実に楽しいのです。
 ほとんどレベル上げの必要がないというのもいいですね。まあ、まったくやらないというのもなんですが、とりあえずレイクナバでアルバイトして金を稼いで武具を揃えればほとんど戦闘では苦労しない。イベントのクリアにも戦闘は必要ない。一旦エンドールまで到達すればあとは傭兵を雇って戦闘をまかせればよい。商人が無理に自分で戦闘する必要もないわけですよ。このあたりのゲームデザインが素晴らしい。
 唯一残念なのが、仕入れる武具の調達が大部分戦闘に依存していること。いくらなんでもスライムがはがねのつるぎを持ってるわけないだろ(笑)。このあたりは結局ドラクエのシステムの範囲内で、というデザインでしょうか。完全に戦闘を無くしたらさすがに従来のドラクエユーザーの抵抗が強いでしょうし。

 さて、この商人トルネコが活躍する第3章、一般的には「ちょっと変わった異色のRPG」として認識されているようです。
 しかし、このRPGの中では異色ともいえる3章のゲームデザインが、わたしに言わせれば実は本来のRPGのデザインなのです。戦闘だけでなく、ゲーム全体にゲーム性が存在し、いろいろな楽しみが散りばめられている。これこそが真のRPGのスタイルだと思うんですが、残念ながらこのトルネコの章のゲーム性が「異色のRPG」という評価どまりで、以後受け継がれなかったのが残念なところです。


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