<Lの季節>

2002・5・5

 これは面白い「ゲーム」です。

 このソフトは、パッケージに「デジタルノベル」と表記してあるとおり、いわゆるノベル系のゲームに分類される作品です。
 しかし、今のノベルゲームが本当にただのノベルであるのに対して、この「Lの季節」はとにかくゲームとして遊べる方向性でデザインされているのが素晴らしい。その意味で明らかに今のギャルゲー系のノベルゲームとは一線を画しており、むしろこのゲームはチュンソフトの「街」や、管野ひろゆき作品の「YU−NO」に代表される「システムで遊ばせるノベルゲーム」と同じ方向性の作品といえます。

 もちろん、基本がノベルゲームですから、おそらくノベルとしての面白さ、すなわちストーリー面の面白さに惹かれてプレイした人が多いのも事実ですし、実際ネット上のホームページでもほとんどがストーリー、あるいはキャラクターに重点を置いた紹介やレビューが大半ですが、このページではそれらストーリーやキャラクターについての考察は後回しにします。
 というかですね、ストーリーの評価なんて人の感性によってまちまちだし、ストーリーの良さを延々と語ったところでほとんど意味はないんですよ。夏目漱石や芥川龍之介が面白くない、という人だって世の中にはいくらでもいるわけだし。その上、このサイトはほら、「ゲーム」のページだし(笑)。まず何よりもゲームについて語らないといけない。

 さて、もともとノベルゲームは、基本がノベルである以上、ゲーム性を付加すること自体が非常に難しいジャンルともいえるわけですが、ではこの「Lの季節」はどのようにしてノベルにゲーム性を与えているのか。キーワードは「3Dマップ」「分岐条件の解析」そして「Lの季節」独特のフィーチャーである「口出しシステム」です。

・「3Dマップ」
 ゲーム中のストーリー分岐を最初にマップ表示したのは何のゲームだったか。確か「YU−NO」だったかな。最近ではPS版の「かまいたちの夜」でも分岐マップが追加されました。「Lの季節」の3Dマップも基本的には同じもので、ストーリー上の選択肢による分岐を明示したものです。ルート分岐が3Dポリゴンの立体ブロックによって表現され、これが非常に美しい。
 ただ、この「Lの季節」の分岐マップが既存のゲームのそれと異なるのは、「最初からすべてのマップが表示されている」という点です。現時点で到達できないルートこそ表示されませんが、基本的にはオープニングからエンディングまで、すべてのストーリー分岐、すべてのブロックが最初からプレイヤーの前に明示されている。これが何を意味しているのか。

 実は、このマップを埋めていくという作業が非常に楽しいのです。最初は透明だったブロックが、そのブロックに到達することで色がついていき、いわば「塗りつぶされる」わけですが、このブロックを埋めていくという行為がとても楽しい。3DのRPGでオートマップが埋まっていくと楽しいでしょ。あれと感覚的にはまったく同じ楽しさです。
 最終的にルート達成率が100%になったところで完全にマップが埋まりますが、この時の達成感がとても高い。マップ表示なしで、すべてのルートを制覇するゲームでもやっていることは同じですが、ルートの達成が視覚化されていると達成感がまるで違う! 結局「目で達成感を実感できる」というのがゲームにおいてはひどく重要なのです。

 もちろん、得られるのは達成感だけではありません。あらかじめ分岐がすべて明示されているということは、「これから先どのように分岐が起こるのか、どのようにストーリーが進むのか」それが推測可能であるということ。ここに「マップを見て分岐を予測し、それに合わせて適切な選択肢を選ぶ」というゲーム性が存在するのです。つまり、3Dマップは単なる演出上の配慮ではなく、実はこれがゲームシステムの根幹なのです。


・「分岐条件の解析」
 しかし、いくら3Dマップが存在しても、単純に選択肢をすべて選ぶだけで簡単にマップが埋まるのではゲームとはいえません。分岐の条件をプレイヤーに推測させて、いろいろと考えさせる要素があってこそはじめてゲームといえます。
 そもそもノベルゲームにおいて、ストーリーはどのような条件で分岐するのか。わたしは、分岐のタイプを次の3つに分類しています。

1.選択肢によって直後に分岐する、普通の分岐。
2.以前の選択肢によって分岐が起こる、いわば「自動分岐」
3.選択肢の積み重ねによって何らかの数値(例:好感度)が変動し、その数値によって分岐が起こる。これも自動分岐。

 まず1.に関しては分岐を考える余地はなく、単純に選択肢を選ぶだけです。ここに考える要素はほとんどありません。
 次に2.について。これは厳密には1.の分岐と構造的には同じで、ただ選択肢の直後に分岐が起こるのか、時間をおいて分岐が起こるのかの違いでしかありません。しかし、この手の分岐は「どの選択肢が分岐の条件になっているのか」きちんと考えないとわかりません。ここには考える余地がありますね。「Lの季節」にもこの手の分岐は当然存在しており、これを推測してマップを埋めていく箇所は多いです。
 最後に3.これが大問題。恋愛系のノベルゲーム、いわゆるギャルゲーにおいて、よく「ヒロインとの好感度」という数値が設置されているケースが多いですが、これがその代表的なものです。単純なひとつふたつの選択肢ではなく、複数の選択肢によって何らかの数値が変動し、それによって分岐する。これはノベルゲームにおいては定番です。
 しかし、「Lの季節」がほかのゲームとは違うのは、この数値(「感情値」といいます)が、グラフという形で明示されていること。だから、このグラフを見て分岐条件を推測するという行為が可能になる。感情値グラフを見て、そして3Dマップを見て、分岐条件を探り当て、新しいルートのブロックを埋めていく。この行為はいかにも「ゲーム的」です。マップも数値も全く表示されない既存のノベルゲームではこのような楽しみは味わえません。


・「口出しシステム」
 これがまた面白いフィーチャーです。「Lの季節」は3人称で語られる小説ですが、この小説の主人公に対してプレイヤーが「外部から」口出しをする、というモチーフのシステムです。
 実はこの「口出し」による選択肢が、いわば通常の選択肢に対する「上位の」選択肢となっており、ほかの選択肢の存在がこれによって大きく左右されるんですね。口出しの選択によって通常の選択肢自体が大いに変わってしまう。この「選択肢を左右する選択肢」というのは、よくよく考えれば通常の選択肢の間でも起こりうることで、実際には単なる演出上の要素とも言えるものです。しかし、主人公に対する口出しという形を取ることで、いかにも「プレイヤーが自分でストーリーを操作している」と感じさせることが重要なのです。いかにも自分でゲームをやっているという気になりませんか?

 さらに、この「口出し」は選択肢を左右するだけでなく、複数のヒロインの感情値を変動させ、しかもそれが前述の感情値グラフと、そしてヒロインたちの「相関図」によって明示されます。何から何まで、システムに関係することすべてが明示される。プレイヤーの意思を尊重する「口出しシステム」といい、いかにも「ゲーム的」な演出がなされていることがよく分かります。


 つまり、このゲームは「分岐マップを埋める」という目的を中心に据え、そのためのヒントをグラフや相関図などの視覚的な情報としてプレイヤーに提供し、プレイヤーに分岐を推測させるというゲームシステムを確立しているのです。ただ単に選択肢付きのノベルに過ぎない、ほかの同系のゲームとは明らかにゲームの方向性が違います。


・シナリオがシステムの面白さを補完する。
 さらに、このゲームの場合シナリオデザインがシステムの面白さをさらに高めています。
 「Lの季節」のシナリオは、いわゆるマルチシナリオとか、メタストーリーとか呼ばれるもので、ひとつひとつのルートのシナリオがすべてほかのルートのシナリオと密接な関係を持っており、すべてのルートを辿ることでシナリオの全貌が明かされる仕掛けになっています。
 このような仕掛けは最近のノベルゲームでは珍しくなく、どのゲームも多かれ少なかれこのギミックを意識したシナリオデザインを取るようになっていますが、「Lの季節」の場合、そのデザインが徹底しているだけでなく、システムの面白さをさらに高める効果を生んでいます。
 単純に新しいルートを見つけてマップを埋めていくだけでも楽しいゲームですが、このように新しいルートのシナリオを読むたびに、次第にシナリオの全貌が明かされていくとなると、俄然やる気が違ってきます。新しいルートを見つけて新しいシナリオを読むたびに、少しずつ謎が明かされ、少しずつシナリオの全貌が明らかになっていく。これが非常に面白いんですよね。


 さて、このようにゲームとして遊ばせる方向性が明確で、実際かなり遊べるゲームであることは確かですが、しかし必ずしも完成されたゲームといった感じではなく、かなり荒削りというか、割と目に付く欠点があるのが少々残念なところです。

 最大の問題は、少々難易度が高すぎることでしょう。分岐の条件にかなり複雑なものが多く、しかも感情値による分岐がゲーム全体を通して非常に多い。さらに、肝心の感情値グラフでは厳密な数値は特定できず、おおまかな数値しか推測できないため、さらに難しい。ルート達成率が70%を越えると裏技で厳密な数値が分かるのですが、個人的には最初から明示しても良かったかな、と思います。わたしには攻略本なしでは到底クリアできませんでした。
 もっとも、これはわたしがこの手のノベルゲームをほとんどプレイしていなかったため、単純にわたしの技量が未熟だっただけかも知れません。実際、このゲームを攻略本なしでルート100%を達成した人もたくさんいるみたいですし(これは本当に尊敬します)、実際には問題のない難易度レベルなのかもしれない。ただ、それらのプレイヤーたちの間でも「難易度が高い」という評価は定番のようです。まあ、今のノベルゲームがもはやゲームとは呼べないものになっているのに対して、それらに対するアンチテーゼとしてこの難易度で独自性を出そうとしたのなら納得できます。ここではそのように好意的に解釈しておきましょう。
 それともうひとつ。たとえ攻略本を見ながらプレイしても、それはそれで楽しいことを付け加えておきます。結局「マップを埋める」という行為が楽しいのです。

 もうひとつ、インターフェイス(機能)上の問題があります。
 このゲームでは、最後にセーブしたデータしかルート達成率に反映されません。ルート達成率を高めるには、まずエンディングまで到達して、エンディング後にデータをセーブして、その上で最初から新しいゲームを始めないといけない。途中でデータをセーブしてその上に別のデータを重ねて達成率を高める、という手法が使えないのです。
 これは非常に困った問題で、とにかく何回でも最初からやり直さないといけない。ルート達成率があがってくるにつれ、すでに見たルートを何回でも辿ることを強要され、これがかなり苦痛です。
 さらに、このゲームにはもちろん既読文章のスキップ機能が付いていますが、このスキップのスピードがかなり遅い。しかもオートスキップができません。スキップの間ひたすらボタンを押し続けねばならず、この点でもストレスがたまってしまう。
 おそらく、これはノベルとして読ませることを重視した結果だと思います。途中セーブと文章スキップを繰り返してルートを埋める作業のみに没頭すると、それはあまりにもゲーム的になりすぎて、小説としての楽しみが失われてしまうと考えたのかも知れません。
 しかし、やはりゲームとしてかなり苦痛であることも確かでして、このあたりゲームと小説のバランスをどこに取るか、ひどく難しいところです。必ずしもこのセーブシステムが悪いとは言い切れないところが難しい。



 以上、これがわたしがこのゲームについて言いたかったことすべてです。わたしはシステム原理主義のゲーマーですから、たとえノベルゲームであってもこのようなシステムに偏った見方しかできません。ストーリーやキャラクター、グラフィックやサウンドはその次の要素です。これからそれらの要素についても一応書いてみますが、これはあくまで参考程度の考察です。


・ストーリー
 非常に良いです。小説や映画など、他のジャンルにはまだこれより優れたドラマはいくらでもあるのでしょうが、およそゲームのストーリー中では最高レベルの評価をしています。特に類型のノベルゲームの中では明らかに突出して面白い。まずシステム面でよくできたゲームですが、シナリオ面でも明らかに上回っています。
 まあ、ストーリーの良し悪しは個人の感性に大きく影響されるので、ストーリーの良さを延々と語ってもほとんど意味はないと思っています(トルストイやドストエフスキーが面白くない、という人だって世の中にはいくらでもいるわけだし)。ここではストーリーそのものの完成度ではなく、むしろストーリーの方向性に注目してみたい。
 わたしが「Lの季節」のストーリーがいいと思ったのは、その完成度以上に、その「本格指向」の方向性です。いわゆるライトノベルからはもう少しだけ背伸びした、より本格的な、テーマ性・思想性重視の方向性が感じられるのです。誰かが、「このゲームはソノラマ文庫の小説のようなイメージだ」と言っていたのですが、これはうまい表現です。
 「Lの季節」は、とにかく本格的な小説を読ませようというコンセプトが全面に感じられるのがいい。テーマ性・思想性重視の、純文学・本格小説を目指した方向性です。いや、実際に純文学のレベルにまで達しているかはともかく(笑)、そのような本格的な小説を提供しようというデザイナーの意思が重要なのです。

・キャラクター
 本来キャラクターというものはあくまでストーリーの一部であり、これのみを抜き出して語る必要もないわけですが、実際にはキャラ目当てでゲームをプレイする人は多そうだし、なにより「Lの季節」のキャラクターはゲームキャラクターとしては突出した出来なのでこれは書いておきます。
 とにかくキャラクターの作りこみが素晴らしい。わたしはゲームキャラクター、とくにギャルゲーのキャラクターにありがちな「とってつけたような個性」をひどく嫌いますが、この作品にはそのようなところは全くない。すべてのキャラクターの設定に、ストーリー上での裏づけが成されている。あるいは、ストーリーの上で必要であるからこそキャラクターが存在する。
 このようなことは、厳密な構成が求められる純文学の世界ではごく当たり前のことですが、いざゲームとなるとこのあたりを適当に作っている作品がほとんど。適当に受けそうなキャラクターを配置すればいいってわけじゃないだろう、と思うのです。それも「システム重視でストーリーはおまけ」というゲームなら別にいいですが、ストーリー重視のノベルゲームでそんなことをやられるとがっかりしてしまう。
 その意味で「Lの季節」の登場人物の作りこみは、ある種ゲームキャラ離れしています。この点でも本格指向といえます。このキャラクターの練りこみは実際にプレイしないことにはわからないでしょう。

・グラフィック
 まあ、あくまで演出面の話ですが・・・ノベルゲームをやる人はこのあたりもやたら気にしますよね。
 とりあえず文句はないです。どの背景も非常に丁寧に作られていますし・・・。
 特筆すべきはキャラクターデザインかな。これは本当に素晴らしい。なんといっても渡辺明夫さんですよ。この人のデザインセンスは本当に素晴らしい。

・サウンド(BGM)
 これもあくまで演出ですが・・・。BGMに関しては、単独で聴くと印象が薄い曲が多いですが、ゲームの中で聴くとどれも雰囲気にぴったりと合っています。その意味ではゲーム音楽としてこれも文句なしです。暗いイメージの曲が多いのもまたよし。

・インターフェイス(機能)
 基本的には非常に丁寧に作られているんですが、前述のとおりセーブシステムでかなり苦痛を感じるかも知れない。既読スキップが遅いことも書いたとおりです。
 それ以外には「口出し」をスキップで飛ばしてしまうという、わかりやすい問題点があります。基本的にインターフェイスが完成されているだけに、細かい部分でちょっとした問題が散見されるのが残念です。


 まあ、こんなところかな? 「Lの季節」はゲームとして遊べるところが最大の魅力だと思いますが、その一方でノベル面での完成度も非常に高い。ゲームとして遊べる上に、ノベルとしても類型のゲームとは明らかなレベルの違いを感じる。個人的にはトンキンハウスのデジタルノベル(「Lの季節」と「Missing Blue」)はチュンソフトのサウンドノベル、もしくは管野ひろゆきの作品と並ぶ名作だと思うんですが、さて世間の認知度はどうなんでしょうか。


「Lの季節」のコンセプトを引き継いだ次作「Missing Blue」のレビュー

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