<My Merry Maybe>

2005・2・9

 KIDによるノベルタイプのアドベンチャーゲーム、いわゆるギャルゲーに分類されるゲームです。そして、これはおそらく、これまでのKIDの同系ゲームの中でも最高の作品であると思っています。KIDのゲームでは、とにかく「Ever17」の評価がとても高いのですが、この「My Merry Maybe」は、おそらくはそのゲームと比較しても見劣りせず、むしろ明らかに上回っています。

 しかし、困ったことにこのゲームは全く売れておらず、前述の「Ever17」や、あるいは他の同系ゲームと比較しても明らかに知名度が低く、どういうわけか不遇のゲームとなっている感があります。そこで、このページでは、上記の「Ever17」との比較も含めて、「My Merry Maybe」の面白さについて記すことにしました。このゲームについては、ストーリー・シナリオについて詳細に考察したサイトも多いのですが、ここではその辺りについては簡単な紹介に留め、むしろ作品のアウトラインを記していくことで、作品の全貌を明らかにしていくことを意図しています。


・この手のゲームでは非常に珍しい、完全続編ゲーム。
 この「My Merry Maybe」は単発のゲームではなく、シリーズものであり、前作「My Merry May」の続編にあたるゲームです。しかも、この前作とのつながりが非常に強く、前作をプレイしていないとほとんど楽しめないようになっています。一応、今作だけでもなんとかストーリーは追っていけますが、前作から直接続いている設定も多く、まず前作のストーリーを知らない限りは完全には理解できないでしょう。つまり、このゲームは「前作のプレイ必須」の作品であり、その意味で完全な続編なのです。

 もともとこの手のゲーム(ギャルゲー)では、美少女キャラクターのビジュアルでプレイヤーを惹きつける要素が強いこともあって、このような「前作のプレイが前提」といった、プレイヤー層を限定する作品は非常に珍しいものです。もちろん、シリーズものや続編もの自体は、ギャルゲーでも別に珍しくありませんが、いずれも単体でプレイしても問題ないものがほとんどです。なぜ、この「My Merry Maybe」があえてこのような方針を採ったのかは分かりませんが、商業的には明らかに不利と思われるこの手法を、よく思い切って採用したものだと感心します。この点だけを見ても、このゲームは決して浅薄な発想で生まれた作品ではなく、前作の段階からすでに構想があり、当初から相当作りこみに力を注いでいたことが窺えます。


・まじめなテキスト(文章)、まじめなストーリー。
 肝心の内容についてですが、このゲームは基本的には選択肢付きのノベルであり、ゲーム性よりはストーリー・シナリオを楽しむことが主眼のゲームです。
 ストーリーのジャンルとしては、おそらくこれはSFでしょう。近未来の日本が舞台で、風景的にはさほど変化はありませんが、唯一「レプリス」と呼ばれる人間型ロボットが普通に存在しています。そして、このレプリスとの生活を通じて、ロボットの存在意義や、ひいては人間の魂や生命のあり方を模索するという、哲学的要素の強いストーリーです。SFとしては割と定番のテーマであり、チャペックやアシモフに代表される古典的SF作品から長く続いてきたジャンルであるとも言えます。最近の映画だと「アイ、ロボット」や「イノセンス」がこれに該当するのでしょうか。
 そして、このテーマは、前作である「My Merry May」も共通のものを持っていました。前作からして既に、その深いテーマ性が評価されていて、続編である「Maybe」でもその路線を忠実に踏襲しています。

 ただ、前作と大きく異なるのは、「My Merry Maybe」が、きわめて落ち着いた、真面目さを感じられるテキストとストーリーであることでしょう。前作も、深く読み込めば非常に面白い話ではあったのですが、一見した作品のイメージが、普通の「ギャルゲー」のそれであり、内容面でも前半に日常のコメディシーンが長く続くという、ギャルゲーの基本路線を踏襲しており、そのためにごく普通のギャルゲー的なイメージが先行していました。
 しかし、今回は話の冒頭から全く異なっており、ギャルゲーにありがちな、笑いを取るためのコメディシーンや、キャラクターに対する萌えを狙った表現が非常に少なくなっています。日常のシーンやコメディのシーンも確かに存在するのですが、どれも生活の一端を落ち着いて描写したもので、不自然に笑いや萌えを狙ったような、上付いたシーンはほとんど見られません。
 全体を通して見ても、テーマ性重視の方針の元で、じっくりと個々のエピソードを描いていくスタイルを貫いており、作品の雰囲気は非常に落ち着いています。
 登場するキャラクターの年齢層が高く、考え方がしっかりした人物が多いのもその理由でしょう。主人公からして大学生の教育実習生で、子供たちに対してもきっちりとした指導を試みる人物で、その言動はしっかりしています。主人公以外の人物も、成人(20歳以上)のキャラクターが全体の3分の2以上を占め、しかも年配の男性キャラクターが多い。彼らの言動もしっかりと確立されており、地に足の着いた大人のストーリーの印象を受けます。

 このような印象から、ギャルゲーに対して抵抗のある人でも、このゲームを評価する向きが強く、「前作『My Merry May』はギャルゲーのイメージが強くて好きになれないが、この『My Merry Maybe』の方は大いに評価する」というプレイヤーは少なからず存在します。


・テーマだけでなく、ストーリーも十分に面白い。
 ここまで、「テーマ性重視」「落ち着いた雰囲気」といった記述をしてきましたが、何もこの作品はそんな堅苦しいだけの物語ではなく、ストーリー面での面白さも群を抜いており、SF的な謎解きに満ちたエンターテインメントとしても非常に面白いものです。
 物語後半になってからの展開は大いにプレイヤーを引きつけるものがありますし、何よりも面白いのが、この手のゲーム独特の「ルート分岐」による物語の演出方法で、ひとつひとつのルートを辿ることで少しずつストーリーの全貌が明らかになっていくというギミックです。これは、同社の他のゲーム、特に「Ever17」で大きくクローズアップされた要素ですが、このゲームも決して「Ever17」に負けていません。ストーリー面での娯楽要素だけを取り上げても一級品であると言えます。

 そして、このストーリーの面白さに加えて、「レプリス(ロボット)とは」「魂とは」「生命とは」といった重厚なテーマ性が加わるのですから、作品全体の完成度は非常に高いと言えるでしょう。考えてみれば、「Ever17」は、人間の生命の定義のような深いテーマ性が一部には見られたものの、それ以上に謎解きのギミックの面白さが特に大きくクローズアップされた、エンターテインメント要素の強い作品でした。しかし、この「My Merry Maybe」は、そのようなエンターテインメント要素に加えて、同時にしっかりとテーマ性をも内包しており、作品全体の密度が非常に高いのです。そしてこの点こそが、わたしが「Ever17」以上にこのゲームを評価する最大の理由です。抜群のエンターテインメント要素に加えて、高度なテーマ性もある。物語の完成度においては、同系のゲームの中でもトップクラスにあると言えるでしょう。


・システム・演出面も充実。
 そして、物語の内容に加えて、システムや演出面の完成度も全体を通してレベルが高い。

 かねてから定評のあるKIDのシステムですが、このゲームは比較的後発のゲームであり、かつてよりもさらにプレイアビリティは向上しています。文章スキップ・バックログ(読み返し)・常時セーブ&ロード・選択肢ごとのオートセーブ等々、あらゆる点でストレスを感じることなく快適にプレイできて、しかも今回はいつでも前回のプレイを再開できる「Last Game」のコマンドも追加されました。日本のRPGよりもはるかに快適にプレイできます(笑)。

 グラフィック面でもレベルは高く、キッド専属の原画師である輿水氏が今回はいい仕事をしています。背景グラフィックのレベルも安定して高く、今までのKIDの作品の中でもビジュアルレベルはかなり高い部類に属します。

 そして、なによりもこのゲームは音楽が素晴らしい。それも、ゲーム中のボーカル曲が非常に良い。前作に続いて、このシリーズはARCHIBOLD(アーチボルト)というバンドの方が曲を提供しているのですが、どの曲も素晴らしいの一言に尽きます。特に、ゲーム中の挿入歌である「CANDY HEART」は屈指の名曲でしょう。このゲーム全体に対する評価は人それぞれでしょうが、このARCHIBOLDの音楽だけは絶対的におすすめできます(笑)。


・なぜ売れなかったのか。
 このように、このゲームの完成度は非常に高いもので、KIDのゲームの中でも最高の作品だと断言できるものです。しかし、その完成度に反比例して、このゲームは「全く」売れませんでした。確か、PS2版の初回販売数が5000〜6000本程度。のちに一部のユーザーの希望に応えてDC版を出しましたが、これが何と初回販売数600本という偉大なる売り上げを記録。いまだにこの低販売記録は伝説となっています(笑)。

 それにしても、なぜここまで売れなかったのか。
 結局のところ、このゲームがあまりにもテーマ性を重視しすぎたのが原因でしょう。一言で言えば、真面目すぎたと。もちろん、前述のように、このゲームはストーリー面での面白さも抜群ではあるのですが、展開そのものは決してテンポがいいとは言えず、むしろじっくりとひとつひとつのエピソードを消化していくスタイルで、ストーリーでどんどん引っ張っていくタイプの物語ではありません。基本的にはテーマ性重視で、自ら哲学的なテーマやキャラクターの心理を追う知的好奇心が無ければ、本当には楽しめません。さらには、ルート選択で少しずつ作品の全貌を把握するためにも、かなりの思考能力が要求されます。
 物語が暗く厳しいものである点も、人によってはつらいところでしょう。前半にこそ一部に明るく楽しいシーンがあるものの、全体を通して見れば重いエピソードの連続で、読者の精神的な負担が大きい。エンディングも暗澹としたものが実に多い。
 さらには、このゲームは非常に長い。作品のテキスト量が膨大で、「Ever17」と比較しても2倍近いものがあります(わたしの場合、既読スキップを最大限駆使しても50時間以上かかりました)。これだけの長い作品を、長いプレイ時間をかけてひたすらエピソードを追っていくのは、相当な根気が必要です。
 さらには、最初に述べたとおり、このゲームは「前作のプレイが必須」です。この作品を本気で楽しむためには、絶対的に前作のプレイが必要なのです。このあたりの条件が非常に厳しい。

 つまり、結局のところこのゲームは敷居が高いのではないか。受身でストーリーを楽しめる物語ではなく、自ら積極的に考えてテーマを追う姿勢が、長い物語を通じて要求される。物語の内容も重苦しいもので、そういった話が好きでない人には精神的な負担が大きい。さらには、前作のプレイまで必須である。恋愛と萌え重視のライト感覚のギャルゲーとは違った心構えが要求され(むしろギャルゲーとは言えない)、さらには「Ever17」のような誰もが圧倒される展開とギミックの面白さも少ないとなると、まず大きな人気は出ないと思われます。


・娯楽作品ではなく、芸術作品だ。
 そう、これはストーリー面での娯楽要素も十分存在するものの、基本的にはSF的で重厚なテーマが主体の、極めて芸術的な指向の強い作品であると言えるのです。

 芸術的と言う点は、このゲームのエンディングにも言えます。このゲームのエンディングは、決してハッピーエンドとは言えないものばかりで、むしろ暗澹としたものが多いのです。苦労して最後までゲームを進めても、ハッピーエンドで爽快感や達成感を得られるとは限りません。
 作中でどんなに重いテーマを追求しても、物語がハッピーエンドで終わると「ああ、よかったよかった」で終わってしまい、後には何も残らないことがあります。その点では、ひどい終わりの方が、「なぜこうなってしまったのか」後々まで考える機会となり、結果として思考は止まりません。テーマ性の追求という点では、このゲームのようにハッピーエンドでない方が優れているとも言えるのです。

 このように、この「My Merry Maybe」は、レプリス(ロボット)の存在を中心として魂と生命のあり方を追求する、SF的で重厚なテーマ性の強い「芸術作品」であり、長いプレイを耐えつつ知的なテーマを追求する意志と、さらには前作の知識まで要求されるハードルの高い作品であります。その点では、まさに「KID版イノセンス」とも言える作品であり(前作の知識が必須なのも「イノセンス」と同じ(笑))、その圧倒的な完成度では他者の追随を許しません。KIDの作品の中では、「Ever17」をも凌ぐ最高傑作であるのは間違いないところです。


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