<ヴァルキリープロファイル>

2001・9・18

(注)ここを読む前に「俺の屍を越えてゆけ」の記事を読むと、よりこの記事が理解できます。

 ここ数年で最も面白かったゲームです。
 まず何よりも、システムを一からつくりあげている点が素晴らしい。わたしは、今のRPGは戦闘システムとストーリーが変わっているだけでほかは何も変わっていないと思うのですが、このゲームは違いました。システムを一から作り上げているという点は「俺の屍を越えてゆけ」のゲームデザインと方向性は同じです。先にシステムがあってストーリーや世界設定は後付け、という点も同じ。

・斬新なゲームデザイン
 さて、肝心のシステムですが、俺屍が「血統育成ゲーム」ならばヴァルキリーは「人材育成ゲーム」でしょうか。従来のRPGがとりあえず戦闘に参加するメンバーのみを育成すればいいのに対して、このゲームではそれと同時に「人材」とでもいうべきキャラクターを育てる必要があります。
 このシステムを説明するには、まずこのゲームの設定から説明する必要があります。北欧神話をモチーフにしたこのゲーム、主人公は主神オーディンの命で神界より地上界に遣わされた戦乙女(ヴァルキリー)です。ヴァルキリーの使命はふたつ。ひとつは神界での戦争の戦力となるエインフェリア(勇者の魂)を見つけ出し、鍛え上げて神界に送ること。そしてもうひとつはそのエインフェリアをひきいて地上界を荒らす不死者(敵モンスター)を討滅することです。
 地上界での不死者との戦闘がすなわちエインフェリアの育成の場でもあり、戦闘をひたすらこなして育成したエインフェリアを神界に送りつづけることが、基本的なプレイの流れになります。鍛えあげた優秀な人材を送り続ければ神界での戦況が好転し、主神オーディンのヴァルキリーに対する評価も上がるという仕組みです。
 このゲームは、4人までのパーティー戦闘ですが、見つけ出したエインフェリアは何人でも保持できるため、とりあえず当面の戦闘をこなす4人のキャラクターを育成しつつ、神界に送るキャラクターをも同時に育てていく形となり、ここに独自のゲーム性が存在します。つまり「誰を当面の戦力として残して誰を神界に送るか」「神界に送るキャラクターをいかに効率よく育てていくか」といった戦略性が存在するわけです。さらに、このゲームには時間制限が存在するため、いつまでも経験値を稼ぎ続けるというわけにはいきません。限られた時間の中で、いかに効率よく経験値を稼いでキャラクターを育成していくかという点が、このゲームの鍵といえます。
 そして、このゲームは、この戦闘による経験値稼ぎとキャラクターの神界転送だけで、ひとつのゲームとして成立しています。「俺屍」同様ストーリーや世界設定は後付け、というかそもそもストーリーというものがありません。いや、一応あるにはありますが、基本的にはおまけ的なもの、と考えるべきでしょう。たまに、このゲームは戦闘ばかりでストーリーがなくてつまらない、という人がいますが、このようなシステム中心のゲームに対してそのような批判は完全な筋違いではないでしょうか。というか、ゲームにストーリーを求める人にはこのゲームはむいてませんね。ほかにストーリー重視のゲームはいくらでもありますからそちらをプレイしてください。

・卓越した戦闘システム
 そして、もうひとつこのゲームのいいところは、経験値を稼ぐ場である戦闘自体が非常に楽しいこと。トライエースの戦闘システムにかける意気込みは並々ならぬものがあるようで(笑)、このゲームでもまったく新しいシステムを一から作り上げています。考えてみれば、「俺屍」のほうはゲーム全体としてはまったく新しいデザインでありながら、こと戦闘に関してはオーソドックスなドラクエ方式でした。その点では、まったく新しい(しかも本当に楽しい)戦闘を用意したヴァルキリーのほうに軍配があがります。
   この戦闘システムは、アクション性があるリアルタイム戦闘だとよく言われますが、厳密にいえばアクション性はほぼ無いとわたしは考えてます。しかし、アクションゲームに匹敵する爽快感とテンポの良さ、そしてキャラクターとの一体感があるのもまた事実。コントローラーのボタンが、キャラクターの行動に直結しているのがポイントです。同時に4人のキャラクターを操作しながら、キャラクター1人1人との一体感が得られるというのが素晴らしい。もちろん、爽快感だけでなく、いかに技をつなげていくかというアクションゲーム的な面白さや、あるいは従来のターン性の戦闘と同じくアイテムや魔法をいかに使うかといった戦略性もあり(基本的にはターン性なんですよ)、一からよくここまで高い完成度のシステムを作ったものだと思います。

・納得できる設定
 そしてもうひとつ、このゲームの非常に好感がもてる点は「システムと世界観の間に設定上の矛盾が無い」ということでしょうか。「現代RPG批判(4)」でもさんざん書きましたが、とにかくわたしはゲーム上でのお約束というものが好きではありません。「何でモンスターが金を持ってんだ」とか「普通トラップにかかったら即死するだろ」とか「4人パーティーなのになんでフィールド上では1人なんだ」とかつっこみをいれはじめるときりがありません。それが、このゲームでは設定に工夫がみられ、いわゆるRPGのお約束がかなりの点で改善されているところが非常に嬉しい。
 プレイヤーが人間ではなく、神であるヴァルキリーという点が最大のポイント。わたしは、今のRPGの「4人パーティーなのにフィールド上で表示されるのが1人」というのが納得いかないんですが、このゲームではその点に設定の上で納得できる理由が存在します。「フィールド上では1人なのに戦闘に入ると4人」という点に明確な設定上の理由が存在するのです! これは素晴らしい。それ以外にも、このゲームではモンスターがお金を持っていることもありませんし、そもそもモンスターの存在理由が明確に定められています。ダンジョンのトラップも、「普通の人間なら即死だが、神たるヴァルキリーならばダメージ程度で耐えられる」と考えれば一応納得できます。考えてみれば、「このゲームの世界観自体が、システムを正当化させるために後付けで設定された」と言えなくもありません。


・意外に多い問題点
 ここまで、このゲームの優れた点を列挙してきましたが、同時にいろいろと不満に思える点もありました。「俺屍」のほうがほとんど欠点のないデザインであったのとは対照的です。実際には、これらの不満点を差し引いても圧倒的に面白いゲームであることは確かで、プレイ中ほとんど気になることはなかったのですが、それでもこうしてレビュー的な文を書くに当たって、やはり書くべきことは書いておこうと思い立ったので、以下にその不満点を列挙してみます。

1.ゲームバランスが甘すぎる。
 書いたとおりです。具体的にはゲーム中盤以降、膨大な量の経験値を稼ぐことができるため、ほとんど戦略性がなくなり、たんなる経験値稼ぎの作業になってしまいます。
 このゲームにおいて理想的なバランスは、制限時間ぎりぎりまで経験値を稼いでようやくキャラクターを神界に送ることができるぐらいがベストだと思うのですが、実際にはそうはなっていません。序盤はまだいいんですが、中盤以降は大量に経験値を稼げるため、適当に戦うだけでもほぼOK、それどころか大量に時間が余ってしまいます。これでは「いかに効率よく経験値を稼ぐか」というゲーム性が生きてきません。このあたり、徹底的なまでのバランス調整がなされていた「俺屍」とは対照的です。

 で、真に問題なのは、これがバランス調整に失敗して起こったのではなく、むしろ意図的にかなり甘くバランスが設定されているように感じること。本当のところはどうか知りませんが、わたしはそう感じました。その理由を察するに、やはり完全に新感覚のゲームということで、誰でもプレイできるように意図的にバランスを甘くしたのではないかと思われます。ましてトライエースは、スターオーシャンシリーズでライトユーザーも含む多くのファン層を獲得したこともあり、それら多くのライトなファン層に対する配慮があったのかもしれません。また、戦闘やダンジョン攻略にアクション性が必要とされることもあり、アクションに慣れていないRPGのプレイヤー層に対してギリギリのバランスでは厳しい、との判断があったのかもしれません。
 しかし、これらの配慮によって、本来のゲーム性がかなり失われてしまったのは非常に残念なことです。わたしは、このゲームをプレイして、中盤以降のあまりのバランスの甘さに、「このゲームは簡単すぎる。このゲームをクリアできない人はほとんどいないだろう」と感じたのですが実際のところどうなんでしょうか。しかし、いろんなサイトをのぞいてみると「このゲームは難しい」とか「自分にはクリアできない」とかいう意見が結構あるんですよね。どうですかいったい。こんな簡単なゲームをクリアできないんじゃ話にならないでしょう。プレイヤーがこれではバランスを甘く設定するのもやむなし、といったところですか? 「ブラッドヴェインを倒せない」とかいってるライトユーザーが大半では、まともなゲームを作るのは無理なんじゃないかな。

2.ストーリーとシステムとの兼ね合い。
 この記事の最初のあたりで、「このゲームにはストーリーがない」と書きましたが、実際には一応あります。特に、Aエンド(ベストエンド)にいたるストーリーがなかなか面白いんですが、これとシステムとの関係で大きな問題があります。Aエンドに到達するためには、キャラクターを神界に送ってはいけません。いや、送ってもいいんですが、そうするとAエンドに到達するうえで不利になります。システム上ではいい人材を神界に送り続けることが最善の行動のはずなのに、ストーリーがそれを邪魔しているのです。システム上の目的とストーリー上の目的が一致していない。せっかくいいシステムを作り上げているのに、肝心のストーリーがそれを壊しているわけです。このあたりトライエースの開発陣はなんてあまのじゃくな連中なんだと思ったりするわけですが(笑)、はたしてこれがいいことなのかどうなのか。
 実際、このゲームを「まじめに」プレイした人は、まずAエンドにはたどり着けません。間違いなくBエンド(ノーマルエンド)になります。Bエンドでも楽しめることは楽しめるんですが、それにしても「ゲームのシステムを理解して最善のプレイをしたプレイヤーが、ゲームをクリアしてエンディングを迎えられる」というゲームの基本法則を裏切っているわけで、ある意味まじめなプレイヤーに対する背信行為ではないかと(笑)、そう思うわけです。せめてAエンドに到達するためのヒントがゲーム中にあればいいんですが、あまりにもヒントが微弱すぎてわたしはまったく気づきませんでした。

3.戦闘システムの問題
 このゲームの戦闘は実際面白く、非常に楽しめたんですが、同時にちょっとひっかかるところがありました。まあ基本的には面白い戦闘なので、これは不満点というよりもさらに面白くするための改善点と受け止めてください。
 このゲームの戦闘は、リアルタイム制・アクション制を意識したもので、相手の行動に対応して行動、ということもできます。具体的には、敵ターンに敵キャラクターの攻撃をかわせた場合、タイミングよくボタンを押すことで反撃ができます。問題なのは、反撃できるのは直接攻撃のみで、魔法攻撃や特殊攻撃に対しては反撃はおろか回避もガードもできないということです。味方の魔法も相手は回避もガードもできませんが、こちらは別にいいんですよ。なぜなら、味方には魔法の使用に制限があって、毎ターン使うことができないからです。つまり、

・ガードや回避される危険はあるが、毎ターン制約なしで使える直接攻撃
・ガードも回避もされないが、毎ターン使うことはできない魔法攻撃

 と、ふたつの攻撃方法に一長一短あり、両者の間にバランスがとれています。しかし敵キャラクターに関してはこれが当てはまりません。敵によっては毎ターンのように制約なしで魔法を使ってきます。これおかしくないですか? 魔法や特殊攻撃を直接攻撃と同じように制約なしで使ってくるのに、その攻撃だけ回避もガードもできない。なんか納得いかないんですよねえ。実際に戦闘していて、敵が直接攻撃を仕掛けてきたときには「もしかしたら回避して反撃できるかもしれない」と期待して待てるのですが、魔法や特殊攻撃にはもう最初からあきらめモード(笑)。アクション性というものが感じられないんですよ。ただやられるのを見てるだけ。
 「魔法はガードできない」というコンピュータRPGのお約束を引きずっているのかな、とも思いますね。ここまで斬新なアクション性あふれる戦闘システムを作ったのだから、もう一歩押し進めて魔法に対しても何かアクションで対応できるようにしてほしかった。例えば、マジックザギャザリングのように相手の魔法を直接カウンターできたら楽しかったと思うんですが。まあこのあたりは次回作に期待、というところですか。


 ・・・とまあ、いろいろと書いてきましたが、基本的には非常に面白いゲームです。文句無くおすすめ・・・と言いたいんですがまともにプレイするとベストエンドにたどり着けないんで、そこだけは攻略本か攻略サイトを見たほうがいいかも。でもゲームにシステムを求める人には十分楽しめると思います。


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