<ファイナルファンタジー6>

2001.10.22

 このゲームは、相当やりこんだゲームでもあるのですが、それ以上にあまりにも明確な問題点があるため素直に楽しめたとはいえませんでした。以下にその理由を書いてみます。

 このゲームは、スーパーファミコンにおける最後のFFシリーズで、数あるFFシリーズの中でも最も評価の高い作品のひとつです。実際、わたしもかなりやりこんだことは間違いありません。何がそこまでよかったかというと、

(1)ゲーム全般に見られる数々の斬新なストーリー展開
 とにかくRPGの基本スタイルを超えるかのようなストーリー展開が随所にみられます。特に、ゲーム中にパーティーが3つまで分かれて、それぞれのストーリーを追っていくところなどは最たるものでしょう。ゲーム後半になるとパーティーが散り散りになって一人一人合流していくという展開もちょっとすごい。しかも、ゲーム全体のボリュームがすさまじく、10人以上いる個々のキャラクターごとにかなりのイベントが用意されています。ラストダンジョンに3パーティー最大12人で攻略にかかるところは圧巻といえるでしょう。

(2)キャラクターごとにやりこめる戦闘システム
 10人をはるかに越える個々のキャラクターがそれぞれ全く違う戦闘スタイルをもっており、ひとりひとり戦闘をやりこむだけで相当楽しめます。その中でも、コマンド入力で必殺技を出せるキャラクターがいるというのが実に斬新。この点でもいろいろと斬新な試みをやっています。

(3)次々と起こる様々なイベント
 (1)でも書きましたが、とにかく個々のキャラクターごとのイベントの充実ぶりが尋常ではありません。また、ひとつひとつのイベントが多彩を極めており、全く飽きさせません。

 このように、とにかくやりこめるという意味では相当よくできた大作なわけですが、しかしそれと同時にかなり疑問に思うところも少なくありませんでした。しかも、これがゲームデザイン全体に関わる大問題で、「どうもこのゲームはあらぬ方向に向かっているのではないか?」と思ってしまいました。その問題点とは一体何か。

(1)戦闘とバランス
 戦闘の楽しさに関しては、明らかに前作FF5よりも劣っています。魔石システムがその元凶でして、このシステムだとキャラクターをどんな風にでも育てることが可能です。せっかくキャラクターごとに個性的な戦闘スタイルを用意しているのに、終盤になるにつれその意義が薄らいできます。
 また、バランスの上でも終盤になると完全に崩壊します。魔石で魔力を成長させまくると魔法ばかりが強くなり、9999ダメージが当たり前という理解不能な状況が現出します。「とりあえずアルテマ連発ですべてOK」といった感じで、もはやキャラクターも何もあったもんじゃないですね。前半あれだけ苦労して必殺技のコマンド入力をマスターした苦労はなんだったのか。

(2)プレイ感覚における違和感
 とにかくこのゲームは、RPGのスタイルを越えてしまうような斬新なストーリー展開をしているわけですが、これは諸刃の剣です。個々のキャラクターごとにストーリーが進行し、その都度操作キャラクターが切り替わるということは、いわば主人公というプレイヤーの分身が不在という事態をまねいています。
 いや、これが小説や映画なら別にいいんですよ。小説や映画で、場面が切り替わって個々のキャラクターごとの視点でストーリーが進むのは珍しくない、というかむしろ当たり前です。しかし、これを自分でキャラクターを操作するゲームでやるとどうなるのか。いちいち複数のキャラクターの進行役をつとめているという感じで、次第に自分が何をやっているのかわからなくなってきます。しかも、FFのシステムが戦闘に集中しているのがさらにきつい。プレイヤーが「戦闘の役割を担うだけの存在」という印象が強い。
 これがわたしにはかなりきつかった。「プレイヤーはゲームの進行役」と割り切ったほうが楽しめることは分かっているんですが、わたしは結局最後まで違和感が残ったままでした。

 まあ、こんなところでしょうか。もともとFFがストーリー重視なのは明らかですが、ここまでプレイ感覚に違和感を抱くほどになると、さすがにこれ以上ついていけないですね。そして、逆に戦闘においては、個性あるはずのキャラクターがプレイヤーのやりこみ次第でどうにでも変化してしまうという点。戦闘という場所のみでプレイヤーのやりこみを認めて、それ以外の場所ではプレイヤーはゲームの進行役でしかないというゲームデザイン。このゲームこそまさに元祖「戦闘システムつきストーリー鑑賞ゲーム」ではないですかね。


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